LOST WORLD
優しい風が吹いている。
あれから、いくつかの季節が過ぎて、今年も桜の花が咲いて、そして散って。
何もなかったようにリセットされた世界は、それなりに穏やかに回っている。
あの時。
みんなが笑って、光を取り戻して。
滅びることのないこれが真実の世界だと、肩を叩き合って祝福をかわして。
これでよかったのだと、僕自身も納得していて。
なのに。
時を重ねるたびに、僕の世界は色を失くしていった。
どうして、作り笑いしか出来なくなっちゃったのかな。
あんなにも必死に、世界を守ることだけを考えていた頃がまるで嘘みたいに、ぽっかりと胸の真ん中に大きな穴が開いて、感情が動かなくなってしまった。
出会いさえしなければ。
僕と出会いさえしなければ、彼もこんなことにはならなかったのかもしれない。
でもきっと、出会わなければいけなかったんだろうね。運命が決めたシナリオ通りに、僕たちは出会って。そして世界の命運をかけて、僕たちは互いに戦わなければいけなかった。
あなたが滅びるのか、それとも、世界があなたに滅ぼされてしまうのか。
なんて残酷な二択だったのだろう。
結果、確かに存在していたはずのあなたは、その存在さえなかったことにされて。なのに、僕の記憶の中には存在していて。
「正チャン、愛してる」
抱かれるたびに、あなたが口癖のように繰り返していた言葉だけが、僕の中で甦る。
全部、嘘だと思っていたんだ。
いつもいい加減に笑って、軽い言葉だけがあなたの唇からは流れて。
どこを見つめているのかわからない瞳は、無邪気に残酷な夢だけを見ていて。
神になるだなんて。
まるですべてを、ゲームの中の架空の世界の出来事みたいに簡単に、片付けてしまおうとするから。
世界の創造主になるなどと、現実離れした夢を実現させようとするから。
そしてそれを、あなたは確かに実行してしまうから。
だから。
僕は怖かった。
ずっと。
あなたがいなくなってこの世界が救われれば、この苦しさはなくなるんだろうと思っていたんだ。
自分が目覚めさせてしまったかもしれないあなたの力も、全部なかったことになってしまえば、自分を責め続けた日々も報われるんだと、そう、思っていたんだ。
なのに、どうしてなんだろう。
この胸の中には、あなたの面影が今も鮮やかに残っていて、僕に微笑みかける。
我侭ばかり言って、僕を困らせて。
そんな僕を楽しげに見つめていた、あなたが。
あなたの元から離れる最後の夜に、僕を抱きながら、あなたが言った言葉が。
繰り返し繰り返し、壊れた旧式のレコーダーみたいに何度も、僕の中で繰り返されている。
「正チャン…」
耳元で、あなたの声が聴こえた気がして何度も振り返るけれど、そこに誰もいないことくらい、僕は知っている。
がらんとした部屋には、僕一人だけ。
それは、色を失ったモノクロの世界。
僕は、一体何をしたかったんだろう。
この世界を救いたかった。それは真実なんだ。
僕がしたことは間違っていない。これも真実なんだ。
たくさんの人たちが救われて、残酷な独裁者が消えてなくなって。
僕が目指していたものは、確かに実現されたはずなのに。
「正チャン、愛してる… だから昔みたいに、好きだって言って…」
あの夜、僕はどう答えたんだったっけ。
日本に行ってしなければいけないことがたくさんあって、そのことで頭がいっぱいで。
何よりも、彼を騙し続けないと駄目だとばかり考えていたから、その言葉を真剣に聞いてなんかいなかった。いつもの彼の戯言だろうと、そんな程度に考えていた。
あなたが本気で愛を語るなんて、これっぽっちも信じていなかった。
でも、今になって。
彼は全部知っていたんだと。
その上で、僕に投げかけた言葉だったんだと、わかって…
『昔みたいに、好きだって言って…』
学生時代、まだ僕の記憶が戻ってしまう前は、確かに僕は彼のことが、好きだったんだ。
記憶の中で彼が笑う、優しげに。
甘党で、僕が心配するくらい甘いものばかりしか、口にしなかった彼。
だからなのか、彼からのキスは、いつもどこかしら甘かった。
色を失った世界の中で、存在さえも消された彼だけが、今も僕の中で鮮やかな色彩に彩られている。
そうして今、ようやく僕は答えられる。
随分と時間が掛かってしまったけれど、きっとこれが、僕の中の最後の真実。
「僕も、あなたのことを、愛しています」
誰よりも、この世界よりも。
白蘭さん。
あなたのことを。
ぼくは本当は、何よりもあなたのことを、救いたかったんだ。
あなたを失った世界の中で、僕は誓う。
あなただけに捧げる、永遠の愛を。
また記憶の中で、幸せそうに、あなたが笑った。
了
10/05/02
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イラストページから、やっとこっちにお引越し。
白蘭生きてたから、意味なくなっちゃったけど…
14/12/18再UP
-竹流-