はじまりの朝




深い闇の中から、おれという意識が浮上すると、うるさいくらいの小鳥のさえずりが、耳を衝いた。
と同時に、瞼に明るい光も感じる。
ああ、もう朝なんだ。この明るさじゃ、結構時間が経っているのかも知れないな。
そんなことを考えながら、ぼんやりとした意識のまま目を開けると、むき出しの太い梁が縦横に走っている勾配のついた高い天井が、おれの視界に映った。

あれ? ここ、おれんちじゃないよな?

寝ぼけた頭はその答えを導き出さないまま、再びの惰眠を貪ろうとするのか、また瞼が重くなってくる。ベッド横の開いたままの窓からは、まだまだ冷たい朝の空気が、涼やかな風となって部屋に流れ込んできている。その度に、窓辺に掛けられた薄いレースのカーテンが、優雅な動きで揺れていた。
柔らかなシーツの感触が、心地良い。ベッドのスプリングもよく利いていて、まだまだ、夢を見ていたい気分にさせる。

…って、なんでシーツの感触が、直接肌でわかんだよ? えっ、あれ? おれ裸だし?!

そう思った途端、おれは一気に覚醒していた。
心臓が、突然、激しい動悸を刻み始め、ドクドクと、身体の中を流れる血流さえ感じられる気がした。
そうだ、昨夜のうちに、ここへ来たのだ。
ゴールデンウィークを利用して、泊りがけで遊びに出かけようと言って、このコテージ風の別荘を前々から予約して借りたのだ。
二日の夜のうちに、こっちまで来たんだったっけ。
ヤツの運転する車で、ヤツと一緒に。

そう、恋人の高遠遥一と、一緒に。

身体が、酷く熱い。冷たい風が、本当に心地良い。
きっと、顔だけじゃなくて、全身が真っ赤に染まってしまっているんだろうな、おれ。
そう考えただけで、胸の奥がキュッと締め付けられるような気がした。
思わず、身体に掛けられている毛布を掴んで、何かの代わりみたいに抱きしめていた。

昨夜、おれは、高遠に抱かれた。
きっと、そうなるだろうと、覚悟は出来ていた。
おれはこんなこと初めてだったし、男同士でどうするのかなんて、よくわかんなくって。
だから夢中で、必死で高遠を受け入れたんだ。
痛みは、確かにあったけど、高遠がすごくやさしくしてくれたから、意外と平気だった。
ちゃんと、おれもイケたし。
今だって、違和感は少しあるけど、別に大丈夫そうだ。
けど、思い出すだけで、死にそうな気がしてくる。だって、すんげえ恥ずかしいだろ?
ヤッテル時はさ、変な言い方だけど、ある意味一生懸命だったし、頭の中ぐちゃぐちゃだったから、何も考えてなかった。でもさ、こうして朝になってみるとさ、一体、どんな顔をして高遠に会えばいいっていうんだよっ! ってな感じで。
ああ、もう、口から心臓が飛び出してきそうなくらい、胸がドキドキしてる。顔が、身体が熱くて、どうにかなっちゃいそうだ。

目を閉じると、月明かりに浮かんだ、高遠の白い身体が瞼に映る。肌に触れた指の感触さえ、はっきりと身体が覚えてる。
「はじめ…」
今まで聞いたことも無いほどの、熱を孕んだ声で囁かれて。
あのときの高遠ってば、普段の何割か増しで色っぽいし。で、余計、煽られたんだっけ…



「はじめ? 起きてます…よね?」
不意に、耳元で当の本人の声がして、おれは飛び上がった。
見ると、高遠がおれの顔を覗き込むようにして、そこにいる。
今まで、絶対にいなかったぞ! ベッドの中にも、部屋の中にも、絶対にっ!
「うわあっ! た、たかとおっ?! どっから出てきたんだよ!!」
「なんですか、人をお化けみたいに。ドアからに決まっているでしょう」
拗ねた口調で言いながら、けれど、とても嬉しそうに微笑んでいる。
おれは毛布を頭から被った。だって、なんだか見ていられなかったんだ、恥ずかしくって。
何よりも、高遠の幸せそうな顔が、眩しくって。
なのに、
「はじめ? もしかして、身体が辛いんですか?」
とか、変なこと聞いてくるし。毛布の中でブンブン首を振ってやると、じゃあ、一体どうしたんですか、なんて言いながら、おれの身体を毛布の上から抱きしめてきた。
あんたは、おれの心臓を止めたいのかっ?!
壊れそうなくらいの激しい鼓動を感じながら、そのまま、おれが身体を固くしていると、
「おはよう、はじめ。もう、起きましょうね」
言うなり、この男は、強引におれの身体を抱き起こした。

…いや、前から知ってたけどさ。あんたの性格が強引なのくらいはさ。
はあ、こんなときまで強引なのね、あんたって人は…

咄嗟に毛布を掴んで、身体に引き寄せるようにしてベッドの上に座り込んだおれは、それを絶対離すまいと、高遠を睨んだ。
…つもりだったのに、そんなおれを見た高遠は、一瞬、なぜか非常に困った表情を浮かべた。
「…そんな格好で、しかもそんなに扇情的な顔をされちゃうと、ちょっと理性が危うくなってしまうんですけど… でも、今は朝ごはんの用意ができてるし。 …仕方がありません、早く服を着て、キッチンへ来てください」
むき出しのおれの肩にチュッと音を立ててキスをした高遠は、軽くおれの頭を撫でると、
「まだ、あと5日もありますから、そう、焦る必要もありませんよね?」
ずっと、ふたりきりですしね…
そして、意味ありげに微笑むと、そのまま部屋から出て行った。
え〜と、それって、どういう意味なんでしょう?
って言うか、あと5日、おれ、大丈夫なんでしょうか?
…たかとお、あんたってばストイックそうに見えて、実はそんなキャラだったんだ?
色んな想いが、おれの頭の中を掠めてゆく。

そう、おれたちのゴールデンウィークは、まだ、始まったばかり。

毛布を顔に寄せながら、まるで、女の子みたいに恥じらいに頬を染めて。
熱を増しながら降り注ぐ朝の光の中で、穏やかに充たされた幸福感に包まれて。
おれはそっと、笑みを、浮かべた。



06/05/02   了

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すいません、馬鹿なんです(泣)。
昨日日記に描いたはじめちゃんを今日見たら、『ゴールデン・ウィーク』と
引っ付いて、変なお話が浮かんでしまいまして。思わず書いてしまいましたよ…
ああ、腐女子の哀しい性なのね。
え〜、これは、いつものふたりとは別物のお話ですので、そういうことで。
この「はじまりの朝」って題は、ふたりだけの『ゴールデン・ウィーク』の始まりと、
ふたりの関係の本当の始まり、ってのを掛けてみましたv

06/05/02UP
−新月−

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