上機嫌なパレード




開け放したままの窓から流れ込んでくる、ほんのりと冷たい風は、心地よくおれの髪を揺らしている。
カーステレオからは、さっぱり言葉のわからない軽快な音楽が流れ続けていて。
おれの隣で、高遠はハンドルを握りながら、流れてくる曲に合わせるように、その綺麗な白い指先を、とんとんとリズミカルに動かしている。
空はこれ以上ないほどに晴れ渡っていて。
どこまでも深く澄んだ蒼が広がる空には、明るく輝く太陽の光がまぶしくて。そしてそれは、目の前に続くまっすぐな道を照らしている。

ほとんど対向車も来ない広い道を、今、おれたちはふたりで飛ばしているんだ。
ガソリン満タンの黒いボディのジャガーで、時速100キロは、軽く超えている。
視界には、地平線が見えるどこまでも続く広い大地と、雲ひとつない空。
乾いた大地の黄色と蒼い空のコントラストが、絵に描いたみたいに綺麗で。
いわゆる。
最高にご機嫌な天気と。
最高にご機嫌な音楽と。
そして、最高の恋人と。
最高に上機嫌なドライブってやつだ。

後ろの座席に置いてあるバスケットには、ハムやら、チーズやらチキンやらを挟んだサンドイッチと、おにぎりと、そして、ワインとコーラが積んである。
おにぎりなんかは、米を買ってさ、高遠が作ってくれたんだぜ?
今はどこででも、米とか日本食が手に入るから便利だよな。インターネットで取り寄せも出来るしさ。
ただちょっと、値段の高いのが難点なんだけど。
でも、高遠はそんなこと気にもならねえみたいだ。
「食べたいものを食べればいいんですよ」って、金に糸目はつけないんだよな。まあ、食いもんに限らず、何でもそんな感じ。
おれが、「これってちょっと高すぎねえ?」なんて言おうもんなら、「はじめって、意外と細かいことが気になるんですねえ」と来る。
なにそれっ? 
ったく、どういう育ち方したら、そんな感覚になるんだよ。てか、おれが庶民派すぎんのか?
ええ、ええ、どうせおれは、小市民ですよ。フンだ。

あ、なんか今、高遠がこっちを見て笑ったぞ?
…考えてたことが、顔に出ちまってたのかな? 
高遠ってば、何でもお見通しなとこがあるからな〜。油断ならねえっていうか、おれがわかりやす過ぎるのか?っていうか、なんていうか…
もう、そんな楽しそうな顔して、こっち見るなってっ。照れるだろうがっ。
何、くすくす笑ってんだよ。
前見て運転しろっての。

おれがぶーたれた顔して見返してやったら、はいはい分かりましたとでも言いたげに、少しだけ肩をすくめて。
そして、相変わらず軽やかに指先でリズムを刻みながら、前に向き直った。
おれは、そんな高遠を見ながら、彼の漆黒の髪が風に揺れて、白い頬や首筋に纏わりついているのが、妙に艶かしいと感じていた。

そう、おれを見つめる、高遠の眼はいつも優しい。
普通の夫婦なら、そろそろ倦怠期のひとつも来てもおかしくないくらいの時間を、ふたりで過ごしてきたけど、高遠がおれを見つめる眼差しは変わらなかった。
どんだけラブラブなんだよって聞いたら、きみこそ、いつまで経っても恥じらいが抜けませんよねって、返されるし。
何言ってんだよって言ったら、くすくす笑って、ほら、もう紅くなってるでしょ?いつまでもウブで可愛いですよね、ってキスされるし。
もう、なんなんだよ。
思い出すだけで、顔が紅くなっちゃうじゃん。
って、おれってやつは…

助手席に座ったまま、ひとりで勝手に紅くなったり青くなったりしているおれを横目に、高遠は穏やかな笑みを浮かべたまま、黙って車を走らせている。
その姿は、やっぱり見惚れてしまうほど、綺麗だと思うんだ。

今みたいにさ、何も言葉を交わさなくても互いの楽しさが伝わりあって、心地よい空気がおれたちの間にはあって。
傍にいて見つめあって、温もりを感じ合えてさえいれば、それでよかった。幸せだった。

こうして高遠の隣で、同じ風を感じて。
いつまでも、ただ一緒に、いたいだけだったんだ…


眩い太陽が、明るくおれたちの行く先を照らしてる。
それ以外は、もう選ぶことの出来なかった、海へと続くまっすぐな道を。

最高にご機嫌な天気と。
最高にご機嫌な音楽と。
そして、最高の恋人と。
幸せな時間を、慈しむように、笑い合いながら。
まるで、陽気なパレードみたいに。

おれたちは、どこにも戻らない旅に、出かけた。



07/10/14  了
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明るそうなお話と見せかけて、フェイント。ですか?
久しぶりにNOVEL用に書いたので、文体が変かもですが、
しかも、微妙に暗い話で、ご勘弁ください(汗)。
「パレード」なのは、「思い出」を引き連れているという理由で。

−新月−
07/10/14UP

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