One Night Dream





「なあ、高遠、それ、なに飲んでんの?」
褐色の液体を注いだグラスを覗き込んで、そう訊ねてくる君の目は、すでに好奇心いっぱいで。
からりと、水滴を纏わり付かせたグラスを持ち上げて、中の氷が立てる音を聞きながら、ぼくもまた、少し興味をそそられる。
飲ませてみたら、どうなるんだろう、と。

「ウイスキーですけど…興味が、あるんですか?」
「うんv」

風呂上りの上気した頬で、湿った髪を下ろしたままのきみは、そのままでも十分艶かしいのだけど、酔ったきみも見てみたい、と考えてしまったぼくは、このとき、すでに酔っていたのかも知れない。
「このままじゃあ、ちょっときみには飲みにくいと思いますよ」
「え~」
口を尖らせて抗議してくるきみは、その姿が、どれだけ愛らしいのか、わかっているんだろうか? もしも、これが、確信犯だというのなら、ちょっと、怖いけど。

「コーラで、割ってみますか?」
「えっ? 飲ませてくれんのか?」
「少しだけなら、かまわないでしょう」
「ほんと? じゃあおれ、グラスとコーラ持ってくる!」

そのまま、部屋から出て行ったきみは、すぐにコーラの入った瓶と、氷を入れたグラスを持って戻ってきた。そして、それをテーブルの上に置くと、キラキラした瞳で、ぼくを見上げてくる。
…そんな眼で見られると、理性の危機に陥ってしまうんですけど、ここは、我慢ですよね。
よからぬことを考えながら、顔にはそんなこと、おくびも出さずに、ぼくはにこやかに応対する。
「まだ未成年なんですから、ちょっとだけですよ」
言いながら、彼の目の前で、薄めのコークハイを作ってみせた。
「どうぞ」
「うわ~ v ありがとうv 高遠 v 」
嬉しそうなきみを見ながら、下心ありなんですけどね。なんて、心の中で呟く。
「あっ、なんか、味が違う~」
ひとくち飲んで、きみは声を上げた。
「飲みにくいですか?」
「ううん、おいしいv」
ぼくを見ながら、にぱ~っていう効果音が付きそうな笑顔を見せて、また、グラスに口を付ける。ぼくはもう、逸らされたきみの白い喉が、それを嚥下してゆく様子から、眼を離せなくなっていた。

洗面所に髪を乾かしに行っていたきみが、戻ってくるなり、ソファーにいたぼくにぺったりと引っ付いてきた。こんなきみは初めてで、少し、ときめく。
「どうしたんですか?」
努めて冷静さを装いながら、きみに尋ねてみる。
「ん…、たかと…」
言いながら、気だるげにきみは、俯いていた顔を上げた。
心臓に悪い、とは、こういうことを言うのだろうか。
薄っすらと目元を赤く染めて、潤んだ瞳でぼくを見つめるその眼差しは、夢見るようで。
濡れたくちびるは、誘うように、少しだけ開かれて、赤い舌がその奥で見え隠れしている。
思わず、生唾を飲み込んだ。
これは、思ったよりも上出来過ぎて、今のきみの前では、自分の理性など、意味すら持ちえないことに気付く。
「…はじめ…」
「たかと…おれ…どうしたんだろ?…からだが…あつくて…」
「寝室に、行きますか?」
「ん…」
素直に頷いて、ぼくに身体を預けてくるきみに、もし今、キスでもしようものなら、このまま、ここで最後までいたしてしまいそうで。
急いできみの細い身体を抱え上げると、ぼくはそのまま、寝室に向かった。

ベッドに横たえると、ぼくの首に絡ませていた腕に力を込めて、きみはぼくを引き寄せる。
「はじめ?」
「…キスして…」
悩ましげに囁かれて、ぼくは簡単に陥落してしまう。
いつもよりも、ずっと官能的なきみに煽られて、自然とくちづけは激しくなる。何度も角度を変えながら、積極的に求めてくるきみに、身体の奥から、熱くなる。
「た…かと…」
「はじめ…」
息が上がるくらい、くちづけあって、上気してるはずの君の顔が見たくて、顔を覗いた。
と、突然、きみがぼくのパジャマのボタンを外し始めた。
「はじめ?」
「すごく…欲しいんだ、あんたが…」
きみのするがままにさせて、ぼくは手を出さなかった。きみは、ボタンを全部外すと、ぎこちなく、ぼくからパジャマのシャツを脱がせる。
「下は?」
ぼくが冗談めかして言うと、
「下も脱がせて欲しいのかよ」
きみも笑いながら答えて、そのまま、ぼくのズボンに手を掛けた。
「えっ?」
ほんの冗談のつもりだったのに、きみは起き上がると、ぼくの着ていたものをみんな剥ぎ取ってしまった。
「なんだか、いつもと逆ですね」
ぼくを押し倒して、上に馬乗りになりながら、自分の着ているものを脱ぎ始めたきみに向かって、そう言うと、少し首を傾げて、薄く笑う。
「こんなのは…イヤ?」
肌に纏わる長い髪が、艶めいたくちびるが、カーテンを開け放したままの窓辺から差し込む月明かりの中で、妖しげに煌めく。
ふと、妖艶、というのは、今のきみのようなことを言うのではないかと、思った。
すべてを脱ぎ捨てて、ぼくの上に覆いかぶさってくるきみは、いつもは見せる恥じらいや、躊躇いさえ捨て去って、ただ、純粋に快楽だけを求める獣のようで。
とても、美しい。
すでに熱く猛っている下半身を、同じように熱くなっているぼく自身に擦り付けながら、くちづけてくる。きみの長い髪がぼくにかぶさって、柔らかな髪の感触が肌を刺激する。
もう、堪らなくなってしまって、きみの身体を抱きしめると、また、体位を入れ替えた。
再びぼくに組み敷かれたきみは、ゆっくりと目を開けると、艶かしく微笑み、そして、そのすべてで、ぼくを誘惑する。
これが、きみの、隠された本質なのだとしたら、ぼくはとても、敵わない。
魂すらも奪われて、きみに溺れるしかないだろう。

深く繋がりあって、淫らな水音と、荒い息が、部屋に満ちている。
ぼくの下で、きみは悦びに震えながら、乱れ。
ぼくもきみの中で、深く快楽の海に、溺れて。
きみの快楽が深ければ深いほど、締め付けがきつくなって、ぼくは何度もイキそうになる。
でも、まだイクわけにはいかないよね。今夜のきみは、とても手ごわいから。
「た…かと…」
ぼくの名を呼びながら、きみが両手を伸ばして、ぼくを求める。きみの求めに応じて、きみを抱きしめて、口づけを送る。と、また、いきなり体位を入れ替えられた。
「は…じめ?」
繋がりあったまま、ぼくの上に乗り上げたきみは、結合が深くなったせいで、さらに奥にまで入り込んだぼくに反応して、身体を震わせた。
「ああああっ!」
汗ばんだ身体に髪を纏わり付かせながら、月明かりの中、首を逸らして、仰け反る。
その様子に眼を奪われながら、ぼくもまた、きみの締め付けに呻いた。
「…う…くっ!…はじめ…そんなに、締め付けないで…まだ、楽しみたいでしょう?」
「…ん…そんなこと…言われ…ても…」
小刻みに身体を震わせながら、けれど、きみは、自分自身で身体を揺らして、快感を追い始める。
ぼくの上で乱れるきみの姿は、ひどく蟲惑的で、淫らで、綺麗だ。

「は…あ… ねえ、たかとおも…感じる?…おれの…からだで…」
「…感じますよ…これ以上、ないくらい…」
ぼくの答えに満足したのか、きみは今まで見せたことも無い淫靡な笑みを浮かべて、ぼくを手招いた。ぼくが、誘われるままに身体を起こすと、また、中の角度が変わって、きみは淫らに身体を震わせる。
「…う…ああっ!」
開いたくちびるの向こうで、赤い舌が誘うように蠢く。
「…綺麗ですよ、はじめ」
「好きだよ…たかとお…」
ぼくの上にきみを乗せて、座ったまま、繋がりあって、深く、くちづけ合う。
きみがまた、官能的に、腰を揺らし始める。貪欲に、ぼくのすべてを奪いつくそうとするかのように。
このまま、溶け合って。きみとぼくの、区別すらつかないほど、混ざり合って。
闇の果てまで、堕ちてゆくのも、いいね…

結局、二人で何度も、快楽を貪りあって。いつもと違うはじめに翻弄されながら、溺れて。
ようやく眠りに付いたのは、明け方近かった。


「う~ん…」
きみの苦しそうな声で目が覚めると、もう、陽はだいぶ高くなっていて、部屋に差し込む光りの眩さに、思わず顔を顰める。
「う~~~」
再びきみの声がして、慌てて起き上がると、ベッドの端に、昨夜愛し合ったときのままの姿で、シーツに包まって唸っている君がいた。
そう言えば、ふたりとも疲れ果てて、そのまま眠ってしまったんだと思い出す。
「はじめ? 大丈夫ですか? どこか具合でも悪いんですか?」
青ざめて、いかにも具合の悪そうなきみの髪を掻き揚げながら、ぼくは訊ねた。
もしかして、昨夜、無理をさせすぎたでしょうか…
「た…たかとお…」
「はい?」
「あたま…割れそうに、いたい…」
「頭が、痛いんですか?」
「ん…そんで…きもちわるい…」
「……………」
これはもしかして…二日酔い…というやつなのでは…
「うっ、吐きそう…」
「ちょっ、ちょっと待ってください! 我慢できます?」
口元を押さえながら、なみだ目になって頷くはじめの身体を、シーツごと抱きかかえて、洗面所に向かった。

「うえ~~~」
トイレの前にへたり込むと、あまり吐くものも無いのに、きみは苦しげにえづいて。その背中をさすってあげることぐらいしか、ぼくにはできなくて。
すみません、はじめ。
これはきっと、ぼくがきみに、ウイスキーなんか飲ませたせい、なんでしょうね。

「…ありがと…ちょっと、落ち着いた…」
「大丈夫ですか?」
「うん…」
「二日酔いだと思いますけど…なにか、薬が置いてあったかな…」
ぼくが、そう思案していると、なにやらおずおずと、きみはぼくを見上げてきた。
吐きすぎて、なみだ目になって、そのせいで目元を赤らめているだけなのに、ぼくはその表情に、思わず昨夜のきみを思い出して、胸が高鳴る。
「…なん…ですか…?」
躊躇いと、戸惑いを浮かべた眼差しで、ぼくを見つめながら、きみはそのかわいらしいくちびるを、開いた。

「…あの…さ…」
「はい」
「なんで、おれたち…裸なんだ?」
「それは、きみが具合悪かったんで、服を着てる暇が無かったんですよね?」
「じゃ、無くってさ。どうして、パジャマ着てねーんだよ? 昨夜は確か、着てたはずなんだけど」

……………。

「まさか…とは思いますが…もしかして…なにも、覚えて無いんですか?」
「なにも…って、なにを?」
きょとんとした表情を浮かべてぼくを見るきみは、まさしくなにも知らないようで。
「…うそ…でしょう…」
「だから、なにがって!」
ぼくは、がっくりと肩を落とすしか、ありませんでしたよ。ええ。

薬を飲ませて、もう一度、ベッドに横にならせて。
穏やかな寝息を立て始めたきみの傍で、ぼくは、溜息を吐いた。
昨夜のきみは、一夜だけの幻。
あんな少量のアルコールで二日酔いになってしまうのでは、もう、飲ませられないですからね。
ぼくの記憶の中にしか、存在しない、一夜だけの、夢。

「それでも…確かに、昨夜のきみは、存在したんですよ…」

眠る、はじめの髪を撫でながら、ぽつりと零した独り言を、カーテンを揺らす涼やかな風が、何処かへさらって行った、気がした。



05/07/29     了
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最初は、『誘い受け』を狙って考え始めたお話だったのですが、諦めました(笑)。
エッチ度も、そんなに高くないですし… ワタシ、エロは駄目だな。うん。
目指していた、エロいはじめちゃんってのも、びみょ~にはずしてそうです。
申し訳ない、折角、裏なのに、こんなので…
ちなみに、うちのはじめちゃんは、お酒に弱い設定のようです(笑)。

05/07/30UP
14/11/14再UP

-竹流-


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