やさしいキスをして
「正チャンがいなくなると、寂しくなるなあ」
「…リングを全部見つけ出したら、すぐに帰ってきますよ」
日本に発つ前夜、ぼくの言葉に、君はそう答えて。
そしてまた、「ああ…」と声を漏らした。
ぼくの、腕の中で。
あの時。
ボンゴレ十代目がリングを破棄して、この時代からすべてのボンゴレリングが無くなった時、過去からリングを持った彼らを呼び寄せましょう、と君は言った。トリニセッテを完成させるには、もう、それしかないと。
正チャンの研究は以前からタイムトラベルで、それは、無くなってしまったボンゴレリングを過去から集めるのに、ちょうど都合がよかった。
奇しくもね。
ああ、そっか。確かにそれはいい考えだよね。じゃあ、君の言うとおりにしようとぼくが答えると、君は少しだけ、緊張した表情を見せた。
君が、どうしてそんな顔を見せるのか。
君はきっと、ぼくを止めたいんだ。
そのために君が、裏で何かしていることも知っていて、ぼくは知らない顔をしていた。
いつ頃からか君は、ぼくの行動に批判的な目を向けるようになって、そして、どこかしら苦しげに、ぼくを見つめるようになったね。
本当は暴力が嫌いで、誰かを傷つけるのが嫌な正チャン。
口には出さないけれど、君の眼差しは、常にぼくを否定していたんだ。そう、君とぼくの持っている本質は、元々相容れない。ぼくの目指しているものが、君にとって残酷すぎるのだということぐらい、気づいてた。
いや、最初から、わかっていた。
君はいつか、ぼくから離れてしまうんだろうって。
この世界でぼくたちが知り合って親しくなって、今の関係が始まった頃の君は、まだそんな目でぼくを見たりはしていなかった。そして、その頃のぼくは、そんなに君との関係を本気で捉えていたわけじゃなかった。
ただ、確かめたかっただけだった。
君が本当に、ぼくのことを何も知らないのか、と。
他のいろんな世界で出会った君は、いつもぼくとは反対の立場にいて、ぼくに刃向かってきたから。
何度も殺したんだ、君を。
ある時は奴隷にして、壊してしまったりね。
だから、ある意味、興味本位で君と肌を合わせただけだったのに。
なのに、どうしてかな?
今になって…
君の声を塞ぐように、キスの雨を降らせよう。
何度も何度もキスをして抱きしめれば、君もぼくの背中に腕を回してくれる。
嘘つきな正チャン。
これもまた、君の嘘なの?
でも、そんなこと、どうでもいいことなんだろうね。
「白蘭さん…?」
何を感じたのか、キスの合間に少しだけ不思議そうに、君がぼくの名を呼ぶ。
熱を帯びた眼差しを向けてくる君は、普段は絶対に見せない淫らな顔をして、ぼくを煽ってくる。
夜の間だけ。
ぼくにだけ、見せる顔で。
これも全部、演技なのだとしたら、すごいね正チャン。きっと、助演男優賞ものだ。
でもね、主役の座は渡せないよ。
君を心から信じているふりをして、君の嘘に気づかないふりをし続けているぼくのほうが、芝居は上手なんだ。
だから、あえて言うよ。
「正チャン、愛してる。早く帰ってきてね」
「また、そんなこと…。他の人にも、そう言うんでしょう?」
「ぼくが愛してるのは、正チャンだけだよ」
ぼくの言葉に微笑んだ君は、どこかしら悲しそうに見えた、気がした。
ねえ、眼鏡を外した君の目に、ぼくはどう映っているのかな。
願わくは、君にだまされ続けている、幸せな愚か者であればいい。今のぼくが、真実どんな顔をしているのかなんて、自分でも知りたくないからさ。
君の目が悪くて、本当によかった。
口先だけの言葉を重ねあって、身体だけ深くつなげあって。
いつの間にか、本気になっていた心だけ、置き去りにして。
送り出すよ。
いつものように、笑いながら。
もう二度と、ぼくの元へは戻ってこない君を。
さようなら、正チャン。
最後に一度だけでいいから、君からぼくに、やさしいキスをしてほしいな。
ぼくたちが無邪気でいられた、あの頃みたいに。
誰よりも好きだって言って。
それも嘘で、かまわないから。
ねえ、正チャン…
了
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10/03/17UP
14/12/18再UP
-竹流-
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