目が覚めると、まだ真夜中で、胸の辺りから規則正しい、安らかな寝息。
見ると、高遠が、母親の側に擦り寄って眠る、小さな子供のように、おれの身体を抱きしめたまま、胸に顔を寄せて、眠っている。
サラサラの黒髪に、そっと手を絡ませると、おれは静かに、高遠の頭を抱き寄せる。
高遠は、少し身じろいで、でも目は覚まさない。

おれにだけ、見せる、無防備な顔で。
おれにだけ、見せる、無防備な姿で、高遠は眠る。

それだけで、おれは、満たされた気分になる。
あいしている、と、思う。

なによりも。
だれよりも。
じぶんよりも。

でも、高遠は、わからない、と言うんだ。

いつも、わからないと、高遠は、こたえる。

それは、かれが、こころから、満たされたことが無いからだと、おれは、知っている。




満たされない こども




おれよりも、ずっと大人なこの人の中には、寂しいこどもがいるんだ。
それは、与えられなかった思いを、奪うことで満たそうとしている、純粋で残酷なこども。
何の罪の意識も無く、ただ、新しいおもちゃを欲しがるように、簡単に奪う。
自分が、なにを求めているのかすら、わからずに。
ただ、欲しがっていた、わがままな、こども。

「君さえ、側にいてくれたら、もう、何も望みません」

あのとき、おれに手を差し伸べたこの人は、今まで見せたことも無い、不安げな寂しげな笑みを浮かべた。
きみの意思で、そばに来て欲しい、と、この人は言った。
そうでなければ、意味がない、と、この人は言った。
きみだけは、奪いたいわけじゃない、そう言って、跪いた。

−おねがい、どうか、ぼくの、そばに、いて…

そんな声が、聞こえた、気がした。
どうして、おれなんかを望むのか、おれにはわからなかったし、たぶんきっと、この人にもわからないんだろうと、おれは想う。

でも、おれでなければ、ならなかったんだよね。

運命というものが、本当にこの世にあるのだとしたら、それはとても、残酷な色をしているに違いない。
この人が、初めて犯した罪を、もしもあの時、おれが暴きさえしなければ…
もしも、あのとき、完全犯罪が成就していたならば…
きっとこの人は、今頃、マジシャンとして成功して、犯罪からはきっぱりと足を洗っていたんだろう。

この冷酷な犯罪者「高遠遥一」は、この世に存在しなかった。
おれは、そう、想ってる。

なぜ、気付いてしまったんだろう。
なぜ、暴いてしまったんだろう。

ただ、自分の中にある、真実への希求が正義なのだと信じ込んでいたおれは、あのとき、この人と同じ、残酷なこどもだったんだ。
この人は、人の命を奪い、おれはこの人の、未来を、奪った。

犯した罪は、自らの手で、償わなくてはならないんだよ。
ほんとうにね。

まさか、自分が、この人を愛するようになって、自分の罪に、気付かされる日が来るなんて、想ってもみなかった。

この人も、おれも、残酷な、こども。

互いのベクトルは、正反対なのに、でも、だからこそ、磁力のように引き合っていた。
この人の犯した、罪の数々が、それに気付くまでの、試練だったのだとしたら。
おれたちは、ずいぶん、罪を重ねたね。

お互い、すべてを失って、そして、いま、お互いだけが、残った。
それでもおれは、後悔なんてしたことは、ないんだ。

やっぱりおれも、わがままなこども、なのかな?



「…どうしたんですか…」
気が付くと、高遠が目を覚ましていて、おれに尋ねる。
「…たかとお…」
おれの顔を覗き込むように、起き上がって、そっと、こわれものでも触るみたいに、頬に触れてくる。
「なぜ、泣いているんですか…?」
いつの間にか、泣いていたんだ、おれ…

高遠は、少し、不安げな色を、その綺麗な金茶の瞳に浮かべる。
そんな顔をして欲しくなくて、おれは高遠の首に腕を絡ませる。

「…あんたが…好きで…好きで好きで…どうしようもなくて…涙が出ちゃうんだよ…」
一瞬、驚いたように目を見開いて、でもすぐに、とても嬉しそうに、綺麗に微笑んで。
「ぼくも、大好きですよ」

降りてくるくちづけは、とてもやさしくて、甘い。



愛しているとは、この人は、言ってくれない。
愛がどういうものなのか、この人は、わからない。
あいしかたも、あいされかたも、知らないこの人は、あたえられることに、ひどく、とまどう。

寂しくて、満たされないこどもが、確かにいるんだ。
でも、あんたの望むものは、ここにあるよ。

この人に、すべてを捧げながら、おれは、願う。

いつか、この人の中のさびしさが、おれの注ぐ愛で、満たされますように。
いつか、この人が、自分の中にある愛に、気づきますように。
そして、いつかこの人が、自らが犯した罪の重さに、気づきますように。
そしたらそのとき、ふたりで考えよう。

どう、償うのかを…

なあ、高遠…
おれは、覚悟は、できてるつもりだよ?
あんたと共に、堕ちようと、決めた、その時から。

なにがあっても、
ずっと…



05/05/13     了

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05/05/14UP
−新月−

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