HAPPY HALLOWEEN




「くぉら、金田一! そんなところで何をしているっ!」
 屋上のいつもの場所で授業をサボってマンガ読んでいた俺は、生活指導のセンセーの声に慌てて身体を起こした。
 俺がいつも昼寝する所は、屋上階段の入り口の上。
 階段を上って来た人から見れば死角にあたるから、単純なわりに見つかりにくい場所なのに。
(見つかっちゃったか、やべ……)
 名前を叫ばれた以上、ここに俺がいることはばれているわけで。
 これでまた指導室で叱られるのかと思ったらうんざりした。
 話せば分かってくれる気安い先生なんだけど、頭が固いのがタマにキズ。3回に1回くらいは見逃してくれても、うち2回は指導室でみっちりと反省文コース。
 今日がその『3回に1回の見逃しコース』だったらいいなぁと思いつつ、ひょこと顔をつきだして入り口の方を見た。
「センセー悪ぃ、いいお天気だったからさ、ついつい……って」
 顔の前に手を持ってって謝りかけ、俺は首をかしげた。
(あれ? センセーじゃない)
 入り口の扉を開け放したまま少し屋上へ入り込んだ、すっきりと細い後ろ姿。
 見るからに上等な部類のスーツに身をくるんで。んで、妙にお上品な雰囲気を漂わせて。
(……つか、バレバレじゃん)
 そして、そういった上等上質ムードをバリバリかもしだす男について、俺には二人、心当たりがあった。
 一人は、警視庁のイヤミメガネ。でも、髪の色からして彼じゃない。
 だとしたら、あとは一人……あの人しかいない。
 なんだかドキドキして。学校の屋上で、こんな風に会えるってことが単純に嬉しくて。嬉しくてたまんなくて。
 自分でも分かるくらいの、全開の笑顔で彼の名前を呼んだ。
「遙一さんっ。何してんだよ、こんなとこで!」
 大嫌いな人だったのに、いつの間にか大好きになっていた人。犯罪者だって分かっていても、捕まらないで側にいてほしいと願った相手。
「なかなか上手だったでしょう、今の声音は。だまされましたか?」
 振り向いて微笑む、その穏やかな瞳に胸が切なくなる。こんな風に笑う人ではなかったのを知っているからだ。
 けど、出会って恋して、憎んで別れてくっついて。その中でお互いにたくさん変化してって、やっと、こんな静かな笑顔に出会えるようになった。
「ん。本気でセンセーかと思ってびっくりした。さすがだね、遙一さん」
「お褒め頂き、恐縮です」
 おいで、と笑顔のまま両手を広げられるから。
 本当は手すり階段から降りなければいけないのを、ジャンプして勢いよく飛び降りる。
 遙一さんは細っこい体つきをしてるのに、ぐらつきもしないで俺を抱きとめ。
 会いたかったと、強く腕の中に閉じ込めた。
「なんか久しぶりだね、どこ行ってたんだ?」
「極東の方です。あちらでカジノを経営している友人と旧交を深めてきました」
 遙一さんの肩口にぐりぐり額を押しつけると、スーツからふんわりいい匂いが漂った。
 甘くてどこか切ないこれは、金木犀の香り。香水とかいった人工の匂いが好きじゃない遙一さんは、その季節の花々をハンカチに包んで胸ポケットへしのばせる。
 だから会うたびに違う匂いがして、でも、身にまとう体臭ってのは変わりようがないから、どこかしら共通の匂いがして。
 花と遙一さんが交わった独特の香り。
 それを確かめることで俺はこの人が触れる距離にいることを実感する。
「カジノってすごいじゃん。くぅーっ、俺も1回やってみたいっ!」
「未成年にはまだ早い場所ですよ。いつか連れて行ってあげますから我慢して下さい」
 遙一さんも俺の存在を確かめるように、髪の中に指を埋めてかき乱した。
 細い指先が頭皮を刺激する感触が気持ち良くて、俺はうっとりと目を細めて抱きすがる。
(いつかって……いつなんだろうな)
 ぼんやりと、思った。
 遙一さんは犯罪者で、国内外で指名手配されている人で、普通の恋人たちみたく、デートとか旅行なんてできるはずもないから。
「……てか、あれ?」
 はっと我に返り、遙一さんから少し離れる。
 どうしました、と見下ろす顔に違和感。
「なに、アンタ。その眼鏡」
 遙一さんの目元にあるのは、キラリンと光を反射する眼鏡。
 レンズのふちを持ってクイと位置調整し、遙一さんはあでやかに微笑んだ。
 似合いませんか、と問われて、ブンブンと首を振って否定する。
 どっかのイヤミ警視もそうだけど、眼鏡しているだけでなんだか理知的に見えてカッコイイ。色男は得だよな~って思って、それがなんだかやけに悔しくて、俺は唇を尖らせた。
「Trick or Treat?」
 指を伸ばしてアヒルのような俺の口をつまむと、遙一さんはそっと顔を寄せてささやいた。
 英語の意味が分からなくて、首をかしげる。
 どっかで聞いたことがある気がするけど、勉強っつったら睡眠学習メインの俺には意味なんて理解不能でよく分からない。
「だめですよ、はじめ。そう言われたら、“Happy Halloween!”と答えてご馳走してくれなければ」
「ハローウィンって……今日?」
「そうですよ。万聖節の前夜、精霊や魔女、死者の霊が蘇る。……としたら、今はもうどこにもいない、幻想魔術団のマネージャーが現れてもおかしくはないでしょう?」
 どこか芝居がかった風に言いながら、遙一さんはニッと口角を持ち上げる。少し冷ややかなそれは、気弱なおどおどマネージャーだった頃は決して浮かべなかった笑みだ。
「あぁ、ハローウィンの仮装のつもりで、マネージャー眼鏡してるわけね。つか、そんな笑い方してなかっただろ、あの事件の時。『き、金田一さん……』なんつって、弱々しくしてたくせに」
 思い出すだけで、なんだか変な気がしてくる。あのおとなしくて静かな人が、目の前で不敵に笑う人と同一人物とは思えないからだ。
「どっちかってーと、眼鏡キラーンのスパルタ優秀教師風じゃん、それ。んで、獄門塾の時みたく教鞭持って、ビシバシしごきながら『金田一くん私の授業をサボるなんておしおきですね』とか何とか言いそう」
 自分の想像に思わずアハハって笑ってしまったんだけど、その笑いが途中からひきつっていく。
 なぜなら俺の言葉を聞き終えた瞬間、どこから取り出したものか、遙一さんの右手に使い込まれた風の教鞭があらわれたのだ。
「おや、キミはおしおきされたいんですか。それならば仕方ありません、恋人の要望にお答えするのも男の甲斐性。そういえば最近マンネリぎみでしたし、こういうのも刺激的でいいかもしれませんね」
 遙一さんの顔に、楽しそうな笑顔が広がる。
 やばいっ、と俺は青ざめ、逃げようと身体を動かしたんだけど、あっけなく腕をつかまれてもう一度抱きしめられる。
(しまった! この人、こう見えて……てか、見るからに、サディストだったっ)
 今までされた悪行の数々が脳裏をよぎり、サーッと血の気が引いていく。
 遙一さんはねずみをいたぶる猫のような残酷な笑みを浮かべたまま、俺の胸元へと顔をうずめた。
 ガリ、と鈍い音が身体の中で響く。かみつかれたんだろうそこに、痛みよりも激しい熱を感じて、俺はくぅと吐息をこらえる。
 じんわり血をにじませただろうそこを、ぬめった舌肉がよぎった。悦楽へと変化した熱にせかされ、下肢に血が集まっていく。
「『おしおき』っつか、教鞭、活用されてない……じゃなくて、遙一さん、ここ、屋上! 屋上だってば!!」
「大丈夫ですよ、私たちの逢瀬に邪魔が入らないよう、すでに手は打ってあります。……だから、安心して身を任せなさい」
 鎖骨から首筋を通って耳元までたどりついた唇が、多めの吐息を含んで言葉をささやく。
 鼓膜を響かせる濡れた声にすら感じてしまって、俺は無駄だと分かっていても遙一さんから逃れようと身をよじった。
「ちょ、遙一さん、マジ駄目だって。誰かに見られたらっ」
「その時は見せつけてあげましょう」
「いや、だから、アオカンなんてやだってば。ちょ、どこ触ってんだよ、も、やめっ」
 冗談抜きの真剣顔で押し倒されて、抵抗すらできなくなる。
 俺の手足に遙一さんのそれが蛇のように絡んで、痺れるような毒をもって動きを封じ込めて。
 快楽中枢を刺激された脳がこのまま流されてしまえと命令を下す。
 気が狂いそうな快感が指先まで満ちて。
 俺は、遙一さんの背中に爪を――。


「てか、本気でアオカンはやだーっ!!」
 必死に叫ぶ自分の声で、はっと目が覚める。
 視界は雲一つない広くて大きな青空。綺麗でまぶしい景色に、一瞬自分がどこにいて何をしているのか分からなくて周囲を見回した。
(え? 遙一さんはどこ? 俺、もしかして、寝てた? 今の、全部夢?)
 屋上のどこを探して遙一さんの姿はなく、狐か何かにだまされたみたいな気持ちになって、俺は首をかしげた。
 抱き合った時の感触や、金木犀と体臭が混ざった香り。触れ合った肌の熱さや腰砕けそうな濡れた声とか、リアルにはっきりと思い出せるのに。
 けど現実は、きちんと制服を身にまとって一糸の乱れもない。遙一さんの指でぐちゃぐちゃにされたはずの髪もいつも通りに首の後ろでひとくくり。行為のあとの汗でべたつく感覚もなくて。
「ゆ、め、見てたのか? 俺」
 我ながら、なんて夢だと軽く落ち込む。正直、自分がここまで欲求不満だとは思わなかった。
(そりゃ、もうずっと遙一さんに会ってないから、遙一さん不足だってのはあるけどさ)
 それでも学校で盛る夢を見るほど飢えてるなんて、羞恥に脳みそが蕩けてグデグデになりそうだ。
「あ~あ。ったく、俺のアホ。こんな夢見たら……」
 今すぐにでも、会いたくなる。さっきの夢のように触れ合ったりしなくてもいい。ただあの人が無事で、そこに、側にいてくれるという事実を確かめたい。
 そうやって願って簡単に会える相手じゃないのに、それでも会いたいと、強く望んでしまうのだ。


 ぴんぴろり~ん。
 メール着信の音がして、ポケットに入れていた携帯電話を取り出す。誰からだろうとなにげなく確認して、え、とつぶやいた。
 送信者は、会いたいと願ったばかりのその人で。まるで気持ちが届いたかのようなタイミングのよさに、嬉しくて目を細める。


 件名:
 Trick or Treat?
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 よい夢を見ているようですね。邪魔をしては 申し訳ない。時を改めましょう。
 今夜、会いに来ます。


 たったそれだけの短いメール。けど、添付ファイルがついてて。
 表示してみると、寝ながらヘラと笑う俺の顔のアップがあった。ファイル名には今日の日付とつい数分前の時間。ってことは、俺が寝てる間に撮ったやつだろう。
 遙一さんは俺に会いに来て。んでもって、寝てたから遠慮して。写真だけ撮って、帰ってしまったのだ。
「あー、くそっ! 起こしてくれりゃよかったのに」
 携帯をしまいながら悪態を言う。でも、全身が熱くてわくわくしてきて、なんだか笑ってしまった。
 今夜会えるんだって。今さっき会いに来てくれたんだって。
 それが嬉しくて。泣きたくなるくらい嬉しくて。
 だらしなく締まりのない俺の顔には、満面の笑顔。
 きっと、大好きな人が好きだって言ってくれた笑顔を浮かべてるんだと思う。
「Happy Halloween!」
 あの人に届けとばかりに、俺は青空に向かって叫んだ。


fin.//
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「Absolute Love」の管理人さま、
緋桜桂香さまからいただいてしまった素敵高金SSでございますっ!
竹流が無理やり押し付けたイラストのお返しにとくださったのです~v
ラブラブですよっ!ハロウィン話なのですよっ!!
しかも、高遠さんが眼鏡かけてるのは、イラストからとって下さったのです!
うっふっふっふっふっふっふっふっふ(怪)。
長らく、ひとりで楽しんでしまっていたお話なのですが、
皆さまにも幸せのおすそ分けなのですv

緋桜さま、どうもありがとうございましたっvv!
この素敵SSを書かれた緋桜様のサイトはこちらv
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切な系高金小説・他カップルもあります。

07/12/14UP
再UP14/08/25