こまった恋人



今にも、泣き出しそうな空模様を眺めていたきみが、ふと、呟いた。
「…あの、雲の切れ間の向うの空まで行けたら、どんな罪も許されるような気がするな…」
ぼんやりとして、本当にたった今、思いついたのだろう言葉。
けれどそれは、酷く重く、ぼくの胸に落ちてきた。

「なぜ、そう思うんですか?」
ぼくの声に振り向きもせずに、きみは窓に凭れかかって、ずっと空を見上げている。
「だってさ、すごく綺麗なんだぜ?こんなに曇って、今にも雨が降りそうなのにさ、あそこだけ抜けるような青空が見えてるんだ」
きみの言葉に誘われて、ぼくも窓から空を見上げる。

暗く垂れ込める雲に覆われた空。
その空に空いた、ほんの小さな隙間から、はじめの言う青空は覗いていた。
ささやかなその青空は、けれど、その先の無限の奥行きを感じさせるほどに蒼く、まるで、天の恵みを思わせる鮮やかなきらめきを伴いながら、陽の光を地上に降り注いでいる。

神の、国への、入り口のように。

ああ、本当だね。とても、きれいだ。
けれどきみは、許されたいと願うほど、罪の意識に苛まれているの?
ぼくといることに、そんなに罪悪感を抱いているの?
ぼくが、犯罪者だから…

「行きたいですか?あの空の向うへ」
ぼくの言葉を聞きながら、きみは何かを考えるように、少しの間、空を眺めていた。
そして。
「ううん、行かない」
きっぱりと、きみは言い切る。
「どんな罪も、許されるとしても?」
きみはゆっくりと、隣に立つぼくに顔を向けると、ニッコリと笑った。
「おれは、どんなに罪を背負っても、高遠と一緒に生きて行きたい。だから、空の向うになんか行かないよ」

きみは…

突然、抱きしめたぼくに驚いたきみは、暫くじたばたしていたけれど、やがて、諦めたようにおとなしくなった。
「こまった、恋人だなぁ」
ぼくの身体に、そっと腕を回して、そっと身体を預けてくる。

心外だな。
こまった恋人なのは、きみのほう。
ぼくを簡単に不安がらせて、そして、簡単に幸せにもしてしまう。
だから、罰として、このまま抱きしめていよう。
きみの、鼓動を感じて。
きみの、温もりを感じて。
ふたりで生きてゆこう。
罪を、背負ったまま。

さあああと、雨の音が聞こえ始めた。
空に空いた、神の国への入り口は閉ざされ、暗い雲だけが一面を覆う。

許されなくても、向かう先が暗闇でも構わない。
きみさえいれば、それでいい。
きみだけが、ぼくの、すべて。

「え〜と、たかとお?」
もぞもぞと、腕の中できみが落ち着き無く動き出す。
「なんですか?いい雰囲気なのに」
「あ〜〜〜、その、盛り上がってるとこ、悪りいんだけどさ…おれ、腹減った」

…まったく、こまった恋人だけれど…



05/10/02   了
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日記に書いていたSSS(スーパーショートショート)です。
これは、ある時空を見ていて、どんよりと曇った空の一角が晴れてて。
それでなんとなく書きたくなってしまったお話でした。
それだけのお話なので、中身も何もないです(笑)。
simpule sentence(雑文)なので、ご勘弁を。

06/01/22UP
−新月−

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