ばらの花なんか
鼻先をくすぐるコーヒーの香ばしい匂いに、オレは、目が覚めた。と、それに気づいたらしいヤツが、
「ねえ、はじめくん」
静かだった空間に、穏やかな声で、波紋を描く。
少し語尾が跳ね上がる、低くて耳になじんだ、心地よい声だ。
けど、その奥底に含まれた何かに、オレは、ちょっと緊張しちまった。
で、全身も心持ち硬くなってたりして。
けど、
「お願いがあるんですけど」
コトリ――と、マグカップをサイドボードに置く音が、やけに大きく聞こえた。
お願い――――そのひとことに、ああやっぱりと、オレは、思った。
や、こいつのお願いって、突拍子のないことが多いんだよなぁ。
やっぱ天才さまは、どこか、ねじが抜けている。
そんなことを思いながらだったから、
「はい。なんでしょう」
なんて、間の抜けた反応をしちまったんだ。
「なんです、それは」
面白がってるような響きが、耳の付け根をくすぐる。
オレは、思わず、肩を竦めてた。と、それだけで、ちょっと障りのある箇所に、障りのある感覚が襲ってきた。いや、まぁ、その、“事”の後ってやつでさ、今。
ベタな表現をすると、夜明けのコーヒーってヤツだよな。正に。いつもは紅茶のくせに、こんな朝は、いつも、コーヒーなんだ。刺激が強いから、事の後にはちょっとごめんしたいって言ったら、コーヒーにこだわりがあるのか、カフェ・オ・レに譲歩してくれたけど。そ、砂糖多めの、甘いやつな。
「いいかげん、こっちを向いてくれませんか」
面倒なんだけどなぁ。
「からだ、辛いですか?」
オレのボヤキが通じたのかね。時々こいつは超能力者じゃなかろうかって思っちまうことがある。時々だから、超能力者にしたって、とんだザルか、確信犯だろうけどさ。
オレが辛くっても、あまり悪いなんて感じていないんだろうなぁ。クスクスと、楽しげに笑いながら、オレの頭を撫でてるこいつに、オレは、背中を向けたままだ。意地もあるけど、正直、まだ、恥ずかしいんだ。どんな顔をしていいのやら、わからねぇし。
「こっち向かないと、朝ごはん、食べられないでしょ」
さぁ――とか言って、オレを抱きかかえようとするから、
「そ、それがお前のお願いなのかよ」
って、オレは、焦っちまった。かすれた声が、どうも、その、夕べのことを思い出させて、情けない気分になってくる。
「かすれた声が、セクシーですね」
耳もとでささやかれて、背中がぞくりと震える――と、同時に、駆け抜けた痛みに、オレは、硬直する。
腰砕けになりそうなセクシーボイスに、どこがだよと、反論も力ない。
「ま、それはともかく」
「えっ? ぎゃっ」
よいしょとばかりに抱き起こされて、オレは、高遠の腕の中だ。
まだ、心臓が喚きたててる。
ベッドの上、ぬいぐるみよろしく抱っこされて、オレは、肩口に、高遠の顎を乗っけられてる。
掛け布団を放さなかったのは、上出来だよな、オレ。
「お願いっていうのはですね」
覚悟しとこ。
一旦高遠が口をつぐむ。
「薔薇の花をいただけませんか」
照れくさそうな声の響きに、しかし、オレの頭の中は、真っ白だ。
「なにも花束で――などとは言いませんよ、一輪、そう、一輪でけっこうですから」
真っ白な頭の中、一輪の薔薇の花―――――――という言葉が、リフレインしていた。
「ああ、そーゆーことね」
オレは、でかでかと飾られた広告を見上げながら、む~んと、唸っていた。
そこには、セント・バレンタイン~とかなんとか、チョコレートと薔薇の花束を手に笑ってる女優の姿があった。
『大好きなあなたへ』
ポスターには、ハートマークとピンクとが飛び交ってる。
高遠とそういう関係になって、初めてのバレンタインだった。
「まぁ、チョコが欲しいとかいわないのがあいつらしいけどさ」
チョコなんていわれてたら、多分、即座に却下だったろう。
次に会うときに――と、そう言われた期限は、実は、今日だったりする。
そりゃあ、いつもいろいろしてくれるあいつのお願いを聞くのは、やぶさかじゃない。ないんだけど。
ほかのもの――と、返したら、やけにきっぱり、『薔薇がいいんです』と、言ってくださった。ああいうときのあいつは、絶対譲歩しないからなぁ。
「お前は、乙女かい」
いや、面と向かって言えてりゃあ、たいしたもんだったんだけどな。オレ。
オレは、あきらめの溜息をついて、花屋のドアを開いたんだ。
「も、たか、と………」
オレは、もう、限界だった。けど、やけに張り切ってる高遠は、一緒にとか言って、まだ、解放してくれる気配もない。
高遠のピッチでゆすられながら、オレは、視界の隅に映った薔薇の花を、にらんだ。
『ん』と、自分でもぶっきらぼうに渡したそれを、高遠はめちゃくちゃ喜んでくれたんだけど、けど、それのお返しがこれでは、オレの身が持たない。
「うっ」
高遠の動きがひときわ早くなった。
そうして、オレは、
薔薇の花なんか、きらいだぁ―――――そんなことを考えながら、果てたのだった。
おしまい
start 11:16 2007/02/07
up 12:40 2007/02/07
_______________________________________________________________________
竹流の誕生日祝いにと、魚里さまからいただいた、素敵小説でございますv
お誕生日に、こんな風にいただいたのは初めてで、大感激な竹流なのでありました。
ラブラブ、バレンタインネタですよっ!
しかも、おねだり高遠くんですよっっ!!
そして、ちょっとH度が高めなのが、さらに嬉しかったり///
それにこのお話は、うちの8代目TOP絵の高遠くんを見て考えてくださったのだそうです!
きゃ~~~vv
魚里さま、本当にありがとうございましたvv!
大切にいたしますね!!
07/02/13UP
再UP14/08/25
このお話を書かれた魚里さまのサイトはこちら
↓

素敵小説がたくさん堪能できますv