ささやかな日常





「あっ、はじめ、ケチャップがついてますよ」
おれの頬を指しながら、高遠は、なんだか妙ににこやかに、言った。

真っ昼間のカフェレストランで、昼食を摂っている最中だった。
ここは、ふたりで時々来るカフェでさ、来るといつもおれは、同じ物を頼んじまうんだ。高遠は、それなりに色々試してるみたいなんだけど、まあ、軽いランチを出すようなところだから、メニューの数はしれている。
んで今日、高遠の前に並べられているのは、オーソドックスに紅茶とサーモンのサンドイッチで。そしておれの前には、いつものハンバーガーと、皿にたっぷりと盛られたチーズの掛かったフライドポテトとコーラが並んでいる。

「見てるだけで、おなかがいっぱいになりそうなんですけど…」
と、高遠はおれの頼んだポテトを見るたびにこぼすんだけど、いいじゃん、おれ、ここのフライドポテト大好きなんだもん。
「太っても知りませんよ?」
って言われてもさ、まだまだ若いからへーきへーキ。ってかさ、あんたももっと食べた方がいいんじゃないのって、おれは思ってたりするんだぞ?
そのくらい、高遠はあんまり食べない。
おれとしては、おれの体重なんかより、そっちの方が心配だってーの。それでなくても、細い身体してんのに。
まあ、細くてもそれなりに筋肉はついてるし、綺麗な身体してるとは思うけど…
とと、昼間から何考えてんだ、おれ。
ヤバイヤバイ、こういうこと考え出すと、なんでかすぐ高遠に気付かれちゃうんだよな。余計なこと考えずに、とっとと食っちまおう。冷めるとうまくないもんね。


ってな勢いで、ハンバーガーにかじりついていた時だったんだ。高遠に、ケチャップ云々と言われたのは。

「えっ? どこ?」
おれが、手で頬を触ろうとしたら。
「ああ、そこじゃありませんよ」
と、いきなりテーブル越しに引き寄せられて、頬を…舐められた。

……………。

人間、あんまり驚きすぎると、少しの間、固まって反応できないもんなんだな。
痛いくらい、おれは思い知った気がしたさ。
ああ、もう、全くね。
「えっ、えええええええええー!」
と、絶叫しなかった自分を、褒めてやりたいくらいだ。

「あ…あんた、いま…なにを…?」
かなり感情を抑えた声で、おれは言ったと思う。
怒りのためになのか、それとも恥ずかしさから来るのか、わなわなと身体を震わせながら。
なのに、目の前の高遠は涼しげな顔で。
「ごちそうさまv とっても、おいしかったですvv」
と、のたまってくださる。

えーと、ここって真っ昼間のレストランで、確か他にも客がいっぱいで、大っぴらにこういうことをするような場所じゃなかったよ…なあ?
なんて。
あまりの高遠の冷静さに、思わず、自分が何か間違ってやしないかと、今の状況を反芻してみたりして。

って、絶対おかしいって!
やっぱりここ、真っ昼間のカフェだってっ!!
おれはもう、怖くって周りを見ることすら出来ねえよ!!!

「たか…たかとお…」
すっかり、脳内パニックになっちまって。
たぶん、真っ青になってたんだろうなあ。てか、なみだ目になってたに違いない。
そんなおれを見て、高遠は慌てたように言い訳をし始めた。

「あっ、すみません。そんなに落ち込まないでください。いや、さっきからきみをジロジロ見てる女の子たちがいて、気に触ったものですから…」
「…だからって、昼間から、こんなところでほっぺを舐めるのかよ…」
「おや? ぼくはいつでもどこででも、きみにキスしたいと思っていますよ?」
すいません、愚問でした。あんたはそういう人でした。

「でも…だからって…」
「きみはぼくのものなんです。本当なら、誰にも見せたくないくらいなんですよ」
にこやかにそう言い切られると、何も言い返せない。
ひとつ間違うと、何をするのかわからない男だってことぐらいは、知っている。

「…もう今度から、ここ来れねえじゃん。ここのポテト…お気に入りだったのに…」
「大丈夫ですよ、キスぐらい誰も気になんかしてませんから。それでも、きみが気になると言うなら、フライドポテトくらい、ぼくが作ってあげますよ」
「ほんと?」
「ええ、本当です」
「毎日でも?」
「ええ、毎日でも」
こう来られると、仕方ないなあと思ってしまうあたり、なんだかんだ言っても、おれってば、やっぱ高遠に惚れてるんだよなあ。

「じゃ、勘弁してやる」
「よかったです」

目の前で、にっこりと綺麗に微笑む高遠を見ながら、きっと女の子たちが見てたのは、高遠の方なのになあって、おれは思うんだ。
でも、なんだかそれも癪に障るから、言わないけどね。
だって高遠は、おれのものなんだから///


はじめと高遠が店を出てから、彼らを見ていたというくだんの女の子たちが、なにやら額をつき合わせて話をし始めた。
女の子と言っても、十七・八くらいの少女たちだ。見た目は立派な女性である。それが、顔をくっつけんばかりに寄せ合って話している図は、なかなかに怪しい。

「じゃ、あたしの勝ちってことで」
「なんか悔しいっ」
「ああ〜ん、結構タイプだったのになあ、あのアジア系の細身の人!」
「あたしは、あのお眼目ぱっちりの男の子が、可愛くてよかったけどなあ」
一人を除いて、三人が残念そうな声を上げていた。

「だから、言ったでしょ」
ブロンドの髪の、ただひとり元気な声の少女は勝ち誇ったように言い放った。
「絶対に『ゲイ』だって。さ、あたしの勝ちなんだから、さっさと払いなさいよね」
周りの少女たちは、渋々といった体で財布を取り出している。
「ちぇ、10ユーロだったわよね」
「次は負けないからっ」
「ええっ? また、する気なのお?」
テーブルに3枚のコインが置かれ、ブロンドの少女が得意げにそれを手の中に収めていった。
何のことはない。どうやら、はじめと高遠が『ゲイ』なのかどうかを、彼女たちは賭けていたらしい。
「今日はあたしの一人勝ちだったから、ジュースくらいなら、おごってあげるわよv」
『今日は』というからには、いつもやっているのだろう。
陽気に、少女はウインクをした。


まさか、賭けの対象にされていたとも知らずに、一方的に(高遠に)恥ずかしい思いをさせられたはじめは、約束どおりに高遠が作ってくれるフライドポテトを、飽きもせず毎日食べていたせいで体重が増えてしまったという。
これもひとつの幸せ太りというものなのだろうか。

そんな、ささやかな日常のひとコマ。


07/10/18  了
08/05/10  改定

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日記に書いていた短編です。
ほんの少しだけ、書き直しました。

08/05/10UP
−新月−

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