Secret mind
「いつまでおれを、こんなとこに閉じ込めとくつもりだよ!」
睨みつける、おれの眼差しをさらりとかわして、
「さあ?」
すっとぼけた返事を返しながら、艶然とした微笑を浮かべる目の前の男。
ちくしょう。
悔しいけど、とてもじゃないけど、おれはこいつには敵わないのがわかってる。
おれなんかよりずっと細くて、紅い唇が印象的なその顔立ちも、まるで女みたいに綺麗なのに、いざとなると、簡単におれは組み伏せられてしまうだろう。
場慣れしているというのか、戦い慣れているというのか、さすが人殺し、とでもいうのか。
数日前に、おれはこの男に拉致られて、ここに連れ込まれた。
断崖絶壁に囲まれた、海辺の孤島みたいな場所に建っている古びた別荘だ。
ここに来てから、他の人間なんて見たこと無いって。
一体、何処なんだよここは! って聞いたら、
口元に指を立てて、「秘密ですv」なんて、ふざけた事を言うし。
おれだって、学校があるんだぞ! 留年したらどうしてくれるんだ! って言ったら、
「まだ、夏休みは終わってないでしょ?」
ときた。
あ〜、も〜、なんだかな〜。
でも、やり方が卑怯だよ。
こいつからの手紙で、自転車で全国行脚よろしく旅をしている途中で、いきなり後ろから薬を嗅がすなんて。
あの時、「すいません」なんて声を掛けられて、自転車を止めたのが運のつきだったと、今さらながらに悔やまれる。
気が付いたら、こんな所に連れ込まれてるし。
一体、あたしに何しようっていうの?!
みたいなシチュエーションじゃん。
て、言ったら、涙を流して大笑いされたし…
そん時はさすがに、珍しいもん見たな〜、なんて、ちょっと感動しちゃったりして。
まあ、おれも拉致られて来た割には、緊張感無かったりするんだけどさ。
まったく、何考えてんだろ。こいつは。
あ〜、でもおれの親も、おれが自転車旅行してると思ってるから、誰も探してなんかくれないしな。そう考えると、酷く計画的な気もする。
別に危害を加えられるわけでもなく、ただ、海辺の別荘に遊びに来ただけみたいに感じられて、すごく居心地良いのも困っていることのひとつだったりして。
こいつは人殺しなのに、妙に人当たりがいい。
ずっと一緒にいると、危険な男だということを忘れてしまいそうになる。
…これって食い物に釣られてるせいもあるのかな、おれ…
なんせ、こいつときたら、めちゃめちゃ料理うまいのよ!
いや、もう、初めて食べた時はびっくりした。
「一人暮らしが長いですからね」
なんて言ってたけどさ。
って、いやいや、こんなことに慣らされてちゃいかん!
おれはこいつに拉致られたんだから、これは立派な犯罪だろ!
でも、本当の所、別に閉じ込められているわけではない。
おれは自由に、あっちこっち行けるし、あいつはよくひとりで海を見ている。
おれが勝手に出て行っても、別に構わなさそうだ。
なんでおれをここに連れてきたのか、それが知りたくて、おれはここにいるのかも知れない。
で、冒頭のセリフに戻るわけだ。
おれはこいつの真意を知りたい。だから、カマをかけてみる必要があった。
最初の答えは、想定どうりだった。こいつのことだから、絶対すっとぼけると思ってた。
じゃあ、これはどうだ?
「…逃げ出したら、どうする気なんだ…?」
一瞬、こいつの目が見開かれて、おれを真正面から見た。不思議な月のような色をした瞳が、おれを映してる。
あれ、なんか、驚いてるっぽい? いや、ここは驚くとこじゃないだろ?
もしかして、おれを拉致って来たことすら忘れているんじゃないだろうな?
う〜ん、わからん! 妙な所で、天然っぽいのは犯罪者としてどうよ?
「逃げ出したら…ですか? …そうですね…」
すぐに瞼を閉じて、少し考えるように、間を置いた。
あ〜、こいつってば、睫もすげえ長い。同じ人間なのに、この造形の差は何なんだろう?
「…捕まえて…足でも折ってしまいましょうか?」
綺麗な顔して、やっぱりこう来たか!
言うかもしれないな〜、とは思ってたけど、実際こいつの口から直接聞くとマジ怖い。
この男なら、間違いなくやるだろうな、と思うからだ。
じゃあ、その先はどうするんだろう? 殺しちゃうのか?
「…それでも、逃げようとしたら?」
ちょっとビビリながら、その反面、好奇心を抑えきれずに、おれは訊いた。
少し、こいつの日焼け知らずの白い顔に、影が落ちた、気がした。
「次は、腕を折ります。ああ、それとも、四肢を全部、切り落としてしまいましょうか?」
マジですか!!!!!
聞くんじゃなかった。おれもう、絶対逃げられねえ。って言うか、逃げません!
じゃないだろう、おれ。
…こいつは、おれをそうまでして捕まえておきたいんだ。それだけは、確か。
でも、それは何故だ?
おれはいつも、こいつの計画の邪魔ばかりして、こいつに殺されかけたことさえある。
今までのおれたちの関係を考えたら、おれの命を狙ってるんだと考えるほうが自然だ。
なのに、今、こいつはおれを殺すつもりは無い。確かに、ここ数日ずっと一緒にいて、危険を感じたことは一度も無かった。
そこんとこが、わからん!
そう考えながら、こいつの顔を見上げた瞬間、軽いショックを覚えた。
…なんで、こいつが、泣きそうな顔、してるんだ…?
目の前の男は、今まで見せたことも無い無防備な表情で、今にも涙を零しそうに見えた。
怖いこと平気で言ってた方が、なんで泣きそうなんだよ?
頭にクエスチョンマークを浮かべながら、それでもなんとなく、おれはこの男のことが、少しわかったような気がした。
…寂しいからなのか?
直感的に、そう思った。
おれをこんな所に拉致ったのは、ただ、一緒に夏を過ごしたかっただけのような気がした。
おれたちは対極に位置する者同士だけれど、もしかして一番この男に近い場所にいるのかもしれない。たぶん、この男には、他者なんて存在は無に等しいのだろう。そんなこいつに、おれは存在する者として、強く認識されているのだ。
そんな仮説が頭の中に成り立つ。
でも、それは…
…なんて悲しい世界なんだろう…
おれが黙って見つめていると、すっと、目の前の腕が上がって、白くしなやかな指先がおれの頬に触れた。
少し冷たい、その指先。
「…どうしてそんな顔をするんです? 私が…怖いですか…?」
ああ、自分がどんな顔してるのか、わかってないんだ。
「………あんたが…泣きそうな顔、してるから…」
頬に触れていた指が、その強張りを伝えて、なぜか胸が痛くなる。
「…わ、たしが…?」
いつも自信満々なこいつらしくもない、弱弱しい声。
どうしたんだよ、いつもの小憎ったらしいあんたは、何処へ行ったんだよ。
こんなの、あんたじゃ、ない。
一瞬のちに、逸らされた視線。頬から離れた指。俯いてしまった顔。
その肩が、微かに震えてる気がして、なんだかおれまでつらくなってきて、思わずこいつの頭を、抱き寄せていた。
怯えるように身体を震わせたのは一瞬で、すぐにこいつはおれの肩に頭を乗せて、その身体を預けてきた。
おれより背の高いこの男の頭を抱えて、細い身体を抱きしめる。
人の身体って、あったかくて気持ちいいものなんだなあ、なんて妙に納得してみたり。
人殺しのこの男を、こんなにも穏やかな気持ちで抱きしめている自分が不思議だったり。
でも、おれが慰めてやりたいと思ったんだから、こうしてやるのが一番良いと思ったんだから、これでいいんだ。
それにしても、この男の中で、今、何が起こっているのだろう。
邪魔だと思えば、簡単に人を殺せる。笑いながら人を殺せる。そんなヤツなのに。
微かな震えだけがおれの身体に伝わって、やっぱりこいつも人間だったんだな、なんて、おれはぼんやりと考えていた。
どのくらい、そうしていたのだろう?
「…すみません…」
ぽつりと、耳元で囁くように小さな声が聞こえたと思ったら、突然、おれの身体を引き剥がすように離れた。
俯き加減で、その顔は長い前髪に隠れて見えない。
でも、右手を上げて、軽く顔を覆ったと思ったら、次の瞬間、いつもと変わりなく、冷笑を刷いた顔を上げた。
「帰りなさい」
凛としたよく通る声音でそう言われて、わけがわからなくなる。
「えっ?」
おれが聞き返すと、少し目を眇めて微笑んだ。
でも、やっぱりその顔は、少し哀しそうに見えて、それ以上おれは何も言えなくなってしまった。
「明日の朝、帰りなさい」
そう言うなり、おれの目の前で後ろ手にドアを開け、まるで舞台の最後のように芝居がかったお辞儀をして、そして、そのままぱたりとドアを閉じた。
まるで、もう、お芝居は終わりですよ、とでも言いたげに。
帰れ…?帰れって…?
おれの頭の中は、軽いパニックを起こしてるようだった。
帰ってもいいとお墨付きをもらったのだから、喜ぶべきことだと頭ではわかっているのに、
嬉しいはずなのに、なぜかおれは、おれの感情は、怒りを感じていた。
勝手に人を攫ってきて、こんなところに閉じ込めて、また突然、突き放すのか?!
いい加減にしろ!!
おれはあんたの、おもちゃじゃ無いんだ!!!
そこまで考えて、ハッと気が付く。
まさかおれも、あの男に踊らされてたマリオネットだったのか…?
寂しさに、震えていると思った。あの冷たい男にも、確かに人間らしい感情があるのだと、感じた。
あれはすべて、まやかしだったのか…?
いや、でも…
……………………。
頭に手をやると、無造作に髪の毛を掻き毟る。
「あ〜、もう、わからね〜、あの男が! まったく、なに考えてんだか!」
ちょっとばかり、足もじたばたしてみる。
でも、今は取り合えず、手足をもがれる事無く帰れるらしいから、良しとしますか。
荷物をまとめないとな。
そう考えて、部屋の中を移動しようとしたとき、窓の外から微かなエンジン音が聞こえた気がした。
でもそれはすぐに、波の音に紛れてわからなくなる。
一瞬、頭の中にあの男の姿が浮かんだ。
きっともう、行ってしまったのだろう。ひとりで。
あの男に相応しい、暗い闇の中へ。
なんだか胸の中に、ぽっかりと穴が空いてしまった様な妙な空虚さを感じて、慌てて頭を振ってそれを否定する。
なんであの男がいなくなったからといって、寂しがらにゃならんのだ!
きっと、人恋しいんだ! そうだ! そうに違いない!
そう自分に言い聞かせながら、不意に零れ落ちた頬の涙を、乱暴に拭った。
05/04/24 了
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時間的には、「金田一少年の事件簿」最新刊(吸血鬼伝説殺人事件)の後、ぐらいの設定…みたいです。
ぽっと頭に浮かんだ代物なので、時間的な設定は書きながらこじつけました(汗
あえて名前を出さなかったのですが、誰の話か、わかってもらえたでしょうか?
しかも、話自体、かなり説明不足でわかりにくいとは思うんですが、
これが竹流の限界なんです(泣
この話の高遠バージョンが「PANDORA」です。さらにわかりにくいです。
蛇足ですが、この作文の題が「SECRET…」に決まるまで、仮題は「拉致られて」でした。
我ながら凄いネーミングセンスだ、と思います…
05/04/26 UP
−新月−
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