催眠術その後






「なあ、たかとお…」
「なんですか?」

不意に背後からかけられた声に、高遠はいつもと変わらない穏やかさで返事をした。
高遠が新聞を読んでいようが、本を読んでいようが、はじめはいつもお構い無しに声を掛けてくる。大抵そんなときは、暇だからかまって欲しいという、可愛い要求がその裏には隠されていたりするから、高遠は決して邪険にしたりはしないのだ。

また、かまって欲しいんですかね?
この時もそう考えて、読んでいた新聞を置いて愛想良く振り返ったのだった…が。

「この写真、なに?」

振り返った途端、目の前に突きつけられたのは、秘蔵中の秘蔵の、はじめのマル秘写真ではないかっ!
「こ、これはっ!」
咄嗟に取り返そうと手を伸ばしたのだが、普段からは考えられないような素早さで、はじめが一瞬早くそれを引っ込めた。

「そ、それを、一体どこから?!」
すでに高遠の声は上擦っている。まさか、見つかるとは、思ってもいなかったのだろう。
「…あんたがいつも使ってる、サイドテーブルの…二重底の中から…」
答えるはじめの声は、まるで地獄の底から響いてくるかのように暗い。

「ど、どうして?」
「わかったってか? あんたが、この間から寝室でひとりでいるときに、こっそり何かを見てるのは気付いてたんだよね。おれが行くと、不自然に隠すし」
迂闊だったと、高遠は心の内で臍をかんだ。
「でも、どうして…サイドテーブルの中だと…?」
「何かを隠したけど、その後、一度も部屋から出ないで…そのまま、おれと…やっちゃったりしたからだろ! あの状況で隠せるっつったら、ベッドの下かサイドテーブルしかないじゃん! 大体が引き出しのあんな簡単な仕掛けぐらい、すぐにわかるっちゅーの!!」
「…さすがはIQ180ですね。いや、感心しましたよ」
「…おだててもダメだかんな…」

はじめが、なんだか怖い。
心なしか、目からは暗い光が放たれている気さえする。今、はじめの背後に効果音をつけるとするなら、『ゴゴゴゴゴゴ』、これしかないだろう。
高遠は、蛇に睨まれた蛙よろしく、冷や汗を大量にかきながら、
「ご、誤解ですよ」
などと、一体何が誤解なのか、よくわからない事を口走っている。
と突然、目の前に立つはじめの口元が、「へっ」と、不敵に笑った。なんだか、酷くやばそうな空気むんむんだ。

「なあ?」
「は、はい」
「これ、いつ撮ったの?おれ、記憶にないんだよねえ。寝てんだったらまだしも、これ、立ったまま全裸じゃん。一体、どういうこと?」

非常に痛いところを突いてきた!
と思ったが、ここで素直に白状しても、許してくれるはずが無いのはわかっている。というか、言ったら、きっともっと怒り出すに違いないのだ!

どうする? どうする、たかとおっ?!


つづく?


07/01/28 日記



「…それは…きみが寝ぼけてたんですよ…」
「はあ? おれが寝ぼけてたぁ?」
「そ、そうです!」

咄嗟に口をついて出た言葉だったのだが、我ながらなんの捻りもない言い訳だと、高遠は内心、頭を抱えたくなっていた。
だが、このまま誤魔化しきるしかない!
口が裂けても、
「催眠術かけて、きみを裸にむいてみましたv」
などと、白状してはいけないのだっ!!
そんなことを口にしようものなら、どんな恐ろしいことになってしまうのか、ほんのり想像がついてしまいそうなところが余計怖い!!
しかも、自分がはじめに仕掛けたのは、実はこの写真どころの話ではない。そんなことが、もしバレでもしたら…
握り締めた手のひらを冷や汗でびっしょりと濡らしながら、それでも、鉄壁のポーカーフェースを貼り付けて、高遠は高らかに心の中で自分自身に宣言していた。

絶対に、誤魔化しきってみせる!『地獄の傀儡師』の名に懸けて!!

いや、それ、あんたのセリフじゃねーだろ、と突っ込まれそうだが、この際、そんなことはどうでもいいのだ。
とにかく、目の前で胡乱な『絶対、あんた、なんか隠してるだろ。てか、なんかやったに違いない!』的な眼差しで自分を見ているはじめを納得させなければっ。
そして、はじめに握られている写真を取り返さなくてはっ!(そこか!)

「おれが寝ぼけて、勝手に服脱いだってのかよ」
「…シャワーを浴びる夢でも見ていたんじゃないんですか?」

高遠の言葉に、はじめが少しひるんだような表情を浮かべた。今まで、絶対に高遠が何かしたと思い込んでいた(実際、されたのだが)のが、若干揺らいだ、そんな雰囲気だ。
よしっ! この調子だっ!!
高遠は、内心、ガッツポーズをしていた。

「…でも…なんで、それを写真になんか撮ってんだよ… そん時、あんたも起きてたってことだろ? それって、なんか変じゃん…」
流石ははじめだ。あっさり納得はしてくれないらしい。きっと、彼の中で何かが引っかかっているのだろう。いつもの「違和感を感じる」というやつか。
だが、高遠も負けてはいない。
「きみが起き出して、ごそごそしだしたから目が覚めたんですよ。声をかけても反応は無いし、とても無防備で可愛かったので、傍にあったデジカメで思わず撮っちゃったんですよねv とても、綺麗に撮れているでしょう?」

ビバ、自分v
高遠は、自らの唇から、滞ることなく滑らかにこぼれ出てくる嘘に、感動すら覚えていた。
この調子でなら、はじめをうまく丸め込んで、そのまま、ベッドにもつれ込むことも可能かもしれないっ!
そしたらそのまま、写真のことなんか忘れさせてしまえばいいのだ!!
と、はじめが聞いたら、速攻で暴れだしそうなことを、しれっとした仮面の下で高遠は考えていた。
まったく、とんでもない男なのである。

「…じゃあさ…」
「なんですか?」
先ほどまでの勢いとは逆に、口調が重くなってきたはじめに対して、妙に明るく返事を返す高遠。まるで、勝利を確信しているかのように。
だが、そこに油断があったのかもしれない。

「なんでこれの背景、ピンクの靄っぽいんだ?」
突然、はじめは話の流れを変えようとするみたいに、違うことを聞いてきた。
「それは、パソコンに取り込んで加工したからですよ」
気を張って誤魔化している部分とは、違うことを聞かれたからなのか、高遠も本当のことを答えている。
「加工?」
「バックが暗い部屋のままじゃ、つまらないでしょ?せっかく、こんなに可愛く撮れているのに」
「じゃあ、別にこうしてプリントアウトしなくても、パソコンで見てればいいのに、何でわざわざ寝室でこそこそ隠れて見てたわけ?」
「そりゃあ、このときのことをイロイロ思い出して、おかずにするため…」
と、そこまで口走って、高遠ははっと我に返った。はじめの誘導に引っかかったと気がついたときには、遅かった。妙に鬼気迫る気配が、はじめからは漂ってきている。
もう、怖くてはじめの方を見れない。

「へえ、『このときのことをイロイロ思い出して』ねえ。ふ〜ん、寝ぼけたおれを撮ったはずなのに、それ以外にも、何かあったってこと?」
はじめの声が、心なしか、またしても恐ろしげに響いてくる。
「そ、それは…気の回しすぎというものですよ…」
慌てて言いつくろってみるが、高遠の声には、さっきの明るさは無い。しかも、はじめと視線を合わそうとしないその態度は、あからさまに怪しすぎる。

「ふ〜ん、そうなんだ? でも、おれとしょっちゅうヤッテんのに、まだ足んなくて、おかずにしちゃってたりするんだろ?」
「い、いや、それは……最近はじめが、1日に1回しか許してくれないから…」
あまりにも動転していたせいだろうか、高遠の口からは、ついポロリと本音が零れてしまっていた。

びりびりびり。
紙の破れる音に、思わず高遠がそちらへと視線をやると、まるでブラックホールさながらの暗黒の気配を背負いながら、手の中にある写真をビリビリに引き裂いているはじめと目が合った。
あまりの怖さに、高遠はちょっと、泣きそうな気持ちになっていた。
もう、言い訳ひとつできそうに無い。

「…あんたって…あんたって人は… あんだけ毎日やっといて、そんなこと言うわけ? この、変態エロ魔人がっ!! 絶対、この写真だって、あんたがおれに何かしたに決まってるっっ!!!」
「は、はじめ、落ち着いてくださいっ! はじ…」

ふっと、明かりが消えた室内に、断末魔の悲鳴が響き渡った。

この後、高遠遥一氏がどうなったのかは…
皆さまのご想像にお任せするとしよう。



07/02/12 日記  了



日記SSだった、『催眠術その後』。
かなり遊んで書いているので、高遠くんがへたれになっておりますが、ご勘弁ください。
でも私は、こんな高遠くんも好きだったり…///
あ、石は投げないでください(汗)。


07/04/13UP
−新月−



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