あなたに捧げるHAPPY BIRTHDAY
晦日のその日、年末恒例の年越しライブに、太一たちのバンドも出演することに決まった。有名どころが顔を揃えるこのイベントに顔を出せること自体が、太一たちのバンドの人気が確実に上がっていることを証明していた。
この話が来たとき、一も二も無く克哉は手放しで喜んだのだ。
当の太一が、どこか乗り気じゃ無さそうにしていることにも気付かずに。
当日、郊外に設置された特設イベント会場には万単位の客が集まる。舞台には何組ものバンドが出演し、ある種の熱狂を共有するお祭りだ。
そんな空気感に気圧されることは、太一に限って絶対に無いだろうが、さすがにこの人数の前では太一も歌ったことは無い。太一たちの出番は夕方頃、辺りが暗くなり、舞台がライトアップされ始める時間帯だ。夜になるに連れて、熱狂はさらに盛り上がりを見せる。テンションを下げるようなことは、絶対に許されない。
午後から始まっているステージからは、爆音に近い大音量で音楽が流され続け、闇が近づくに連れて歓声はさらにヒートアップしている。
じき、太一たちにもスタンバイの声が掛かるだろう。楽屋代わりに舞台の裏に張られたテントの中で暖をとりながら、克哉は落着かない面持ちで折りたたみ式の椅子に座っていた。
メンバーたちはめいめいに、楽器のチューニングに余念が無い。
「も、もうすぐ出番だね。が、頑張って」
「なんで克哉さんのほうが緊張してるかなあ。大丈夫だって。だって5曲しか歌わないんだよ? 楽勝楽勝。なあ、みんな」
自分が出るわけでもないのに、緊張して硬くなっている克哉を尻目に、太一はメンバーに明るく笑いかける。そんな太一の姿は、いつもとまったく変わりがない。
どこへ行ってもマイペースさを失わずに、明るく笑って不安など蹴散らしてくれる。太一がそんなだから、他のメンバーも安心して音楽を楽しめるのだろう。ある意味ムードメーカー的な太一の存在感が、このバンドのカラーになっていると言ってもいい。
克哉は頼もしげに、目を細めて太一を見た。
「…そうだね。今日はお祭りみたいなもんだしね。じゃあ、みんなも楽しんできて」
克哉がそう言ったのと、ほぼ同時に、
「スタンバイお願いします」
スタッフの一人が、太一たちを呼びにやって来た。
太一たちの前の出演者と入れ替わりに、太一たちが照明を落とされた舞台に上がると、何人かのスタッフが太一たちのセッティングを手伝うために動いてくれる。太一たちがワイヤレスアンプの音を確認するように、簡単な音調節に入る頃には、すべての用意は整っていた。
調律はすでに完璧だ。音階を数音ぱらぱらと鳴らした後、太一が振り返って頷くと、ドラムのスティックがリズムを取った。
カン・カン・カンと乾いた木の棒が打ち鳴らされる音が4回響き、5回目の音が打ち鳴らされるタイミングで、ギターが激しく6本の弦をかき鳴らす。と同時に、一斉にライトが点り、白く太一たちの姿を舞台の上に浮き上がらせた。
ドラムが激しくリズムを刻み、巨大なスピーカーからはご機嫌なロックナンバーが紡ぎ出されてゆく。ハスキーな太一のシャウトが響くたび、会場の熱気は高まった。観客たちは右手を上げて、全身でリズムを刻んでいる。
盛り上がりは、最高だ。
克哉は舞台の袖から様子を窺いながら、気が付くと、祈るように両手を胸の前で組んでいた。
こんなにも大きな舞台で、大勢の観客に囲まれて、太一が歌っている。太一たちだけを見に来た客ではないけれど、それでも、今この時、この大勢を酔わせているのは確かに太一のバンドなのだ。
よくここまで来たなと、感慨にも似た感情が克哉の胸のうちに溢れてくる。でも、こんな自分の気持ちを知ったら、きっと太一は言うだろう。
「何言ってんの、克哉さん。こんなの序の口でしょ? いつかこれくらいの数のお客さんが、俺たちの音楽だけを聴きに来てくれる様になるんだから」
そして、いつものように明るく笑うに違いない。
そう考えて、克哉の口元にも笑みが浮かんだ。
「…そうだね、太一。まだまだ、これからなんだよね」
眩い光の中で、まるで水を得た魚のように生き生きと太一は歌う。
その首に、太一の誕生日に克哉が送ったチョーカーが着けられているのに気付いて、克哉はなんだか少し恥ずかしい気がした。
誕生日以来、太一の首に着けられているあのチョ-カーのことを、最近、雑誌のインタビューで訊かれた事があったのだ。このところ、ずっと身に着けているそのチョーカーは何なのかと。その問いに、太一は事も無げに答えた、「大切な人からもらった」と。
まだ日本では駆け出しの自分たちなのに、そんなことを言ったらマイナスになるかもしれない、などと太一は考えないのだ。自分たちの音楽だけで惹き付けてみせる、そんな自信が彼にはあるのだろう。
揺ぎの無い、自分への自信と誇り。そんな太一の強さが、やっぱり克哉は好きだと思う。
誰よりも強くて、自らが輝き続けていられる彼は、太陽だと思う。
だからこそ、克哉も頑張れるのだ。輝き続ける太一を、ずっと見ていたいと思うから。
二曲目が終わって、簡単なメンバー紹介をした後、突然太一が、克哉が予想もしていなかったことを言い始めた。
「ねえ、聞いてみんな。今日ね、うちの社長の誕生日なんだ。大晦日が誕生日ってさ、みんな忙しくって友達に祝ってもらったこと無いんだって。でね、ここで『HAPPY BIRTHDAY』歌って彼に送りたいんだけど、いいかな?」
「えっ、えええっ?」
舞台の袖で克哉は慌てた。そんなことを、まさか舞台の上で言い出すとは、夢にも思っていなかったのだ。大体、今日が自分の誕生日だということすら、忘れていたのに。
こんなところでそれはまずいだろっ、太一!
そう想った克哉の考えとは裏腹に、会場の反応は非常に好意的だった。
わーっと、歓声が上がり、たくさんの拍手が賛同の意思を伝えてくる。
太一が明るく笑って言う。
「じゃあ、みんなも一緒に歌ってあげて。彼ね、克哉っていうんだ」
事前に打ち合わせてあったのか、他のメンバーが静かに伴奏を始めた。
「♪ハッピバースデイー・トゥ・ユー…」
甘く掠れる太一の声が響くと、会場にいる大勢の観客も歌い出した。大合唱の『HAPPY BIRTHDAY』だ。
それも、克哉のためだけの。
「ハッピーバースデイ・ディア・克哉♪」
歌いながら、太一がちらりと克哉の方へと、一瞬だけ視線を寄こした。軽くウインクをして、また前へと向き直る。
「ハッピーバースデイ・トゥ・ユー♪ 誕生日おめでとう社長! 会場のみんなもありがとっ! 愛してるよっ!」
太一の言葉に会場が歓声で包まれる、一体感を増した会場の雰囲気はかなりいい。でも、最後の太一の言葉が、本当は誰に贈られたものなのかを気付く者はいなかった。
間にバラードを挟んで、いよいよ5曲目、ラストナンバーの激しいリズムのロックが始まった。けれど克哉は、その場に凍りついたように未だ動けない。眦に浮かぶ涙を、何度も何度も拭うばかりで。
こんなことをしてもらえるとは想ってもいなくて、感動して、身体が震えて仕方が無かった。
ただ、感謝に満たされる。
こんな気持ちになった誕生日は初めてだった。
「ありがと…太一…みんな…」
小さく何度も、克哉は胸の中で繰り返し続けていた。
嬉しくて、気恥ずかしくて。
戻ってきたメンバーたちを、克哉は拍手と照れ笑いで迎えた。
このサプライズを知らなかったのは、どうやら克哉だけだったらしい。事前に会場のスタッフにも太一は話をつけていたと、礼を言う克哉に、他のメンバーが教えてくれた。
「びっくりしただろ? 太一が言い出したんだぜ」
「びっくりしたどころじゃないよ、まったく心臓に悪いって」
克哉が答えると、みんなは笑った。
舞台が引けたあと、自分たちの仕事が終わった太一たちは、観客に混ざって他のバンドの音楽を楽しんで年越しを迎えようということに決めていた。
ライブ自体は、明け方までずっと続くのだ。出番が終わったバンドは、帰ってもいいことになっていた。今年忙しかった分、正月はしっかりと休みを入れてあるから、大晦日ぐらいは、はしゃいでもバチは当たらないだろう。
克哉たちは、他のメンバーと一緒に会場にもぐりこむと、長い時間楽しんでいた。
会場では、話をするにも大声で叫ばないと隣の人ともしゃべれない。そのくらいの大音響。でも、演奏する側としてではなく、一観客としてこうして純粋に音楽に触れるのは、久しぶりだった。
「ねえ、俺からの誕生日プレゼント、どうだった?」
今、克哉は太一とふたりで、会場の外れの芝生の上に座っている。
流石に数時間立ちっぱなしは疲れた。他のメンバーもどこかで休憩しているのか、車に戻って仮眠しているのだろう。近くに姿は見えない。
会場の音は聴こえているが、普通に会話できる程度には、ここは静かだった。そんな時、太一が訊いて来たのだ。
「もう、びっくりしたよ、まさかここであんなことするなんて…」
暖かい缶コーヒーを両手で握り締めて暖を取りながら、そこだけ明るく華やかな会場を見つめていた。会場内は屋外とはいえ、大勢の人の熱気でなかなかに暖かいが、少し外れてしまうだけで、冬の冷気は身体の芯まで冷やそうとする。
はあっと、吐き出す息は白い。
「でも、よかったでしょ? 克哉さん」
克哉の言葉への答えを、いたずらっぽく笑いながら太一は返した。顔を覗き込まれて、克哉は少し、紅くなる。太一の歌う自分への『HAPPY BIRTHDAY』を聴きながら、感激のあまり涙ぐんでいたのを、あの時、たぶん見られただろうと思うのだ。
それに、最後に太一が言った、あの言葉…
「…すごく…嬉しかった…よ? ありがと…」
俯きながら照れくさそうに返す克哉に、けれど太一はポツリと呟いた。
「俺、本当は今日はライブなんて出たくなかったんだ」
「えっ?」
驚いて顔を上げると、自分を見つめている太一と目があった。
真剣な眼差しに、克哉の心臓が大きく脈打つ。
「だって、せっかくの克哉さんの誕生日なのに、ふたりだけで過ごしたかった。今年はずっと、忙しかったしね」
「太一…」
息が詰まりそうな気がした、その眼差しにとらわれて。
「でもまあ、今回は出てよかったかな? 克哉さん、すごく喜んでくれたみたいだし」
太一の手が、克哉の顎に掛けられる。瞳の奥を覗き込むように、太一の顔が近づいてくる。
「あ… 太一、誰かに見られたら…」
「平気だよ。暗いし、みんなライブに気を取られてて、気付かないって。それに、俺は誰に見られても、構わない」
その言葉に納得したわけではないけれど、克哉は身じろぐこともできずに、ただ太一の顔を見つめていた。熱を孕んだ太一の瞳から、目を逸らせない。
「…たい…ち…」
「来年はベッドの中で、俺が克哉さんだけに歌ってあげる」
甘く掠れる太一の声を心地よく聴きながら、克哉はうっとりと目を閉じた。
「ずっと、ずっと、克哉さんのためだけに歌うから…」
太一の唇が、克哉の唇に重ねられる。
啄ばむような口吻けが深くなるのに、そう時間は掛からなかった。
その時、新年を祝う色とりどりの花火が、空に向かって盛大に打ち上げられた。
綺麗な炎の花が、冬の空をほんの一瞬、美しく彩っては散ってゆく。
克哉が何かを言おうとしたけれど、太一はそのまま、唇を離さなかった。
太一は想う。
一瞬で終わる花など、見なくてもいい。
ずっと、こうしていられれば、それでいい。
もしも人の命が、花火のように一瞬の輝きなのだとしても、この想いはきっと永遠に変わらない。
この命が燃え尽きるまで、あなたのためだけに歌うから。
今宵、あなたに捧げる、HAPPY BIRTHDAY…
了
07/12/31
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なんとか間に合いました。
克哉BDモノですv
07/12/31UP
14/12/16再UP
-竹流-
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