思い出
「おてんばだな……」
笑いながら、はじめが独り語ちる。
はじめの視線の先には、古めかしい、銅鏡があった。
花の形を模した物か、ひとの顔よりも大き目の磨きこまれた銅鏡には、しかし、はじめは映っていない。
窓からの光を浴びて、きらめく銀の鏡面に映っているのは、振袖姿の、九つくらいの女の子である。
赤い着物の袖をたすきで括って、身の丈ほどもありそうな木刀を振りかぶっている。
それを微笑ましそうに縁側に座って見守っているのは、この家の跡取り、健悟だった。
最初、いくら政略結婚の許婚とはいえ、とっくに成人している健悟と九つの女の子という組み合わせは、異様でならなくてはじめは、眉間に皺を寄せたものだ。
しかし、まぁ、所詮はひとごとというか、はじめの心配をよそに、ふたりは結構仲良くやっている。
見ようによっては、父親とむすめ、もしくは、年の離れた兄妹といった雰囲気ではあるものの、許婚同士が仲がいいというのは、見ていて、気持ちがいい。それに、やんちゃな許婚に、冷静沈着を絵に描いたような健悟が振り回される図というのは、面白く、何時間も鏡を覗き込むのが、はじめのここのところの習慣になっていた。
紐の先にぶら下がった鈴が、澄んだ音色を響かせ、はじめを、現実に呼び戻す。
現実といえば、どちらが現実なのか。はじめにとっては、こちらの世界が現実だが、第三者にとっては、はじめのいる世界は、現実というよりも、夢幻のようなものだろう。
「済んだのか」
つぶやいて、はじめは、襖を開けた。
「おつかれさん」
狩衣姿の高遠を見上げて、はじめは笑った。
「まったく。人間の相手は、つくづく疲れますよ」
「またなんか頼まれたのか?」
「ええ。まぁ、今回は、穏当な頼みではありましたがね」
「なに?」
「ここのところ雨が降らないでしょう。だから、水をね」
「降らすの?」
「今夜にでもね」
「よかった。里のみんな喜ぶよな」
はじめが「うんうん」とうなづいていると、
「君は?」
と、高遠の白い手が、はじめの顎をかるく捉えた。
「え?」
「はじめも嬉しいですか?」
金色のまなざしに、蠱惑を見出し、はじめは、頬が赤らむのをとめることができなかった。
「え……嬉しいにきまってんじゃん」
「そうですか」
やわらかく微笑んで、高遠が、はじめにくちづける。ゆっくりと、執拗に、高遠ははじめのやわらかなくちびるを、堪能したのだった。
今日も今日とて、鏡の中、女の子は元気に駆け回っている。
仔犬を家来に家を出ようとして、使用人に止められて、食ってかかる。駆けつけたばあやさんにおめだまを喰らって、頬を膨らませて、部屋に篭城しているのだ。
とっくに昼飯時も過ぎたというのに、出されてる飯に手をつけようとしない。
今日はどうやら、健悟は留守らしく、女の子に強く出られるのは、この家の当主くらいだ。しかし、その当主はというと、またなにごとか願い事があるらしく、高遠のところにこもっている。
朝から、薫物がはじめのところにも漂ってきていた。
(こういう時って、高遠の機嫌が微妙になるからなぁ………)
はじめは溜め息をついて、鏡から目を逸らせた。
そうして、その場に固まった。
(ヤバイ)
いつの間にか、当の高遠が立っていたのだ。
金の双眸にたたえられている、きつい色に気づいて、はじめは血の気が引く思いだった。
昔。
まだ高遠のことを怖いとだけ思っていたとき、拾った仔猫相手に似たようなことがあった。
思い出したのは、黒味を帯びてまだなお赤い闇。
赤黒い闇の中、炯と輝く欝金の双眸。
殺された仔猫の血潮がとろりと糸を引く壁に頬を押し当てられての暴虐に、流す涙すら枯れ果てた。
あれは、どれくらい昔のことだったろう。
謝らなければ。
三毛の小さな猫と幼い少女とが、重なり合うような、不穏な気配に、はじめの全身、毛穴という毛穴から、冷たい汗が噴き出した。
ふたりの間にどれくらいの沈黙が積もって行ったか。
つい――――と、高遠がその場に腰を落とした。
「私にとっては、仔猫も人間の子供も同じことなんですが」
そのことばに、高遠もまたあの頃を思い出していたのだと悟り、はじめは、食い入るように高遠を凝視した。
「はじめ」
思いもよらない穏やかな声音に、はじめの双眸が揺らぐ。
流れるような所作で、高遠の白い掌が、はじめの頬に触れた。
咄嗟に目を閉じたはじめは、頬に感じるのが痛みではなく、心地好い高遠の体温であることに、そっと目を開いた。
「馬鹿ですね」
やわらかいまなざし、穏やかな口調だった。
「いつまでも、あの頃のままではありませんよ」
「あ」
戸惑うはじめに、高遠が笑む。
おいで――と、差し伸べられた手を取り、はじめは、目が眩むほどの激しさで、抱きしめられていた。
コトンと、銅鏡が、はじめの膝から転がり落ちる。
「私たちの関係が、変わったと同じようにね」
見上げる視線の先に、欝金のまなざしがある。
見惚れるほどきれいなその双眸に、はじめは、うっとりと、身をまかせたのだった。
おわり
from 14:24 2005/08/05
to 16:39 2005/08/05
あとがき
滅茶苦茶久しぶりの高金です。が、微妙ですね。
健悟くんが出るあたり、『秋祭り』の続編って感じな気もしますが、時代が前後しているような気がしないでもないです。
思った以上に、ラブラブかも。う~ん、まぁ、出来上がってるふたりですしね。
健悟君の相手は、一応、むか~し書いた、『レール・デュ・タン』の彼女のつもりですvv 年の差男女カップルって、好きなんですよね。
それでは、少しでも楽しんでいただけると、嬉しいのですが。
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魚里奈美さまに、暑中見舞いとしていただいた『高金』小説でしたvv
まさかまさか、うちのサイトに、魚里さまのお話を飾れる日がくるとわ!
大感激です~~vv!
サイトやってて、よかったです~~~vvv!
もう、読んだとたんに、『狩衣姿の高遠くん』が頭の中に浮かんでしまって、
お願いして、挿絵、描かせていただいたのでしたv
まさか、高遠くんで狩衣を描けるとは想ってもいなかったので、もう、
ものすごく張り切って描いてしまいましたよ!!!
で、なんでか、手には扇子が…
ええ、ワタシが描くと、狩衣には扇子、なんですね~vv
って、佐為ですか…
お話も、魚里さまのところにある『秋祭り』の続編で、嬉しい限りですv
神様な高遠くん…ワタシ的に、物凄くツボで…
「すきだー!だいっすきだー!!」な、状態の竹流ですv
あああ、舞い上がっているので、何を書いているのやら、わからなくなってきました。
魚里さま、素敵な暑中見舞いを、ありがとうございましたvvv!
この素敵なお話を書かれた、魚里奈美さまのサイトはこちらからv
↓ たくさんの、素敵小説が楽しめますvv

05/08/13UP
再UP14/08/25
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