旅立ち
汽車が、蒸気を上げて、ゆっくりと動き出す。
おれも、一緒に歩き出してる。
あんたが、ガラスの向うで何かを言った。
なんて言ったの?
全然、聞こえなくて。
おれは、いやいやをするみたいに、首を横に振った。
あんたは、窓を開けようとしている。
おれは、すでに走っている。
そして、少しずつ、離されている。
窓を開けたあんたが、おれに手を伸ばして。
おれも手を伸ばして。
汽車は、どんどんスピードを上げていて。
ほんの一瞬だけ、指先が、触れた。
あんたが、何かを叫んだのに。
汽笛が、その声を掻き消してしまって。
聞こえないよ。
なんにも、聞こえないよ。
どんどん、はなされてゆくんだよ。
ねえ、いかないで。
おれを、ひとりにしないで。
約束、したのに。
息を切らしながら、ホームの端に立って。
離れてゆく、あんたを見ている。
あんたは、汽車の窓から身を乗り出して。
ずっと、おれを見ている。
あんたの黒い髪が、風に煽られて。
綺麗な顔が、よく見えないんだ。
酷く世界は、ぼやけてて。
今にも、消えてしまいそうなんだ。
黒煙を上げて、汽車は走ってゆく。
遠く、小さくなってゆく。
最後に、あんたはなんて言ったの?
その唇が、『愛している』と、動いたように思ったのは。
気のせいじゃ、ないよね?
はらはらと、零れ落ちてゆく。
温かい雫が、風にまかれて、空に舞う。
裾の擦り切れたスカートに、風をはらませながら。
真っ直ぐに顔を上げて。
汽車が見えなくなるまで。
見えなくなっても。
彼女は、いつまでも、そこを動かなかった。
遠くで、汽笛が、鳴っている。
必ず、帰ると、答えるように。
05/12/05 了
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これは、最初は戦争に出征するイメージのお話だったの
ですが、暗くなっちゃうんで、ラストを変えたお話でした。
もう、生きては帰って来れないのがわかってる死地に行ってしまうっていう。
…暗い。
うん、日記SSSなんで、こんな感じです。
06/04/25UP
−新月−
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