素直になれなくて




下級生の分際で、なんて生意気なんでしょうねえ。

高遠遥一は、目の前の、ややだらしなく制服を着崩している下級生を見つめていた。
胸のバッチからすると、二年なのだろう。
勇気があるというのか、正義感気取りの偽善者、とでもいうのか。

とにかく、気に入りませんね。こう何度も邪魔をされるのは。

そう、目の前の下級生は、高遠が暇つぶしに他の生徒に絡んでいると、必ずといっていいほど邪魔をしに現れるのだ。

まったく、何処から降って湧いて来るんだか。

高遠はため息混じりに、長い前髪を掻き揚げる。と、形の良い額と、綺麗な柳眉が露になって、思わずその場に居るものは、皆、頬を染めてしまう。
彼の、その不思議な月色の虹彩を持つ少し下がり気味の眼も、高く鼻筋の通った鼻梁も、薄く朱をひいたような口元も、人を惹きつけずにはおかない魅力に溢れている。

そう、成績も素晴らしいものだ。
毎年、国公立の大学や、私立の有名校に多くの卒業生を送り出しているこの学校の中で、常にトップを争う位置につけている。
常に礼儀正しく、敬語を忘れない彼の存在感は、この学校においても申し分ない、はずだったのに、彼の唯一の欠点は、その、性格。

美しい容姿に、細身の身体。
どんな学校にでも、問題児と呼ばれる生徒はいるもので、高遠は入学早々、その目立つ容姿がゆえに眼を着けられ、体育館の裏に呼び出されること、数回。けれど、すべて返り討ちにあわせ、今や、彼に歯向かうものなど居はしなかった。
実質、この学校の総番、と呼んでも差し支えない位置に、今、彼はいる。

全寮制のこの男子校は、中高一貫方式で、途中入学は認めないという、日本では珍しい形態の、本格的なイギリスのパブリックスクールを模して作られた学校である。全寮制にも関わらず、その独特のカリキュラムゆえ意外と人気は高く、競争率はいつも相当なものだった。

優秀な頭脳が集まるこの学校において、高遠は美しい悪魔のように、その存在感は圧倒的で、憧れる生徒は後を絶たない。さらに悪いことに、明らかな証拠を残さないため、学校としても困った存在なのだが、手を出すことができないでいた。

すべて、自分の思うがまま。

この閉ざされた世界は、高遠にとってそんな場所であったのだが、煩いハエが現れた、というところなのだ。
目の前の、凡庸そうな下級生。
確か、金田一…とかいう名前だったはず。
そう考えて、高遠は眉を顰めた。

このぼくに、名前まで覚えさせるなんて。

「~~~~あんたも、いい加減にしろよな。小さいガキじゃないんだから」

突然、目の前の金田一が、困ったような顔をしてため息混じりに呟く。
その時、高遠の額に血管が浮き出したのを、取り巻きのひとりの由良間は、見たとか見なかったとか。

「このぼくを、誰だかわかってての言い様なんですよねえ?」
「当たり前だ。高遠遥一だろ? 知ってるっちゅーの」

言いながら、目の前の金田一は、だるそうに頭をぼりぼり掻きだした。

おいっ! いくらなんでも、それはヤバイだろっ!

高遠の取り巻きが、内心ひやひやしながら、金田一と高遠のやり取りを、固唾を呑んで見守っている。
金田一の怖いもの知らずは、見ているこっちが怖いのだ。
と、高遠が、皮肉げに、ニイと口角を引き上げた。

すッごい怖いんですけど! 高遠さん!

取り巻きたちは、肩を寄せ合って、震えていた。
機嫌の悪くなった高遠が、後でどんな無茶な我侭を言い出すかと思うと、気が気ではない。
金田一を見ると、あほ面を晒して、今度は鼻をほじっている。

おまえ、一度、死んで来い!

そうは思うが、口に出して言うことはできない。
高遠からは、すでに殺気と呼んでも差し支えのないほどの、ただならぬ気配が立ち上っている。
だが、問題はそこではないのだ。自分たちが金田一に文句を言おうものなら、それこそ高遠に何をされるか、わかったものではない。

「なあ、おれ、そろそろ行ってもいい? こう見えても、あんたほど暇じゃないんだよね」
「「「うそつけー!!!」」」

取り巻き立ちの声が、綺麗にハモった。

昼寝しに学校へ来てる様な、おまえのどこが忙しいんだよ!
なんで、高遠さんが怖くねえんだよ!
もう少し、殊勝な態度は取れんのか!
後でとばっちりを食うのは、おれたちなんだぞっ!!

最初の「うそつけー!」の後は、テンでバラバラなことを考えている取り巻きたちだったが、いつも最後には、同じ一言に到達する。

早く気付けよっ! このニブちんがっっ!!!

「なあ、行ってもいい?」

今度は少し小首を傾げながら、茶褐色の大きな瞳で、金田一は上目使いに高遠を見上げた。
こうして見ると、以外に金田一は可愛い。
がさつな行動と、だらしなさがネックになって、普段は全く気がつかないのだが。

途端、高遠の強張った雰囲気が、一気に解消してしまった。

「…仕方がありませんね。今回は、見逃して差しあげますよ」

妙に、声もやさしげだ。

ありえない。マジ、ありえない。
普段の高遠さんなら、泣いて土下座する相手にも、蹴り食らわせてるのに…
取り巻きたちは、心の中で、泣いていた。

「う~ん、てかさ。あんたが、やたらおれの前で人に絡むのをやめたら、おれが止めに入る回数だって減ると思うんだけどさあ。今だって、なんで校舎の違う三年が二年のトコまで来て、セコイ悪さしてんだよ」

それは禁句だー! 金田一!!

取り巻きたちは慄き、そして、怖いものでも見るように、恐る恐る、高遠の方へと視線を向けた。
すると、どうだろう。
当の高遠は、腕を組んだまま、けれどその口元には、蠱惑的な笑みを浮かべているではないか。
それを眼にしたものは皆、足を止めて見入ってしまうだろうほどの、笑み。

「それは言いがかりというものですよ。たまたま、そうなってるだけです」
「いや、だって…… まあ、よくわかんねえけど、あんまり悪さばっかすんなよな」

流石の金田一も、頬を染めて視線を逸らすと、それだけを告げて、背中を向けた。
その遠ざかってゆく背中を、しばらくの間見つめてから、高遠はゆっくりと踵を返した。
その口元には、先ほどとは違う、ほんのりと穏やかな笑みが浮かんでいる。

「戻りますよ」

心なしか弾んだ声で、高遠は言った。
その声を聞きながら、取り巻きたちは、心の中で盛大なため息を吐くしかなかった。

…いい加減、素直になればいいのに…

でも、やっぱり、口にはできない。

プライドの高さなら、誰にも負けないであろう高遠遥一が、自分の捩れまくった感情と行動に終止符を打つまで、あと、どのくらい掛かるだろう。

取り巻きたちの気苦労は、まだまだ、続くのであった。



06/04/18   了
__________________
えと、じつはコレ、「LOVE SONG」の別バージョンだったりするんです(笑)。
あまりにもあれが長くなりそうなんで、別でこれも書いていたという。
途中まで書いてあったのを発見したんで、話を端折って、簡単なお話として書き上げてみました。
本当は、明智さんも絡んでくる予定だったはずなんですけどね。
でも、そうなるとややこしくなっちゃうから。
…うわあ、モノ書き失格だ…
今は、この程度しか書けなくって、すいません(汗)。

06/04/18UP
14/09/23再UP

-竹流-


ブラウザを閉じて戻ってください