ハロウィンパーティー


「どうですか?」
と、はじめの前に現れたのは、黒いマントもカッコイイ、吸血鬼の仮装をした高遠だ。しかも珍しく、髪はオールバックに撫で付けてある。
うん、まあ、たまにはこんな高遠も、いいかな? という反応のはじめに対して。

マリアさん主催のパーティーですからね、これくらいはしておかないと…

というのが本人の言い分なのだが。
まあ、いいですよ。よく似合ってらっしゃるし? カッコよろしくていらっしゃる。
だが、しかし…だ。

「それで、何でおれだけがこんななんだよ!」
はじめが文句を言うと、
「何を言ってるんですか、ちゃんとした狼男でしょ?」
高遠はしれっとした顔で、
「一緒に買い物についてこなかったのは、はじめじゃないですか?」
などと、のたまう。
いや、そりゃそうなんだけど…っていうか、いつの間にか高遠が勝手に用意してたんじゃん!
なんか赤い首輪が付いてたり、ちょうちん袖っぽいの付いてたり。はっきり言って、狼って言うよりプードルっぽくないですか、これっ!
さらに言い募るはじめに対して、
「ぜんっぜん、そんなことは無いです。ちゃんと狼男ですよ?」
って、こっち向いて言えよ、高遠。視線が明後日の方、向いてんぞ?
なんて。
視線を合わそうとしない高遠に向かって、はじめが不機嫌になるのも無理はない。
絶対に、誰が見ても普通に首輪付きのワンちゃんにしか見えないだろう。
何せはじめの格好ときたら、もふもふの、しかもおへそが出るかどうかというきわどいラインの半袖セーターに、肉球手袋。それに犬耳カチューシャと、ジーンズに尻尾が付いているだけ、と言う組み合わせ。
どう大目に見ても、狼とは言いがたい上に、しかも赤い首輪付きときた。
高遠のカッコイイ吸血鬼との差に、はじめがむくれるのも致し方ないというものだ。

引き続き文句を言おうとはじめが口を開きかけたとき、今度はなぜか高遠の方から釘を刺してきた。
今度は面と向かって、なおかつ顔を近づけながら、はじめの鼻先に人差し指を、つん、と突きつけてくる。

いいですか? その首輪は、誰がなんと言おうと、外しちゃ駄目ですからね。
きみには、ぼくというパートナーがいるんですから。

などと訳の分からない事を言う、だがしかし、高遠の目が妙に真剣で、ちょっと怖い。
はじめが少しの間、間抜け面をさらして「は?」という反応をしているところで、丁度玄関のベルが鳴らされた。
向かいの部屋に住んでいる家主のマリアさんから招待された、ハロウィンパーティーへのお誘いだろう。どうやら律儀に、ボーイフレンドが迎えに来てくれたようだ。

『全員、仮装していらしてね。せっかくのハロウィンなんですもの。楽しみましょう!』

それは数日前に、家主から突然届いた招待状だった。なんでも、ここの住人全員を招待するのだと言う。
他の住人など顔も知らないが、いつもよくしてくれるマリアさんの言葉にはじめたちが抗えるわけも無く、恐らくは陽気な彼女のことだから、他にも沢山の人を招いているに違いないことは、軽く予想された。

「うお?! 仮装パーティー? おれ、そんなの初めてだよ~」

という、はじめに対して、そのとき高遠が微妙な顔をしていたのは、よく覚えている。
普段からあまり人にはじめを見せたがらない高遠が、その一言に反応したのはわかっているし、高遠自身、自分の素顔もあまり表に出したくはないはず。
まあ立場上、たぶんそうだろうと、はじめは思った。
…そうだとその時は思ったのだが、気がつくと、いつの間にやら、はじめの分まで仮装用の衣服が用意されていて、そして今に至っているというわけで。意外と高遠はノリノリだったのか? とすら逆に思えてくる。

でも、なんでおれだけプードルなの? いや、高遠いわく、狼男なんだそうですけど。つーか、あんた顔出しOKなわけ?
先日の微妙な顔は一体なんだったの?

などと、なんだか釈然としない気分のまま、はじめは高遠の後に付いて、主人に従う飼い犬のごとく玄関へと向かった。



高遠は、実は内心、不安だった。
部屋のベルが鳴らされ、玄関へ向かう最中にも、その気持ちを抑えることは出来ない。
きっと、迎えに来てくれたのはマリアさんの恋人であるチャールズだろう。彼は親切な紳士だ。たぶん今回のパーティーもマリアさんが突然言い出して、そしてきっと、ほぼ彼一人ですべての準備をしたのに間違いはないはずだ。
彼も苦労が絶えないな、と思いつつ、ふと、そんな彼の姿が何気に自分に重なってしまうのが、悲しいところだろうか。

いや、招待してくれるマリアさんの気持ちは嬉しくないわけじゃない。しかし、と、高遠は思ってしまう。はじめと一緒にパーティーにお呼ばれする。この一点だけが、特に自分の中で引っかかっているのだ。
普段から無防備で、好奇心の塊で、何の考えも無いはじめのこと。また、余計なことに首を突っ込んだりして、要らない人間に目をつけられる可能性は皆無じゃない。
はじめは、パッと見はそんなに人を惹きつけるタイプの人間ではないが、気がつくと興味を持たれ、あまつさえ好意を持たれてしまう事もしばしばだ。しかも、特に同性に。
ただ好意を持たれるだけならばいいのだが、性の対象となると話は全くの別。
前科があるだけに、人の沢山いるところに。ましてや、この辺りでは顔の広いマリアさんの知り合い、そして今回、ここに住んでいる住人同士の顔合わせも兼ねてというのは、妙に胸騒ぎがして仕方が無い。どころか、嫌な予感しかしない。

まったく、はじめも、もう少し自分が他人から見て魅力的だと思われるということぐらい、自覚してほしいものです…

ややため息混じりにドアノブに手をかけた高遠であったが、自分がチョイスしたはじめの衣装が、十分すぎるほど他人の目を惹くと言うことに、気がついていない。
恐らくは、奇怪な仮装をしてくるだろう人が多い中、長い髪を下ろして飼い犬よろしく赤い首輪を着けた狼なんて、目立つに決まっているのだ。
ついつい、はじめの事となると、可愛いものを着せてしまいたくなる自分に気づいていないところが、高遠らしいと言ってしまえば言えるだろうか。はじめばかりではなく、人間、なかなか自分自身のことには気がつかないもののようである。

実はここの入居者は、はじめは知らないが、意外とマイノリティーな人たちが多い。
それも高遠が心配していることの原因のひとつなのだが、ほぼ全員にパートナーがいるとは聞かされていたので、その辺りは一応安心だろうかと、高遠は考えていた。



チャールズに促されて入った室内は、いつもとは違って、黒やオレンジでダークな雰囲気に飾り付けられ、怪しげな音楽が鳴り響いていた。すでに何人かの人たちが、めいめいに好きな所に座って、あるいは立って、グラスを傾けながら談笑している。しかも、仮装しているので、誰が誰やら状態だ。
あまりフランスでは、ハロウィンパーティーなどは催されないので、はじめには酷く新鮮だった。大体が、日本にいた時だって、パーティーなんてそうそうあるものではなかったし、あっても、少人数でケーキ中心に騒ぐ程度という感じだったから、この自宅全部を使ってのパーティーという盛大な雰囲気には、恐れ入った。
『すげー、家全体がパーティー会場って感じだね』
はじめが感嘆の声を上げると、チャールズは嬉しそうに、
『そう言ってくれると、がんばった甲斐があったよ』
頭からボルトが突き出しているフランケンシュタインなチャールズは、満足げに笑った。

しかし、ガタイのいいチャールズにフランケンシュタインって、似合いすぎだろ。
などとはじめが感心していると、当のマリアさんがゆったりとした足取りでやってきて、さらに度肝を抜かれた。彼女はなんと、ゴージャスなドレスも眩しいマリーアントワネットだったのだ。
『来てくれて嬉しいわ。ヨウイチ、はじめ。ゆっくりしていらしてね。あ、ドリンクはそこのバーで好きなのを選んでv』
『マリアさん、今日はおま、おまねき…』
はじめがフランス語でもたついていると、
『お招きありがとうございます。今日も素敵ですね、お似合いですよ。マリアさん』
横から卒なく、高遠が挨拶をしてくる。

くっ、何をさせても様になるスマートさだ。もう、今日なんて、例のジャージに白マスクでもよかったんじゃね?!

なあんて、はじめが考えていると、高遠がくるりとこっちを向いた。一瞬、考えていたことが読まれたかと、ぎょっとしていると。

『本日は、はじめは狼男にしてみたのですが…』
などと、はじめアピールをしている。あくまで、犬ではないと強調したいらしい。
『うふふ。可愛い狼男さんねv あなたのドラキュラ伯爵も素敵よv』
そう言い残して、マリアさんはまた新たに来た客人の方へと向かっていった。
ドレスの裾が、ふわりと優雅に揺れていた。
う~ん、相変わらず派手なばあちゃんだ。

婦人が去って、はじめは似合っていると言われた高遠を改めてまじまじと見てみた。
確かに薄暗い室内で、高遠の吸血鬼姿は妙に似合いすぎているかもしれない。黒い漆黒の髪の色も、透けるように白い肌も、今は牙を見せている紅く薄い唇も、それっぽすぎる。
マジで血でも吸いそう…
と思っていると。

『おっ、はじめは随分と可愛い犬っころだな』

いきなり、声を掛けてきたのは、はじめたちのバイト先の雇い主であるメルロだった。考えてたことが考えてたことなので、突然でびっくりして飛び上がってしまったはじめを見て。
『随分、ビビりな犬っころだ』
などと暢気に笑う。
人が気にしていることを、このおっさんは!
『違わい! 狼男だい!!』
『なんだ、首輪を着けてるから、てっきり犬っころだと思ったぞ』
やっぱり…つーか、犬っころ犬っころって、メルロ言い過ぎ!
『本当は、鎖も着けておきたかったんですけどね、さすがにそれはやりすぎかなと…』
横では高遠が物騒なことをおっしゃってくださる。
高遠が自重してくれてよかった。本当によかったと、心底はじめは思った。
『メ、メルロもマリアさんの知り合いなの?』
これ以上、自分についての話を聞かされるのは勘弁なので、はじめが横から口を挟むと、メルロに、知らなかったのかという顔をされた。
『ああ、彼女は結構古い友人だ。俺にとっては年上の憧れのお姉さんて所でな。若い頃のマリアは、それはそれは美人だったぞ』
『今も、お綺麗な方ですけどね』
高遠の言葉に。
確かにそうだ。
と、メルロはいつものように豪快に笑った。やや肉付きのいいおなかが、ゆさゆさと揺れている。

『しかし、ヨウイチと仮装が被るとは失敗だったな。おまえ、本物みたいに見えるぞ』
それはどうも、と、高遠が苦笑を漏らす。きっと、高遠もメルロと被るとは思ってもいなかったのだろう。細い高遠は、全体的にがっしり系の体格のいいメルロの半分くらいの幅しかなさそうに見える。
恰幅の良いドラキュラと、本物みたいにスマートなドラキュラの競演みたいだ。
はじめが、犬っころのお返しにそう言ってやろうとした矢先。
あ、そうだ。ヨウイチに紹介したい人がいるんだ。と、メルロはいつもの強引さで、勝手に、高遠が何かを言う暇もなく、腕を引っ張って連れて行ってしまった。困ったようにはじめを見る高遠に、余裕を見せて手を振ってやった。

残されたはじめは、これで暫らくは自由だとばかりにバーで無難そうな飲物を選んで、その辺りをぶらぶらしていた。部屋のつくりは、以前、世話になったときからよく知っている。
勝手知ったるとばかりに部屋の中を色々と見て回っていると、家中いたるところに、蝙蝠やら蜘蛛の飾りが施され、玄関の明かり以外はすべて、蝋燭とかぼちゃのランタンだけと言う懲りようなのがわかった。道理で全体的に薄暗いわけだ。ハロウィンなだけあって、不気味な演出も大事らしい。
チャールズってば、細かいところまで完璧主義だからなあ。料理も美味いし、文句の付け所のないダンナさんだね。と、考えながら、そう言えば、高遠もそうだっけ…と、ちょっと顔が紅くなる。
しかし、高遠はダンナではないだろう。はじめとて男なのだ。

もう、こんなところで何考えてんだよ、おれ! ドリンクにアルコールでも入ってたかな?

熱くなった顔と頭を覚まそうと、窓辺に寄ろうとしたところで、突然、後ろから声を掛けられた。
まさかの色っぽい、女性の声。

『ねえ、今、一人なの? パートナーはどうしたの?』

振り返ると、長い黒髪を下ろしたキャットウーマンと、ピンクのふわふわビキニの金髪バニーちゃんがいた。どちらもたいそうなスレンダーグラマーだ。
うわあ、仮装パーティー最高v と、内心はじめが思ったのは仕方のないことだろう。
だが二人とも、ぴったりと互いの身体を寄せ合って、彼女たちが普通の関係でないことを物語っている。
なるほど、どうやらその手のお仲間らしい。

『私たち、あなたたちの下の階に住んでいるキャシーとアンディーよ。よろしくね』
黒髪がアンディーで、金髪がキャシーと名乗った。差し出された手を、はじめも快く握り返す。
『はじめまして、おれの名ははじめ。パートナーって、高遠のこと知ってんの?』

顔も名前も知らないけど、たまにバスルームで悩ましい声が聞こえることがあるわね。あれはどちらの声かしら?
とっても色っぽくて、素敵だわ…

互いの身体を、触りあいながら、二人でうふふと笑う。
こっちの人って、どうしてこう人前でも平気で積極的なの?
目のやり場と返事に困りながら、はじめが顔を紅くしていると、
『ああ、声の主は、あなたなのね』
どうしてわかったのか、はじめをしげしげと見つめながら、アンディーと名乗ったほうが口を開いた。
はじめは答えられないままに、さらに顔が紅くなる。どうして分かったのかどころか、これではバレバレだろう。そこにいきなり、慌てたように高遠がやってきた。
「どうしたんですか、はじめ?」
はじめにだけわかるように、日本語で話しかけてくる。どうやら、高遠はこういう展開は予想していたらしい。

てか、風呂場で高遠がしょっちゅういたずらしてくるから、こうやって、おれがからかわれんじゃん!

と、思いつつも、小さい声でぼそぼそとはじめは答えた。
「…たかと、こちら下の階に住んでる、キャシーさんとアンディーさん…」
「どうして、そんなに顔を紅くしてるんです?」
「え…と、その…風呂場の声が…聞こえるって…配水管のせい…じゃない…かな?」
と、言うのが精一杯で、あまりの恥ずかしさのためになのか、はじめはついに顔を上げられなくなった。



高遠がメルロに連れられて行ったのは、どうやらメルロのご同業たちが集っている所らしかった。中央にローソクを立てた小さなテーブルの周りに、メルロとあまり歳の違わなさそうな男性から、かなり年配と思しき男性たちが仮装姿で集っている。中にはやたらとお腹に貫禄のあるバットマンや、スパイダーマンもいた。
皆、ワイン片手にご機嫌そうだ。
はじめと離れるのは、微妙なんですけど。などと高遠が考えていることなど知る由もないメルロは、自分のよしみなのだろう男達に高遠を紹介している。メルロにしてみれば、高遠ほどの腕のあるマジシャンがいつまでも小さな劇場でくすぶっているのはどうかと言う考えがあるらしいのだが、こちらとしても事情があるのだ。あまりおおっぴらに顔は知られたくない。

…まあ、メルロはいい人なんですけどねえ…

それがわかっているだけに、高遠としても、何も言えないところなのだ。
適当に挨拶をして、軽く談笑していると、一瞬、ほんの目の片隅に、はじめが顔を紅くしているのが入ってきた。
自分でも、はじめセンサーか何かが身体の何所かに付いているのでは?と思うときがあるくらい、高遠ははじめのことに関しては敏感だ。急いで適当に話を流して、メルロの所を去った。

何やら、嫌な予感がする。いや、相手がはじめ好みのナイスバディーなお姉さんだから、と言うわけではない。傍から見ていても、彼女らはその手のカップルだ。変な心配は無用のはず。
とは思うのだが、しかし…はじめの反応が変だ。
普通なら、はじめのこと、あんな姿の女性を前にしたらデレデレに喜んでいるだろう。

という、高遠の勘は当たっていたようだ。
そして、この後の「どうしたんですか」に続くわけだが、はじめの話を聞いて、この手の事に奥手なはじめがこうなるのも無理はない、と高遠は思った。ましてや、自分のあられもない声を他人に聞かれていたとなると、恥ずかしがり屋のはじめのこと、今後、当分は風呂場でのいたずらを許してくれそうもない。

余計なことを。

チッ、と高遠が内心舌打ちをしているのを、目の前の女性たちは気づいていない。基本、ポーカーフェイスの高遠が、そんなことを相手に悟らせるはずもないのだが。

『わぁお。パートナーはアジアンビューティーね!』
『このキュートでウブな僕のお相手だから、どんな人かと思ったわ』
高遠が来るなり、彼女たちは遠慮なく感嘆の声を上げていた。
『こんばんは。お嬢さんたち。私のパートナーをいじめないでやってくれません? こういう場には慣れていないものでね。お互いスマートに行こうじゃありませんか』
『ふふ、首輪を着けるくらい、大切なパートナーなんですものね。ごめんなさい。私たちも話を焦りすぎたわ』
キャシーが紅い紅を塗った口元に指先を当てながら言った。
『…何の話を焦っていたと言うんです?』
高遠の問いには、黒髪の方が答えた。黒マスクをつけて、素顔が見えないキャットウーマンだ。
暗い室内でさえ、さらに暗く妖しい色香を纏っている。
その彼女が、口を開くなり、突然なことを口走った。
『私たち、子供が欲しいのよ』
驚くなと言うほうが無理な話だろう。しかし、高遠は冷静だった。
『また本当にいきなりな話ですね。でも、パートナーが同性では…』
『そっ、出来っこないわよねぇ』
ため息混じりに、キャシーが言う。

だから、あなたたちなのよ…

『…話が見えませんが?』
高遠が、眉間にしわを寄せながら聞き返す。
どうにも話がおかしな方向へと流れていってしまっているようだ。それも、かなり。
『…突然で、妙な話だと思ってるでしょうけど、私たち本気なのよ。お風呂場で声を聞いたとき、上のあなたたちがゲイのカップルなのに気づいたの。そして、とても仲が良さそうだって…』
黒髪のアンディーがさすがに気まずいのか、言い難そうにしている。
それを受けて今度はキャシーが、
『それで、二人で話し合って、あなたたちの外見が私たちの好みに合うなら、話を持ちかけてみようってことにしたの。だって、お互いに子供を作ることは出来ないじゃない? でも、これなら、その問題は解決するでしょう?』
などと言う。
ぽかーんである。
普通の人よりもずっと頭の回転の早い高遠も、さすがに一瞬、言葉が出なかった。
『…え~と、それはつまり、ぼくたちの精子が欲しい…と?』
『まあ…つまりはそういうことよね』
キャシーも照れがあるのか、視線を逸らせながら、髪を弄りだした。
『私たち、自分たちと同じ、同性愛者の子供が欲しいの。子供なら、体外受精で性行為なしでも作れるし』
そうキャシーが続けた途端、今まで黙っていたはじめが、重苦しく口を開いた。
『そういうことなら、お断りだよ』
もう、紅くもなっていないし、ごく真面目な顔つきだ。
「はじめ?」
高遠が思わず、日本語で呼びかけたのもむべなるかな。はじめは少し怒っているように見える。
『ごめんね。おれも高遠も、純粋な「ゲイ」じゃないんだ』
そう言って、高遠の腕を引っ張った。もう、これ以上、この話はしたくないとでもいう風に。

結局、そのまま彼女たちから離れて、はじめにしては驚くほど少ない量のチャールズの作ったつまみを口に入れただけで、早々に部屋に帰ることとなった。
帰り際に、ちらと見た彼女たちは、まだ何か未練たっぷりそうではあったのだが。

これ以上、何も言ってこなければ良いんですけどね…
彼女たちを見て、高遠はそんな感想を持った。

部屋に帰っても、はじめはあまり話そうとはしなかった。
ソファーの上に三角座りを決め込んだまま、ずっとクッションを抱きしめている。
どうしたんですかと訊いても、うん、とか、別に、と言われるばかり。高遠が、自分が何か余計なことでもしたのだろうかと心配になるくらい、はじめは元気がなかった。
仕方がないので、高遠が浴槽に湯を張り、風呂に入ろうかという頃になって、ようやく、はじめは口を開いた。

「おれ、自分でも何が気に入らないのか、よくわからなかったんだけど…やっと理解した…みたいだ。たとえ体外受精でも、おれ以外の誰かが、高遠の子供を産むのなんて、絶対にいやだったんだな……おれ、産めないけど…」
胸に抱いたクッションに顔を埋めて、まだ犬…じゃなかった。狼の格好をしたまま、ポツリと零す。
「はじめ…」
「高遠は? やっぱり、子供が欲しい?」
自分のわがままだとでも思っているのか、クッションに顔を埋めたまま、くぐもった声ではじめが訊ねてくる。
「僕の直系じゃなくても、子孫なら、妹が残してくれるとは思いますけど…きみの頭脳は、純粋にもったいないとは思いますね」
「マジシャンとしての血が途絶えても?」
さすがははじめ、痛いところを突いてくる。一瞬ぐっと詰まったが、けれど、それは自分の夢。子供とは関係がない。生んでくれた母には悪いが、むしろ自分の血を引く子供など、いないほうが良い。こんな狂った犯罪者の血など。
「やっぱり、ぼくの血なんて要りません。きみの方こそ、金田一氏の血族はもったいないんじゃありませんか?」
「それこそ、二三がいるじゃん」

けれど、と高遠は思う。

やはり自分もはじめのように、たとえ体外受精でも、他人がはじめの子供を生むのは許せない。けれど、もし、はじめが女性であったなら、自分の血を引く子供などいらないと思っていても、生んで欲しいと願うのだろう。

「人間とは、自分勝手な生き物ですよね」
「うん、おれもそう思う」
「じゃあ、今夜も下の階の彼女たちに、ぼくたちの仲の良さを聞かせてやりますか」
「何でそうなるんだよ!」
真っ赤になって、クッションを投げつけてくるはじめの腕を捕まえる。

子供だけがすべてじゃない。
未来のことなどわからない。
なにも決まってなどいない。

首輪に繋がれた狼男。
きみがそのままで良いのかも、今はまだわからない。
一生…なんて約束は、きっと本当は、誰にもできない。
それは、ハロウィンの夜に彷徨う亡者ですら。

…だって、今夜のぼくは、人の生き血を吸うばかりの吸血鬼、ですからねぇ。

はじめを引き寄せると、高遠は、静かに唇をその首筋に滑らせた。



14/10/27(月)        了
14/11/04(火)       改定
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え~、最終的に「ハロウィン」とは全く関係のない話に終わった気がしますが、この辺りで限界です。
語りが二人、入れ替わる形になってしまったのも、こうするしか思い浮かばなくて(汗)。
とりあえず、出来る範囲でがんばりました。
この辺で勘弁してやってくださいm(_ _)m

-竹流-
14/10/27UP

納得いかないと言うか、とりあえず3人称に統一したかったので、若干書き直し&書き足しました。
二人の視点が交代で入るのは変わらないんですが。統一…できたかなあ?

14/11/05再UP


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