Make Love T
連れて行かれたところは、都心から少しばかり離れた所にある、古そうな煉瓦の壁を持った三階建てのアパルトメントで、ここの最上階に部屋を借りているのだと、高遠は言った。
カランと、カウベルのような乾いた鐘の音をさせながら、ガラス窓の付いた木製のドアを開けると、ドア以外には窓の無い薄暗い廊下と、その隣の鉄製の手摺りを持つ階段が、目に入った。
「エレベーターは無いんで、毎日、足で上り下りしないといけませんけど」
軽い運動くらいには、なるでしょ?
と、おれの方を見て、やさしく笑う。
そんな高遠の顔を見るだけで、煩いくらい、心臓がドキドキしてしまうおれって、やっぱ、かなり重症なのかなあ?
高遠に荷物を持ってもらって、木製の階段をのぼる。なんとなく、古くて、ギシギシいいそうだと思っていた階段は、ことのほかしっかりしているようで、妙な安心感を覚えた。
黒光りしている手摺りの下を見ると、なにやらヨーロッパらしい、え〜っと、アールデコ調っての? のような飾りが付いている。
う〜ん、さすがおフランス、なんだかおしゃれだ。
でこぼこして、ざらざらの壁は、オレンジとベージュの中間くらいの暖かな色合いで、妙に懐かしいような、ほっとするような、安らぎを与えてくれる。
高遠のシャープなイメージとは、少し違った印象のこの建物は、けれど、なんとなく、高遠がおれのことを考えて、選んでくれた場所のような気がした。
そう考えると、なんだか、幸せな気持ちになってしまう。
口元に、笑みが浮かんだ。
高遠の後に付いて階段をのぼってゆくにつれ、明るくなってくるのがわかった。どうやら、三階の階段の突き当たりに、明かり取りのための、大きな窓があるからのようだ。窓の外には何があるのかと、ちょっとした好奇心に駆られて、窓に寄ってみた。
その途端。
「わあ!」
思わず、感嘆詞がおれの口から零れ出る。
「気に入りました?」
気が付くと、高遠がすぐ横に立っていて、おれを見つめていた。
「うん!」
おれが、目一杯嬉しそうに笑うと、一瞬、高遠が照れたような表情を浮かべた気がした。
いや、たぶん、気のせいだろう。高遠ってば、そんなキャラじゃ、無いもんな。
でも、本当におれは驚いたし、嬉しかった。表から来たときには全然気が付かなかった。
この建物の裏に、こんな大きな公園があるなんて。
目にも鮮やかな緑が、眼下に広がっていた。
ちょっとした森を擁した公園には、中央に池も見えている。あそこで泳いでいるのは、鴨だろうか。
なんだか、とても気持ち良さそうなところだ。
あとで、ちょっと、見に行ってみよう。
そんなことを考えていると、高遠に呼ばれた。
「はじめ、こっちですよ」
高遠の声で振り返ると、ドアの前で、こちらを見ながら微笑む高遠がいて。すらりとした、姿勢のいいシルエットが、この空間の中で、すごく、様になっていた。
うう…、さすが、イギリス育ちだ。ヨーロッパでも、まるで違和感ねえ!
自分との、あまりの違いに、ちょっと自信無くしたりして…
ほんと、おれなんかの、一体どこがいいんだろ? 首を傾げてしまう。
「ここは小さくて、ぼくたちの部屋と、階段を挟んだ向こうに部屋があるだけなんで、少々うるさくっても、大丈夫ですよ」
傍に寄ると、突然、高遠がそう言って、意味ありげに笑った。
…うるさいって、…なにが? 小さい子供じゃねえんだから、何でうるさくするんだよ?
おれは首を傾げたが、高遠は笑みを浮かべたまま、それ以上そのことには触れなかった。
上着のポケットから、よく、映画とかで見るような、鍵〜っていう形の、鈍色をした鍵と、もう一本、こっちは比較的新しそうな鍵の二本を取り出すと、別々の鍵穴にそれぞれを差し込んで、高遠はドアを開けた。
色の褪せた木製のドアは、でも、軋むことなくスムーズに開いて、部屋の主を迎える。
「どうぞ、入って」
高遠はドアの方へ身体をずらすと、中へ入るよう、おれを促した。
少し、緊張しながら脚を踏み入れると、よく磨かれているのだろう廊下が目の前にあって、その横には、幾つかのドアが見えた。足もとに、マットは敷かれてあるけれど、当然、玄関と言うようなものはない。
えっと、土足のままで、いいん…だよな?
少しの間、おれがそんなことを考えてそこに突っ立っていると、後ろで鍵とチェーンを掛ける音がして、振り返ろうとする間も無く、そのまま、後ろから来た高遠に腕をつかまれて引っ張られた。
「えっ? ちょっ、なに?」
驚いて、高遠に声を掛けたけど、綺麗に無視されて、そのまま廊下の突き当たりの部屋へと連れて行かれる。
白く塗られたドアを開けると、そこには、白と青を基調にした部屋があって。青も、穏やかなやさしいトーンの色で、見た瞬間、おれは好きだなと、感じた。
そこは、日当たりも良く、ベランダも付いていて、広くて快適そうな部屋なのだが、その真ん中に鎮座しているものを見て、思わず固まる。
「な…なに? これ?」
「なにって、言われても、ベッド…ですけど」
「いや、それは…見ればわかんだけど…なんでこんなに…」
それ以上は、言葉にならなかった。
くちびるを塞がれていた。
突然、抱きすくめられ、奪うような激しさで与えられたそれに、覚えのある痺れが背中を走って、身体が震えだす。
すべてを絡め取られて、息が苦しくて。
気が、遠くなりそうだ…
「は…あ」
長い口づけから解放されて、ようやく息をつけたおれは、でももう膝が震えて身体に力が入らなかった。
高遠にすがるように、身体を預ける。すると高遠は、おれの身体をいきなり横抱きにして、ベッドまで運んだ。
この細い身体のどこに、こんな力があるのだろうと思うくらい、軽々と。
「…って、感心してる場合じゃなかった! ちょっと、待てよ! いきなり何なんだよ!」
「なんだよって…言われても、この状態ですることは、ひとつしか無いと思いますけど?」
しれっと言いながら、ベッドに腰掛けて、おれの靴を脱がしている高遠。
思わず、蹴ってやろうかと考えて、やめておく。
そんなことをしたら…後が、よけい怖い。
「こっち来て早々にこれかよ! まだ、真ッ昼間だろうが! 何考えてんだよ!」
そう、日本を早朝に発って、十数時間のフライトの後、こちらに着いたのは昼。時差のせいなのだが、なんだか、変な感じだ。
とか何とか言いながら、来て早々、飯食いに連れて行ってもらったけどさ。だって機内食って、量は足んねえし、美味くねえしで…って、また何、悠長に考えてんだおれ!
気が付くと、高遠の顔が、すぐ目の前にあった。
「ちょ、ちょっと待てって! おれ、疲れてるし!」
「そんなの、後で、いくらでも寝させてあげますよ」
言いながら、高遠のくちびるが、首筋に降りてくる。
「やっ!」
びくっと、身体が跳ねた。
その隙に、服のすそから高遠の手が忍び込んできて、素肌に触れられて、そこからまたくすぐったいような、痺れるような感覚が生まれる。
腕を突っ張って拒絶しようと思うのに、力が入らない。
熱が、見る間に自分の中で高まってゆくのが、わかった。
「…う…じゃ、あ、シャワーだけでも…浴びたい…」
「駄目です。…ずいぶんと、きみに触れてない…もう、待てない」
熱っぽく耳元で囁かれて、それだけで、眩暈を覚える。そして、自分もまた彼を欲しているのだと、その時、気がついた。
拒絶するために、高遠の胸元に置かれていた手が、力無くぱたりとベッドの上に落ちる。
ふっと、高遠が笑った気配がした。
「いい子ですね、はじめ」
大きな、ベッド。
たぶん、キングサイズというヤツだろう。おれ、初めて、見たし。
でも、と、思った。
高遠と、ふたりで使うのなら、丁度いい、サイズなのかもしれない…。
05/06/25
Uへつづく
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ごめんなさい m(_ _)m
これの続きは、裏です! 完璧に、裏です! ええ!
本当は全部裏でアップしようかと考えていましたが、ふたりが暮らしている所の描写を少しでもするのはこの話だけかもなので、Tはこちらにアップしました。
今、ふたりが暮らしているのは、ヨーロッパのフランスあたりと考えていますが、書いてることは嘘八百なんで、こんな場所は無いと思います(真剣)。
まあ、わたしの理想、ってことで…
笑って、見逃してやってください(汗)。
ちなみに、この続きのUは、この倍の長さです(爆)。
05/06/26UP
−新月−
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