生きてゆく意味




いつまで、この生活を続けてゆけるだろう。
隣に眠るきみの安らかな寝息を聞きながら、ふと、ぼくは考える。

ふたりで暮らすこの生活は、とても静かで幸せで。けれど、どうしようもない不安を抱えていて、時折眠れなくなるときがある。

今夜のように。

部屋に差し込む月明かりは、冴え冴えと明るく、冷たい。
それは、胸の奥にしまいこんだ狂気を目覚めさせる、魔性の光。

いつか、失ってしまうのなら。
いつか、その日が来るのなら。

今、この手で奪った方が、いっそ楽になれるのではないかと。
そんなことを、ふと、考えてしまうんだ。

彼の首にこの指を食い込ませて、長くは苦しまないよう、口付けを落としながら最後の吐息までからめとってしまおうか。
それとも、切れ味のよいナイフで彼の胸を一突きにして。その肉の切れる手ごたえを、暖かい彼の血を、その匂いを全身で感じながら、すべてを奪ってしまおうか。

ぼくのこの両手は、人の命の尽きる瞬間を、陶酔とも喜びともつかない感覚の内に記憶していて。
そしてそれは、欲望という形で頭を擡げてくる。
その度にぼくは、ぼくの中にある『きみを殺して、すべてを自分のものにしてしまいたい』
という暗い想いをもてあましながら、眠れない夜を過ごすんだ。

もし、ぼくがそんな行動に出たとしたなら、きみはどうするだろう?
自分の首を締め付けてくるぼくを、憎むだろうか。
ナイフを振りかざすぼくを、責めるだろうか。
蒼い月明かりに、ぼんやりと浮かび上がるきみの寝顔を見つめながら、ぼくは考える。

いいや。

きみは、きっとその瞬間、仕方がないなと諦めたように、笑うだろう。
ぼくの頬に、力なくその指を這わせて。
もう、話すことの出来なくなった唇を震わせて。
「あいしてる」と、
ただ、最後にそう、ぼくに伝えようとするだろう。
何一つ、後悔なんかしていないと、知らせるために。

そしてきみは、一粒、綺麗な涙を零して動かなくなる。
そしてきっと、ぼくは後悔するんだ。
動かなくなったきみの身体を抱きしめて、もう一度、眼を開けて欲しいと、もう一度、ぼくの名を呼んで欲しいと、泣くだろう。

そこまで一通り考えて、ようやくぼくは息をつく。
やっぱり、きみを失えない。
きみの吐息を、きみの温もりを、感じられなければ生きてゆけない。
生きてゆく、意味が無い。
ぼくたちは、どんなに辛くても、ふたりで生きて、この道の行き着く先を見極めなくてはいけないんだろう。
そう、ぼくは納得して、やっと安心する。

眠るきみに手を伸ばして、その頬に掛かる髪を指でそっと払うと、きみは微かに身じろいで。
眠ったまま、幸せそうな笑みを口元に浮かべる。
それだけで、ぼくは、胸の中が温かくなる。

そうだね。
きみが、生きているから、幸せなんだ。
きみが、傍にいて笑ってくれるから、充たされているんだ。
それ以上に、なにを求めるというのだろう。

狂った欲望は、また、胸の奥で眠りに就かせて。
きみを抱きしめて、ぼくも、眠ろう。

いつの日か、離れるときが来るのだとしても、後悔しない。
そんな風に、生きてゆこう。
ふたりで。



06/10/09   了
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あ〜、マンネリ気味なのですが、たまに書きたくなるこういう話。
『生きてゆく意味』なんて、たいそうなタイトルがついていますが、
でもなんとなく、人が生きてゆく意味なんて、
誰かが傍にいてくれるからとか、誰かのためにとか、
そんな身近な理由もあったりするんじゃないかな〜と思ったからなのでした。

06/10/10UP
−新月−

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