愛の証
「はじめ…」
口吻けの合間に、彼がおれの名を呼ぶ。
まるで、何かを確かめるように。
おれは、答えを返す代わりに、彼の首に回した腕に力を込めて引き寄せると、その唇に自分の唇を押し付けて。ねだるみたいに、何度も何度も、軽いキスを繰り返すんだ。
手のひらに触れている彼の髪は、サラサラとしなやかで。
おれの上に重なる彼の素肌は、滑らかで温かで。
それだけでおれは、どうしようもない気持ちになる。
いとおしくて。
愛おしくて。
彼の高まりを身体で感じて、自分を欲してくれていることを純粋に嬉しいと思いながら、おれ自身もまた、彼を求めて高まっている。
これが、間違った感情だと、頭ではわかっているのに。
止める事が出来ない感情が、この世界に在るのは知っていたよ。
だからこそ、哀しい犯罪が起こることも、わかってた。
わかってたつもりだったんだ。
でも。
でもね。
愛してはいけない人を、どうしようもなく深く愛してしまうことが、こんなにも苦しいことだなんて、おれは知らなかった。
幸せであることに、罪の意識を抱き続けてしまうことがあるなんて、知らなかった。
いけないことだと判っているのなら、止めてしまえばいいだけなのに。
けれどそれだけは、絶対に出来ないんだ。出来るなら、とっくの昔に、そうしている。
出来ないから、苦しいんだよね。
こうして抱き合って、互いを求め合うことは、ただの欲望でしかないことぐらい、わかってる。
でも、その相手は、彼じゃないと駄目なんだ。
誰も欲しくない。
彼だけでいい。それ以上、何も望まない。
そう思ってた、はずだった。
なのに、おれは欲張りだから、最近、それだけじゃ物足りないことに気付いてしまったんだ。
この関係が、どれほどに罪深いものなのかを知っているのに。
残酷なおれは、彼との間に、確かな何かが欲しいと思っている。
焼き切れてしまいそうな、激しさで。
それでいて、祈るような、厳かな気持ちで。
こんなおれの気持ちを知ったら、彼はなんて言うんだろうな。
できるなら、何も言わずに罰して欲しい。
こんなにも深く犯罪者を愛した、愚かな、おれを…
「…もう、来て」
おれの胸に舌を這わせながら、繋がりあう部分を解していた彼は、その声に、つと顔を上げた。
「まだ、十分じゃないと思いますけど…」
「いいんだ。今すぐ、あんたが欲しい」
「どうしたんですか? 今夜は随分とせっかちなんですね」
言いながら、おれの顔を覗き込んできた彼は、それ以上、何も言わなかった。
ただ、おれの眦から零れ落ちている雫を、黙ったまま唇で拭ってくれた。
窓の外には、暗い空に大きな月が静かに浮かんで。そしてそれは、青白い光でおれのすぐ目の前にある男の姿を、ほの白く浮かび上がらせている。
彼は、少しだけ寂しそうに、微笑んでいる。
おれの考えていることが、わかっているみたいに。
そんな彼に、おれの中の何かが、狂おしいほどの想いを訴えるんだ。
誰よりも愛していると。
おれは、彼の頬にそっと手を伸ばすと、もう一度言った。
「早く来て」
そんなおれの言葉に、彼はためらうように。
「このままじゃ、かなり痛い…と思いますよ?」
「平気。おれは、あんたから受け取るものなら、全部欲しい。それが快楽でも、痛みでも」
おれの目の前の彼の顔が、一瞬、虚を突かれたような表情になった。と思った途端、おれは足を持ち上げられて、そのまま、彼自身に貫かれていた。
「ぅあっ、う…くっ、ああぁっ!」
無意識に、力いっぱいシーツを握り締めて。堪えきれない声が、食いしばった歯の間から零れ落ちてゆく。
揺さぶられながら、無理やり体内にねじ込まれてゆく熱い高まりに、身体は引き攣れる様な痛みを訴えていた。
でも、堪えられないほどじゃない。以前にも、覚えがある。
ただ、こんなに痛いのは久しぶりで、身体が震えた。
いつも、どれだけ大切に扱われているのかということが、身に沁みて判った気がした。
「はじめ… もっと、力を抜いて」
眼を開けると、彼もまた眉を寄せて、苦しげな表情を浮かべている。
「…たかとおも…いたいの…?」
力の入らない声で訊くと、彼はふっと困ったような笑みを漏らした。
「きみほどではないと思いますけど…あまり締め付けられると…ね」
そして、おれの唇にそっとキスを落とした。
「でも、きみが…ぼくから得られるものはすべて欲しいというのなら、ぼくも、きみが与えてくれるものなら、全部欲しいんですよ」
「たかとお…」
「まだ痛むと思いますけど…我慢してくださいね」
おれが頷くと、高遠はまた身体を起こして、腰を揺らし始めた。
彼が短く息を吐きながら、ゆっくりとおれを揺さぶりながら突き上げてくると、その度に、おれたちのつながりは深くなる。
少しずつ、少しずつ。
これ以上ないほどに、おれたちの繋がりが深くなる頃には、痛みとは違う感覚がおれを支配し始めていた。
確かな存在が、自分の中で脈打つのを感じる瞬間。
好きな人を受け入れられることの、その幸福感を、どう言葉にすればいいのか、おれは未だによくわからないんだ。
どんな風に、その想いをその感覚を、伝えればいいのか。
「すき… 好きだよ、たかと…」
ありふれた言葉を、ただうわ言みたいに繰り返す自分。その度に彼は、優しいキスをしてくれる。
「好き」だと言ってくれる。
でも、そんなんじゃ足りないんだ。
もっと、伝えたい。もっと、伝えて欲しい。
愛しているという、確かな証が欲しいっ。
「…ああ…たかと… もっと… もっと欲しい…」
「…欲張りですね…」
互いに荒い息を吐きながら、貪り合う。
決して綺麗な関係なんかじゃないのは、わかってる。
痛みも快楽も、この心も身体も、すべてを与え合って。
神経の限界まで感じ合って、これ以上ないほどに混ざり合って、溺れて。
なのに、おれたちは、何の証も残せないんだな。
こんなに、愛しているのに。
なあ、たかとお…
「はじめ…」
口吻けの合間に、彼がおれの名を呼ぶ。
まるで、何かを確かめるように。
今夜も。
もしかして、高遠も欲しいのかな。
おれたちが、確かに愛し合っていたという、証を。
いつまであるのかわからない時間に怯えながら、おれたちは愛し合う。
もしかしたら、これがおれたちに与えられた罰なのかもしれないね。
終わる日を覚悟しながら、それでも、離れられないことこそが。
ならば、互いの身体に記憶に、刻み込んでおこう。
後悔しないほどに、深く。
愛は確かに、ここにあったのだと。
繰り返し、繰り返し。
まるで祈りを、捧げるように。
08/06/16 了
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突発的に、浮かんでしまったので書いてしまいました(汗)。
久しぶりの裏ですね。
テーマらしいものが無くて、なんだかグダグダな気がしますが、裏なのでご勘弁を。
少しでも、楽しんでいただけたなら嬉しいですv
08/06/16UP
15/04/03再UP
-竹流-
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