胸の中の灼熱
すでに、何度も否定した。
繰り返し繰り返し、気のせいだと。何かの間違いだと。
そう、自分に言い聞かせていた、はずなのに…
夜明け前に、ウォーターフロントにある自宅マンションに帰り着いて、まず最初にしたのは、冷たいシャワーを浴びること。
とり合えず、頭を冷やさなくては。
そう思った。
頭から浴びて、足元に向かって落ちてゆく水の流れを、ぼんやりと見ていた。
凍えるような冷たさに、徐々に頭の中がはっきりしてくるのを感じる。
と同時に、どうしようもなく熱く、胸の奥で暴れようとしているものの存在も、感じた。
それは、どんなに身体を冷やしても冷めることは無く、ただ熱く、滾る。
もう、認めざるを得ない。
壁に手を着いて、深く息を吐き出す。
なにかを、諦めたかのように。
なにかを、決意したかのように。
絶対に、あんな男に渡すわけには、いかない。
手のひらに、まだ、銃を握った感触が残っている。
引き金を引こうとした、この指にも。
あの時、本気で殺そうと思った。
あの男が口にした言葉に、一瞬、我を忘れた。
−知ってました? 金田一くんのくちびるは、とても柔らかくて、甘いんですよ?−
許せないと思った。
あんな時間に、彼の部屋の窓から出てきた、あの男も。
そして、部屋に招きいれた、彼自身も。
なぜ、あの幼馴染みだという少女ではなかったのか。
なぜ、あの男なのか。
なぜ、自分ではないのか。
焼け付くような、激しさで。
きゅっと、シャワーの栓を捻ると、バスローブを巻いて浴室を後にする。
濡れた髪もそのままに、キッチンに向かうと、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターの瓶を取り出し、グラスに注ぎもしないでそのまま口を付けた。
冷え切った体の中に、冷えた液体が流れ込む、感覚。
身体の中の熱を、どうにかしたかった。
放って置くと、すべてを焼き尽くしてしまいそうな、気がしていた。
立場も。
責任も。
信頼も。
プライドも。
すべてを失っても、と想う自分がいて。
それを、望む自分と、それを、恐れる自分がいる。
焦がれる。
そんな言葉が、脳裏を過ぎる。
濡れた唇を手の甲で乱暴に拭いながら、自嘲するような笑みが、口元に浮かぶ。
まさか自分が、こんな想いを抱える日が来るなどと、考えもしなかった。
いつも、どんなときにでも、どこかしら冷めた眼で何事も見ていた。
自分に対する揺ぎ無い自信と、それに付随するプライド。
それがすべてでもあるかのように、日々は過ぎて、当たり前のように、今の自分がいる。
恋愛も、仕事も、それなりにこなしてきたつもりだ。
何もかもが、順調だった、はずなのに。
なのに、そのすべてを否定するかのような、この気持ちはなんなのだろう。
気をつけていないと、感情だけが、暴走してしまいそうな、怖さ。
彼を見ているだけで、収集がつかなくなってしまいそうな、思考。
自分では無い自分が、そこには存在していて、今まで築き上げてきた自分のすべてを、唾棄する激しさで、主張する。
彼が欲しいと…
ずっと、否定し続けてきた。
そんなことはないと、気のせいだと、思い込もうとしていた。
けれど、それも、限界だ。
あんな男に、彼は渡せない。
胸の奥に紅く燃える焔が、すべてを、焼き尽くしてしまう。
ゆっくりと、でも、確実に。
暗い灼熱の地獄に、堕ちてしまう予感がする。
彼を、傷つけたくはないのに。
でも、自分でも、どうすることもできない。
どうして、こんなことになった?
ただの生意気な高校生だと、その程度にしか、考えていなかったのに。
少々、頭の切れる、こどもだと。
ただ、悪戯っぽく笑う仕草や、ただ、真摯に真実だけを見つめる眼差しや、彼のせいではないのに、傷ついて涙するその姿が、気になって。
いつからか、記憶すら定かではないけれど、その純粋な輝きに、惹かれていた。
それは…あの男も、そうなのだろうか?
ふと、閉ざされたカーテンの隙間から、夜明けの気配が漏れていることに、気づいて。
誘われるように側に寄り、少し開いてみると、目の前に広がる海が、朝日に輝いていた。
きらきらと光の粒子を反射して、眩く輝く波は静かに凪ぎ、彼方から覗く朝日は、今、生まれたばかりの、穢れを知らぬ輝きに満ちているようで、知らず、涙が零れた。
穢れを知らぬもの。
それは、彼の姿と重なって、暗い欲望を抱える自分を戒める。
私は、なにを考えていた?
彼を守りたいのでは、無かったのか?
決して、傷つけたいわけでは無かったはずだ。
愚かな自分。
醜い嫉妬に、眼がくらんで。
永遠に彼を、失うところだった。
まだ、待てるはず。
選択権は、彼にしか無いのだから。
もしも彼が、あの男を選んだとしても、その時はまたその時、考えればいい。
私まで、彼を苦しめる存在に成り下がって、どうするつもりなんだ。
窓を開けて、海から吹き付ける潮風を、胸いっぱいに吸い込んでみる。
少し湿り気を帯びた冷たい風は、心地良く身体の細胞を目覚めさせる。
このまま、暗い感情を吐き出してしまおう。
まだ、それが、できるはず。胸の中の灼熱は、冷めることはないけれど、耐えることはできるだろう。
真実、彼を愛しているのなら。
自分の中の、その想いを、認めたのならば。
きっと…
05/06/03 了
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なんか、明智さんが、壊れてるー!
やばい! このままでは、はじめちゃんが、非常にやばい!
ってことで、後半、急遽明智さんを無理やり修正してみました。
多少の不自然さは、勘弁してやってください(汗)。
高遠くんといい、明智さんといい、竹流が書くと、皆、危ない人になってしまうような…
って、それは、ワタシが危ない人だからか!!!
で、高遠くんのを書いたので、明智さんバージョンですv
もう、高遠くんより危ない人になりかけて、正直、慌てました。
ワタシの中の明智さんのイメージって、こんななのかしら?
いや、違うだろ? ありえない、絶対あり得ない!
明智ファンの方、ごめんなさい(泣)。
そういや、東京のウォーターフロントって、朝日が昇るのは、海から見えるのかしら?
知らないんで、まったく適当で、スイマセン…
05/06/04UP
−新月−
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