七夕 V




「七夕ですね」
「…ああ、そうだな」

すっかり7月7日が何の日かを覚えた高遠は、今年もいきなりそんなことを言い出した。
この、いかにも東洋的なイベントを、なぜか気に入っているらしいのだ。
で、おれはというと、そんな高遠に、ちょっと引き気味だったりする。

いや、去年のことを思い出すとな。
何があったのかは…訊かないでくれ…

引き裂かれたふたりが、一年に一回だけ逢うことを許されるっていうお話は、確かにロマンティックだと思うんだけどさ。でも、元はといえば、仕事も忘れてイチャイチャしてたから引き離されたんだろ?
もしかして、これは教訓的な話なんじゃないかと、おれとしては思うわけよ。
イチャイチャするのも、ほどほどにってな。
なんか『ご利用は計画的に』なんて言う、どこぞの金融会社のCMみたいだけどさ。

まあ、こんな穿った考え方を持つに至ったのも、七夕だ何だのというイベントごとは何気に危険だと、おれの中でインプットされたせいに違いないけどね。
まったく、誰のせいだよ。純心だったおれを返せっての。

そんな警戒警報発令中のおれに、気付いているのかいないのか、相変わらずもの凄くマイペースに、高遠は話を展開してくる。

「今年も、逢えたんですかね?」
「そりゃ、逢えたんだろ? 年に一回は逢える約束なんだから、逢えなきゃ暴れるんじゃねえ?」
「どちらがです?」
「どっちも。なんせ今は、男女平等だからな。仕事のストライキぐらい朝飯前だぜ」
「なるほど」

納得の声を上げながら、高遠は、傍らに置いてあった紙袋をごそごそとやり始めた。
そう言えば、今朝から置いてあったそれを、おれが「何が入ってるんだ?」って聞いても、「秘密ですv」って言って、教えてくれなかったんだよな。
また、とんでもないことを仕出かさないといいけど…

って、高遠って、なんでこんなにおれの信用度ゼロなんだろう。
やっぱり、普段からの突飛な素行のせいだろうか。
考えたら不憫なんだけど、でも、何されるかと不安なものは不安だしな。

そんなおれの心配をよそに、高遠が取り出したのは、小さな竹の生えている鉢だった。
中華風なのか、和風なのか、かなり微妙なデザインの鉢に植えられたそれは、笹に良く似た葉を茂らせている。

「なにそれ?」
「ああ、笹の代わりにでもしようかと思って買ってきたんです。笹は、流石に売ってませんでしたから」
「へ〜、こんな竹の鉢が売ってるんだな」
「日本庭園は、海外でも人気があったりしますからね。ほら、色紙(いろがみ)もあるんですよ」
「うわあ、折り紙だぁ。懐かし〜」
「七夕らしく、短冊でも飾ってみようかと思いましてね。たまには、日本を懐かしんでみるのもいいでしょう?」
「うんv」

こうして、ふたりで日本を懐かしむのもいいなと思えるようになったのは、互いに余裕が出てきた証なのかな。
こっちに来たばかりの頃には、短冊なんていらないと、強がっていたのに。

なんとなく、二人で過ごしてきた時間の重みを、胸の奥で噛み締めたりして。
くすぐったいような、優しい気持ちになるのが、ちょっと照れくさい。

糊とはさみを使って、子供みたいに一生懸命に、ふたりで簡単な飾りを作って。
最後に短冊を書いて、ティッシュで作ったこよりを通して、その小さな竹の葉に掛けた。
クリスマスとは全く趣の違う質素な飾りは、けれど、ふたり分の願いを抱いて、月明かりのあたる窓辺でサラサラと音を立てながら、風に揺れている。

「なんて書いたんですか?」
「願い事は、人に言ったら叶わないんだぞ?」
「そうなんですか?」
「そうなの!」

ふ〜ん、そんなもんなんですか。
と、変に納得している風の高遠の横で、おれは内心、舌を出していた。
なんせおれは、『うまいもんを腹いっぱい食べたい』と書いたのだ。

明日、高遠が気付く前に、あの短冊は片付けよう。
そう考えながら、おれは、隣で空を見上げている高遠に、手を伸ばした。
不意を付かれたせいか、高遠が、驚いたようにおれを見る。
夜空に輝いている月と、同じ様な色をした眼差しが、おれを見つめる。

「はじめ?」
「あんまりジロジロ空を見上げてちゃ、織姫と牽牛に失礼だろ。あんたの相手は、ここにいるんだから」

おれは、かなり嬉しかったんだ。
高遠の、心遣いが。
遠く離れた日本を思い出させてくれた、ただそれだけのことであっても。

高遠の首に腕を回して、引き寄せて。
おれは、目を閉じた。

やっぱり、本当の願いは、この胸の中にしかないんだ。
だから、たかとお。
叶えてよ。

唇を重ねて、口移しで想いを伝えて。
あんたのその瞳の中の、決して欠けることのない月に、おれは願いを掛ける。

夜空に瞬く、ベガとアルタイルのように。
いつまでも、おれだけを、愛していて欲しいと…




07/07/07   了

________________

七夕シリーズ第三弾ですね。
一応、一作目から続き物みたいになっていたり。
一年に一本なので、書き様もその時によって随分違うんですね〜。
来年も、書けたらいいけどなあ。
ネタがあるかどうかが、びみょ〜なところです(汗

こんなお話ですが、少しでも、楽しんでいただけてたらいいなv

07/07/07UP
−新月−


もどる