気まぐれな猫




「どうしたんですか? 今日は元気がありませんね?」

そう言って高遠は、ソファーの上でクッションを抱きかかえながら転がっている、おれの頭をなでた。
前から後ろへ向かって、繰り返し繰り返し、何度もなでる。
まるで、毛並みを整えるみたいに。
たったそれだけの高遠のやさしさにも、おれは胸がいっぱいになってしまって、切なさが込み上げてきてしまうんだ。
なんでかな?
今日はなぜだか、泣きたい気持ちが、朝からずっと胸の辺りにわだかまっていて、離れない。
別に、何があったわけでもないし、なんでこんな気持ちになってしまうのかは、自分でもわからないんだけど。

ただ、泣きたい。
そんな気持ち。

たとえば、静かな雨の降る、生暖かな、一人きりで過ごす夜のように。
たとえば、鮮やかな朱色に染まる、秋空を見つめているときのように。
ひどく感傷的な気分が、おれの中を満たしていて、わけもなく泣きたい。

「…たかとお…」

唇からこぼれ出る声も、まるで他人のもののように元気の無いのが、自分でもわかる。
元気だけが、おれの取り柄みたいなもんなのに。
なのに、自分でもどうすることもできなくて、余計泣きそうな気持ちになっていると、頭をなでていた高遠の手が、頬に流れてきて、止まった。

「甘えたい?」

何を思ったのか、唐突な、高遠の言葉。
咄嗟に、『そんなんじゃないやい』とばかりに首を横に振ったけれど、それを高遠はどう受け取ったのか、おれのすぐ傍に腰掛けると、ひょいとおれの頭を持ち上げて、自分の膝の上に置いた。
突然、細くて硬い高遠の太ももに膝枕をされたおれは、でも抗うわけでもなく、相変わらずクッションを抱きかかえながら、大人しく転がっている。
するとまた、おれの頭をなで始めた高遠が言った。

「まるで、猫みたいですねえ」
くすくすと、なんだか楽しそうに、笑って。

それを聞きながら、
『猫科なのは高遠の方なんじゃねえの?』
と、おれは思うんだけど。
でも、おれもそうなのかな?
その時によって、ころころ気分は変わるんだ。本当は甘えたいのに、反抗してみたり。そうかと思えば、妙に素直なときもあったり。急に、泣きたくなったり。
まるで、気まぐれな猫みたいに。

撫でてくれている高遠の手のひらの感触が、気持ちよくて。高遠の膝枕からは、ぬくもりが伝わってきて。おれの中の泣きたい気持ちが、少しずつ落ち着いてくる。
どうやら、おれにとって、高遠の効果は絶大であるらしい。もしかしたら高遠は、おれの気持ちぐらいわかってて、こうしてくれているのかもしれないな。

…おれが元気なかったら、とりあえず甘やかしとけってか?
いや、それはおれの穿ちすぎか?

まあ、いいや。
なんだか落ち着いたら、今度は眠たくなってきた。
そうだな、このまま高遠の膝の上で眠ってしまうのもいいかもな。
ちょっとばかり、硬いけど。

高遠の膝枕で、大きなあくびをひとつしたら、
「眠くなってきたんですか? 本当に猫みたいですねえ」
なんて、また高遠が言うから。

「にゃあん」

一声、鳴いてやった。



07/03/05    了
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なんとなく、猫で。
ひ…膝枕萌え?
う〜ん、簡単なお話で、申し訳ない(汗)。

−新月−
07/03/06UP

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