やさしい指先



おれに触れる、指先は、とてもやさしい。
おれに触れる、唇は、とてもやさしい。

深い闇の中で、繰り返し繰り返し行われる行為は、いつもおれを狂わせて、乱れさせて。
おれは、この人の腕の中で、おれも知らない自分に生まれ変わる。

大きく足を開かされ、楔を穿たれ。
そんな、屈辱的とも言える格好を、けれど、抵抗もせずに受け入れている自分。
体内を深く探られて、堪えきれずに声を上げて、この人の背中に爪を立てて。
他の誰もが知らないおれを、この人だけが知っている。

「きみって、意外とそそる声で啼きますよね」
耳元で囁く声に、何かを言い返そうと口を開くと、深く口吻けられて言葉を遮られる。
いつも、おれを辱める言葉を囁いては、何も言わすまいとでもいうように、唇を奪う。

なんて、ずるい男なんだ。
なんで、こんなことするんだ。

頭の中で、繰り返される言葉。
でもそれは、決して外に出ることはない。
快楽に酔わされた体は、自分の意思を離れて、もっともっととねだるみたいに、腰を揺らめかせる。

クスリ…と、この人が笑う気配がする。
悔しい気持ちも、確かにあるのに、おれはただ、喘がされるばかり。

「可愛いですよ、金田一くん」
時折、思い出したようにこの人は呟く、そんな言葉に、おれは涙が溢れてくる。
この関係に、愛なんて無い。
あってはいけない。
初めから、決まっていることだから。
だから、何も言わないでくれ。

両腕をこの人の首筋に回して、強引に引き寄せて口吻けたら、いつに無く激しい口吻けを返される。
まるで、すべてを奪いつくすみたいに。
必死で答えようとして、舌を絡ませてみるけれど、下から突き上げておれを翻弄する感覚に乱されて、わけがわからなくなってくる。

「う…ん、んん…」
酸欠状態になってきたのか、頭もぼんやりし始めて、おれはだんだん気が遠くなる。
酸欠でわからなくなっているのに、激しい突き上げに頂点まで上りつめようとする感覚が相まって、意識がどこかに飛んでしまいそうになる。
その、麻薬のようにおれを捕らえて放さない、目も眩むような快楽。
頭の中が真っ白になってしまうまで登りつめて、そして次の瞬間には、真っ暗な奈落へと、おれの意識は落とされるんだ。
そんな風に、意識が闇に飲まれてしまう刹那、おれは時折、聞いてしまう。

「…どうしても、だめ…なんでしょうね…きみは…」
という、嘆きにも似た、この人の呟きを。

目覚めたら、何も聞かなかったことにして、おれはこの人を、厳しい眼差しで見つめるだろう。
「おや? 良くなかったですか? あんなに自分から腰を使っていたのに」
なんて、この人もまた憎まれ口を叩くのだろう。
それは、いつも繰り返される、まじない。
決して、惹かれあってはいけない相手だと、互いにわかりすぎているから。

本当は、こんな関係になんか、なってはいけなかったのに。
どうしてこんなことになってしまったのか。
でも今は、もう、思い出すこともできない。

目覚めると、この人はじっとおれの顔を見つめていた。
「…なにしてんだよ…」
わざとぶっきらぼうに言うと、静かな声が返ってくる。
「これが最後だから…きみの寝顔を見ていました」
「…最後?」

この人は、聞き返したおれの言葉には答えずに、ただ、おれを見つめた。
いつもみたいに、憎まれ口をたたくこともしないで、ただ、静かに。諦めたように。
おれも黙ったまま睨みつけていると、やがて、やさしげに微笑んだ。
「もう遅いですから、送りましょうか?」
おれの髪を、やさしく梳くように、撫でながら。
なのに、その指先が微かに震えていることに、おれは気がついてしまった。

この人の指先は、いつもやさしく、おれに触れる。
伝えてはいけない本音を、雄弁に語る。
それだけで、胸がいっぱいになってしまうおれは。

『どうして、こんな関係になってしまったのか』
『どうして、この男は俺なんかを求めるのか』
『どうして、この男に触れられるのは、いやじゃないのか』

自分の中で、何度となく繰り返された問い。
でも、本当はわかってた。
知っていた。
その答えを。

『互いに求め合った結果』、なんだって。

いけないとわかっていても、人の心は、理屈なんかで縛れるものじゃ、無いんだって。
知っていたんだよ。
本当は、ずっと前から…

「もう一度だけ…」

初めて、甘えてみようか。
また、この人の首に腕を回して、この人を引き寄せて。

「…後悔しても、知りませんよ?」
「いいんだ。後悔なら、もう、いっぱいしたよ」

微笑むこの人に、おれも、微笑み返そう。

「もう、いいんだ。たかとお… これが最後…なんだろ?」

おれの言葉に、困ったような笑顔を見せて。
そして、首に回されていたおれの腕を外すと、その指に自分の指を、絡めた。
細くて白くて、綺麗な高遠の指先は、けれど意外なくらい、温かい。

おれは、その温もりを感じながら。
静かに、まぶたを閉じた。

もう、いいんだ。
もう、自分の気持ちから、逃げないよ…



それきり、金田一少年の姿を見たものはいない。
高遠遥一も、ふっつりと姿を現さなくなった。

あの夜、指先を重ねたふたりが、その後どうなったのかを。
知るものは、誰もいない。




07/02/10   了
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じつは、これが『リセット』の原型だったり。
だから、こちらの方が書き始めたのは古いのです。
でも、あちらの話が別で浮かんで来て、そのまま先に書き上げてしまったので、こちらはお蔵入りだったのですが。
しかも、以前書いた話にも被っちゃうから、さすがにアップはできないかな~とも考えていたのですが。
ついつい書き上げちゃってたので、もったいないかな~と(汗)。
まあ、パラレルなんで、勘弁してやってください(滝汗)。
少しでも、楽しんでいただけたなら嬉しいです。

07/03/30UP    
15/01/29再UP
-竹流-



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