BUBBLE PLAY




おれはその時、鼻歌交じりにキッチンのシンクの前に立って、食器を洗っていた。

大抵、食事は高遠が作ってくれるから。いや、おれも手伝いくらいなら普段からしてるんだけどさ、でも、大して役には立ってないんじゃないかなと自分でも自覚があるから、だから、食後の食器の片付けは、おれが自主的にやってるってわけだ。
どうよ。こう見えても、おれって意外と気配り屋さんだろ? ま、自分で言うのもなんだけど。

高遠はというと、後ろのテーブルで食後の紅茶を飲みながら、いつものように英字新聞を広げていた。もちろん、その紅茶だって、おれが淹れてやったやつだ。
「最近、はじめは紅茶の淹れ方が上手になりましたよね」
なんて高遠に言われちゃうくらい、腕を上げたんだからな。おれだって、そのくらいはできるんだぜ?
まあ、まったく何の危機感も抱かずに、おれは油断しきっていた…んだろうなあ。だってさ、いつもと変わりない食後の穏やかな一風景だったわけだし。
とにかく、シンクの中も自分の手も泡だらけにして、機嫌よく洗い物をしていたんだ。


そして、それは突然のことだった。
「はじめ」
おれのすぐ後ろから、それも、息がかかるほどの距離から、高遠が声をかけてきた。
あんまり急だったし、おれ、何も考えてなかったから、「えっ」とか思って。
でも、振り返ろうとした時には、おれの身体は背後から抱きすくめられていて、身動きが取れなくなっていた。おれの耳に、高遠の温かい吐息がかかってる。それだけで、単純な身体はぞくぞくと寒気にも似た感覚に捉われて、微かに震えた。
「た…かとお、なにを…」
懸命に、自分のすぐ横にある高遠の顔を見上げるように首を捻りながら、おれは声を絞り出していた。だって、高遠の手はちっともじっとしてなくて。片手でおれの身体をしっかりとホールドしながら、もう片方の手は服の裾から中に入り込んで、直接肌に触れている。
思い切り、睨みつけてやったのに、当の高遠は涼しい顔で、
「きみにいたずらしようと思って。ああ、その食器、落としちゃ駄目ですよ。結構高かったんですから」
なんて、ずばり仰る。
おれはというと、高遠の言葉に、持っていた皿を落としかけていたことに気がついて、慌てて泡だらけのシンクにそれをそっと沈めたりして…
って、何やってんのおれ。高遠がいたずらしに来てんだから、皿が割れたって高遠のせいじゃんか。
っていうか、いたずらって何? いたずらって?!
大体、なんでおれ、こんなところでいたずらされなきゃならんわけ? 今、用事してんだぞ? 手なんか、泡だらけだったりするんだぞ?

などと考えている間にも、高遠の唇が耳のすぐ後ろに吸い付いてきて。さらには舌を使って、耳の周りから中へと入り込んで刺激してくる。
おれが弱いのを知っていて、わざと執拗に攻めてくるんだ。
服の中に潜り込んでいる手は、おれの胸の小さな突起をそっと擦るみたいに、柔らかな動きで焦らしながら、確実におれの熱を煽ってるし。
逃げたいのに、高遠の腕に捕まっていて身動きは取れないは、おまけに両手は泡だらけだはで。
いや、このまま無理に高遠を払いのけようとするのも、できなくは無いんだろうけどさ、後で泡の飛び散ったキッチンを掃除することを考えたら、むやみに手を振り回すのは憚られちゃうんだよな。
…う~ん、おれって変なとこ、神経質か? それとも、めんどくせ~だけってのが、そう思わせてんのか?
まあ、そういうおれの性格をわかってての、高遠のこの不埒な行動なんだろうけど。
こんの、計画犯罪者めっ!

と、頭では思ってるくせに。
「は…あっ…」
もう、おれの全身には力が入らなくなっていて、背後の高遠にもたれかかるように身体を預けて、思わず声なんか漏らしてたりして。
そのくせ、両手だけはしっかりと、シンク内に残ってんの。泡で、床が濡れちまわないようにって。
我ながら、何やってんだか。
本当に、自分で自分がいやになっちまう。高遠に慣らされた結果が、これなんだから。
高遠がいつも言うように、おれってば、マジで快感に弱い。

不意に、高遠の手が下りてきて、おれのジーパンの前に触れた。そこはもうすでに、目いっぱい張り詰めていて、誤魔化すこともできなくなってる。
「随分と、ジーンズがきつそうになってますよね」
しなやかな指先で、おれの股間を下から上へと撫で上げながら、この男はそんなことを言うんだ。楽しげな声で。
「…誰の…せいだよ…」
「さあ? 誰のせいでしょう?」
すっとぼけたセリフで切り返しながら、高遠はふっと笑う。おれの耳元に、その息が掛かって、それだけでおれは、小刻みに身体が震えだす。
悔しいような、恥ずかしいような、そのくせ、もどかしいような。
複雑な感情が、おれの中で揺れている。
高遠は、それ以上は何も言わずに、何度も撫で上げてくる。焦らすみたいに、ゆっくりと。
おれの中の熱が、どうしようもなく高まってゆくのが、自分でもわかるんだ。その上、背後にいる高遠の熱も、ぴたりと密着されている身体から、服越しだというのに、はっきりとその昂りが伝わってくるのが、余計におれを煽っていて。
「…あ……たかと…」
もう、どうにかしてほしかった。高遠によって煽られた熱は、高遠にしか治められない。
「もっと…気持ちよくしてほしい?」
おれの耳に唇をつけて、低く答える高遠の息も、乱れてる。
「…うん…」
答えると同時に、ジーンズの前をくつろげられて、下着ごと下ろされて。そのまま、高遠の手のひらに握りこまれていた。
「あっ」
直接、触れられて与えられる快楽は、頭の中をかき乱して我を忘れさせてしまう。何よりも、高遠はおれの感じるところを知りすぎていて、おれはここがどこなのかすらもわからなくなって、高遠のなすがままにされてしまう。
いつの間にか、おれを拘束していたはずの手も、おれの身体を愛撫するために使われていて、気がつくとおれは、自ら身体を差し出しているみたいに、ただ、高遠に身を委ねていた。
首筋に唇を這わされ、捲り上げられた服の下を這い回る手の感触に、好きなように翻弄され、そして、もう片方の手によって、上り詰めてゆくような快感を与えられ続けて。
その内、だんだん膝が震えてきて、立っていられなくなってきたおれは、そのことを高遠に告げようとしたら、突然、おれの身体を高遠は前に突き倒した。
シンクの角に両肘が当たって、その上に、力の入らない身体を押し付けるような格好になって。ようやくおれは、ここがキッチンだったと思い出したんだ。

そういえば、両手はずっと、シンクの中に入れたままだったし…

まだ泡だらけの両手を見ながら、回らない頭でそんなことを考えていると、高遠の両手が力強くおれの腰をつかむ感覚がして、後ろに腰が引かれた。
あれあれと思っているうちに、湿った感触がその部分に、高遠とつながる場所に触れてきて、おれは正直、びびった。
それは、とても暖かくて柔らかくて。ねっとりと触れてきたかと思うと、わざとらしく水音を立てながら、ちろちろと中心を突いてくる。
普段、そんなことをされたら、また違う熱が煽られてしまうところなんだろうけど。でも、すぐ目の前が泡だらけのシンクだということが、おれの頭に一遍の正気を留まらせたらしい。
だってさ、明るいキッチンの中で服をたくし上げられていて、穿いていたジーパンと下着は、膝まで下ろされていて。その上、シンクにしがみつくようにしながら、高遠に尻を突き出してる状態…ってのは。

普通で考えても、すごいことになってると、おれは思う。
しかも、高遠の目から何も隠せないことになってる部分に、舌を這わされてるし。
考えたら、死にそうなくらい、恥ずかしくて。

「…たかと…ダメ…だ…」
「そんなにいい?」

ダメだっつってんのに、どうやったらこういう受け答えになるんだよ。一度、この男の頭の中を覗いてみたいね、おれは。
いや、怖いもの見たさで。

そのまま高遠が、また片手でおれの腰を抱きかかえたと思ったら、今度は指先がそこに触れてきて。湿り気を確かめるように、何度かくるくるとその場所を撫でまわしてから、静かにゆっくりと、おれの中に差し込まれた。
「やっ! あ…ダメ…だって…言ってん…のに…」
「どうして? とても感じているでしょう?」
確かに隠しようもなく、腰に回された高遠の腕には、熱く猛っているおれ自身が触れているし、それは、おれの中にある高遠の指が、的確に感じるところを擦りあげる度に、脈動を繰り返してもいる。
そう、身体はこれ以上なく感じているんだ。
本当に、このまま何もわからなくなってしまえればよかったのに、おれの頭の中の一部は正気のまま、それを冷静に判断している。
どうしても、今のこの行為に、夢中になれそうにはない。
はずかしさのあまり、涙が出そうになった。

「も、…やめて…たかと…」
懇願するように零した一言で、やっと高遠はその手の動きを止めた。半分泣き声だったのが、わかったのだろうか。
「そんなに、嫌?」
おれは、シンクに身体を預けて、うつむいたまま頷いた。
「…だって…たかとおは…服着たまんまなのに…おれだけ…こんなトコでこんなになって…死にそうに恥ずかしい…」
「じゃあ、嫌なわけじゃないんですよね?」
……………。
どんだけポジティブ思考なんだよ、あんた。
思わず突っ込もうかと考えたときには、すでにおれの身体は、軽々と高遠に抱き上げられていて、どこかに連れて行かれるところだった。
「えっ? えっ? どこに行く気なんだ? おれ、まだ両手とも泡だらけのまま…」
「だから、泡だらけになってもいいところへ。そこでなら、ふたりで裸になっても大丈夫ですからね」
そう言って、おれはバスルームに連れ込まれた。

確かに、存分にふたりで泡だらけになったけどさ。

バスタブに足を掛けさせられたり、泡の中で背後から攻められたりと、何度も喘がされて。
明るいままのバスルームっていう、いつもとは違うシチュエーションが刺激的だったのか、おれもなんだか、すごく興奮しちゃって。
結局、ふたりで満足したときには、完全にふやけて、おれはもう、足腰が立たなくなっていた。

「たまには、こんなのもいいでしょ?」
なんて、高遠はのたまうけど。
でも、おれは思うんだ。
これ、絶対にこの間の写真のお返しだろって。だって高遠ってば、変なトコ、執念深いからな。
動けなくなったおれは、やたらご機嫌なこの男の綺麗な顔を、恨めしげに見上げたりして。
それでも、「ま、仕方ないか」って思っちゃうのは、きっと惚れた弱みなんだろうなあ。
絶対に、高遠にはそんなこと言ってやんないけどね。言ったら、また、この男は付け上がって、
「今度は、ちょっと縛ってもいいですか?」
なんて、リアルに言われそうで、怖いもんな。

次の日からおれは、食器を片付ける時には高遠をキッチンから追い出して、ドアに鍵を掛けるようになった。
『自分の身は、自分で守れ』
それは、高遠と暮らしだしてから、実感として、おれが日々感じていることだったりするんだよね。



07/02/22  了
_______________________
自分でも、何を考えているのか、うう~んな今日この頃。
裏ばっかり、最近更新していますからね。
とりあえず、今回は、明るいエロでv
って、ほんまにか?
変態臭いだけかも…うう~ん(悩


07/02/22UP
再UP 15/01/23
-竹流-

ブラウザを閉じてもどってください