柔らかな想い
ふたり、静かに鼓動を重ね合わせて。
ただ、腕の中の温もりを放したくなくて、離したくなくて、抱きしめて、唇を重ねて。
この存在が、いつか自分の元からいなくなってしまったらと考えるだけで、ぼくはどうにかなってしまいそうなくらい、不安な気持ちになる。
でも、こんな想いで彼を縛り付けているだけで、本当は彼は、迷惑しているだけなんじゃないだろうかと、ふと我に返ったように、考えてしまうことがあるんだ。
ぼくのために、すべてを捨てて傍に来てくれたけれど、時折、窓から空を見上げては、普段の彼なら絶対に見せないような、どこか寂しげな表情を浮かべていることを、ぼくは知っている。
ぼくもつられるように、ソファーに座ったまま、傍にある窓から覗く空を見上げるけれど、青く広がる空には、浮かぶ雲が風に流されて何処かへと運ばれてゆくのだけが見えた。
空は、本当は宇宙に続いて無限に広がっているのに、あの白く柔らかそうに見える水蒸気の群れは、気ままに空に浮いているように見えながら、その実、地上世界から切り離されること無く縛り付けられ、循環を繰り返している。
なんだか、自分たちの関係に似ている気がした。
ぼくに愛という名の潤いを与え続けてくれる彼は、自由にしている様に見えながら、本当は、ぼくという重力から逃れられずにいるだけなのではないかと思えて、どこかしら恐ろしくなる。
彼を捕まえて、不自由に縛って。
自分の都合のいいように、彼を奪っているだけなのではないだろうかと。
自由を求めているのに、家が恋しくなっているのに、彼は優しいから、何も言えなのかもしれないと、胸の奥が鈍い音を立てながら、軋む。
なのに。
手放すことなど、考えられない。
どんなに恨まれても、憎まれても、傍にいてくれさえすればそれでいい、と。
そう考える自分は、やはりどこか狂っているのかもしれない。それでも、彼だけがぼくのすべてだから。
たかとおはいつも考えすぎだよ、とでも言いたげに、彼は笑ってくれる。
なのにぼくは、常に不安で仕方がないんだ。
誰かを好きになることは、大切に思うことは、まるで傲慢と身勝手と慈しみの感情で、自分を見失ってしまいそうなほどに、幸せで切ない。
きみがいてくれるだけでいい。
それ以上、何も望まない。
けれど、できることなら、きみも同じ想いであって欲しい。
なんて、やっぱり傲慢なのかな。
「ねえ、はじめ」
きみを腕に抱いて、そして、抱きしめられて。
確かな温もりを腕の中に閉じ込めながら、ぼくは尋ねる。
どこか、不安げに。
「ん?」
間の抜けた返事をするきみに、少しだけ苦笑を浮かべながら、それでもぼくは問わずにいられない。
「…ぼくは、きみを幸せにできているんでしょうか…?」
いつか、残酷な別れが来るかもしれないことをわかっていながら、ふたりで暮らすことに、きみは疲れてはいない?
後悔してはいない?
もう、自由になりたいと…思ってはいない?
そう、訊いてみたくて。
でも、帰って来た答えは意外だった。
「はあ? なんじゃそりゃ??」
思い切り疑問符の付いた声を上げながらぼくを見て、そして、心底可笑しいとでも言いたげな笑みを、満面に浮かべた。
「ま〜た、変な事ひとりで考えて、ひとりで不安になって、ひとりで閉じてたんだろ。ったく、しょうがねえなあ、それって高遠の悪い癖だよ」
「…そうでしょうか…」
どこまでも不安に落ちているぼくに、きみは柔らかに微笑んだまま。
「おれはね、たかとお。あんたに幸せにしてもらおうなんて考えて、ここへ来たわけじゃないぜ?」
真っ直ぐに見つめる大きな茶褐色の瞳の中には、ぼくが映っている。澄んだその黒い水面に吸い込まれてしまいそうな気がして、少し、不思議な気持ちで見つめていると、きみは言った。
「おれがあんたを幸せにするために来たんだから。だから、そんな不安そうな顔すんなよ」
きみの瞳の中のぼくが、大きく眼を見開いたのが見えた。
途端に、きみは照れたように頬を染めて、視線を泳がせた。
「きみが…ぼくを幸せに…?」
「…恥ずかしいこと言ったって自覚あるんだから、念押しすんなって///」
紅くなった頬もそのままに、拗ねたみたいに唇を尖らせる。
その様子がとても愛しくて、可愛くて。そっと唇を寄せると、きみは、今度は幸せそうに笑った。
本当にきみは、いつもぼくを驚かせてくれる。
そうか、「ぼくが」ではなくて、「きみが」ぼくを幸せにしてくれるんだ。
ありがとう、はじめ。
ぼくはその言葉だけで、十分すぎるほどに、幸せだ。
ふと、腕の中で、きみは呟く。
「おれが不安になってしまうのは、たかとおとずっと離れたくないって、ずっとこのままで居たいって、思うときだけだよ…」
そうか、そうだったんだ。
ごめんね。
それはすべて、ぼくのせいだ。
不安は尽きない海のように、時折、大きな波を打ち寄せてくる。
繰り返し繰り返し。
でもそれは、好きになってはいけない人を好きになってしまったときから、わかっていたこと。
でも、もう迷わないから、信じているから、この手を離さないでいよう。
きみがいてくれるだけで、ぼくは幸せだから。
それすら、罪だとわかっていても。
いつか贖うときが来る、その瞬間まで。
空に浮かぶ白い雲のように、自由な風のように。
ぼくを包んでいて。
きみのその、柔らかな心で。
08/01/18 了
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いや、もう、本当に申し訳ない。
書きたいことがなんだか纏まらなくて、おかしなことになってしまいました(汗)。
また、時間があったら書き直したいです…
08/01/19UP
−新月−
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