七夕





「何してるんですか?」

夕食の後片付けも終わって、いつもならテレビを見てるか風呂に入るかっていう時間に、おれが窓枠に肘を着いて空を見上げていると、高遠が声を掛けてきた。
振り返ると、マジックの練習をしていたらしいカードを片付けながら、高遠がこちらを見ている。眼には、優しそうな笑みを浮かべて。

「ん〜、今日ってさ、七夕じゃん? 空も綺麗に晴れてるから、天の川でも見えないかなあ、なんて思ってさ」
「ああ、今日は日本で言う『七夕』なんですね?」

言いながら、側にやってくる。
高遠が側に来ると、微かなコロンの香りがした。爽やかで、やさしい匂い。
ああ、高遠の匂いだ。
うっとりと、おれは目を閉じた。
この香りに包まれていると、すごく安心するのを、このひとは知らないんだろうな。
そんなことを考えながら、微笑む。
一瞬だけな。
ばれると、恥ずかしいから。

「織姫と彦星、でしたっけ?」
なにも気付かずに、高遠は、おれと同じように窓に肘をかけると、空では無くおれを見た。おれも、高遠を見た。
「うん。…高遠は七夕、知らないの?」
おれが聞くと、少し笑って、空を見上げる。
「知識としてはありますけど、ぼくはイギリスで育ちましたから、日本のそういう行事ごとは全く知りませんねえ」
「そっか」

おれもまた、空を見上げた。
おれはここから見上げる空が、とても気に入っている。
この窓から見える何も遮るものの無い空は、どこまでも続いていて、空の広さを、その無限の奥行きを、感じさせてくれるんだ。

今夜は、月の姿はもう見えなかった。細い三日月はすでに沈んでしまっているらしい。
だから、とても綺麗に星が瞬いている。
こんなに晴れているのなら、織姫と彦星は、きっと楽しいデートができるだろう。
そんな他愛も無いことを、このときおれは考えていた。

「年に、一度だけの逢瀬…ねえ…」
突然、ぽつりと高遠が呟いた。
「お話としては、ロマンティックですけど、ぼくなら、耐えられませんね」

…そういう思考で来たか。
思わず、まじまじと高遠を見てしまった。
隣に立つ男は、一見、細くてとても繊細に見えるけど、その実、物凄い激情家だ。
この男なら、でかくて深い河だろうがなんだろうが、平然と乗り越えて来そうな気がする。
毎日でも。
そう考えて、笑みが漏れた。

「おや? 可笑しいですか?」
空を見ていた高遠は、心外だとでも言いたげな顔をして、おれに視線を移した。
「だって…あんたなら、本当に、毎日でも河を渡って、会いに来そうだなって思ってさ」
すっとしなやかな動きで、高遠の手が、おれの頬に触れた。

「…会いに、行きますよ。きみが、そこにいるのなら」
「たかと…」

穏やかな口調にも関わらず、その中に込められた想いに、言葉が詰まる。やさしげに微笑んだ眼差しの中の、真剣な光に、身動きできなくなる。

「どんな困難でも、乗り越えて見せます。きみと、共にいるためなら…」
「…うん…」

答えながら、おれは自分から、高遠の腕の中に飛び込んだ。
胸が締め付けられるように、苦しかった。
このひとへの想いでいっぱいで、幸せで胸がいっぱいで、苦しい…

「…今日は、素直なんですね」

おれの身体に腕を回して、高遠は抱きしめてくれる。
このひとの温もりに包まれて、香りに、包まれて。
おれは詰めていた息を、ようやく吐き出せた気がした。

「うん…織姫と彦星の、年に一回の逢瀬の日だから…」
「…どういう理屈か、よく、わかりませんけど、まあ、いいでしょう」

晴れた異国の夜空で、ベガとアルタイルは輝く。
年にたった一度の逢瀬を、彼らはどんな想いで、受け入れているのか。

おれには、やっぱり耐えられない。
高遠が河を渡るというのなら、おれも河に入るだろう。
もしもそのまま、流されてしまったとしても、きっと後悔はしないだろう。
おれたちの想いは、そんなものくらいでは、止めることはできないんだ。

高遠の指が、おれの顎に触れて、そっと顔を上げさせる。
おれは、静かに目を閉じて、与えられる瞬間を待った。

笹飾りも、短冊も、そんなものいらない。
この温もりさえあれば、それだけで、いい。
願いは、ふたりでしか、叶えられない。

柔らかな感触が、くちびるに触れる。
それだけで、おれのすべてが、悦びに震える。

ずっと、一緒にいよう。
それは願いではなく、誓い。

おれたちは、離れないよ。
この命、ある限り。
たとえ、この命を失っても。

異国の夜空に瞬く、織姫と彦星に誓う。

短冊の代わりに、熱く、くちづけを、交わしながら…



05/07/07     了  

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唐突に、七夕ラブラブものアップですv
何故でしょう、最近ラブラブものがめちゃめちゃ書きたいんですよ〜。
七夕。
とっても素敵な行事だと思うんですが、短冊に願い事、書いたりして。

ちなみに、この壁紙は夏の星座だそうです。
よくわからないんですけど、ベガとアルタイルもあるんでしょうか?
年に一度の逢瀬、でも、よく雨が降りますよね。
フランスは、今夜、晴れてるのでしょうか。
わからんで、適当なこと書いとります(汗)。

05/07/07UP
−新月−

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