reason




「自分の意思でなかったとはいえ、自らの手でたくさんの人を殺めてしまった男は、頭では、こんな自分は死ななくてはと考えていたのに、本心では『生きたい』と願っていたんだそうですよ。『生きて家族に会いたい』と。でも、そんなのは傲慢だと思いませんか? 所詮人は、自分のことしか考えない、残酷で強欲な生き物なんですよ」

どんな話の流れでこんな話をしたのか、もう覚えてはいないが、その時ぼくは、はじめにそんなことを言った。
別に、他意があったわけじゃない。ただ、思いついたことを、口にしてみただけだった。
本来ぼくは、人間のことをそんな風に見ているところがあるから。
当然、自分自身をも含めて。

「そうかなあ」
ぼくの話を聞いたはじめは、けれど、同意はしなかった。
「その人は、自分の意思で人を殺したわけじゃないんだろ? その上で、自分が何をしたのか自覚も罪の意識もあるんだろ? そして大切な家族もいると。じゃあ、仕方がないんじゃねえ?」

どうにもはじめの返事が納得できないぼくは、訊き返していた。
「どうして? 『こんな自分は生きていてはいけない』とわかっているのに、本心では『生きたい』と思っているんですよ? これは傲慢ではありませんか」
そんな風に、妙にむきになって言い返すぼくに、はじめは優しく笑った。
「人間ってさ、そんなもんなんだよ。わかってても諦めていても、死にたくないもんなんだ。ましてや、大切な人がいるならさ。人って、ずるくて傲慢で自分勝手で醜いけど、でも、そんな弱さを持った人間を、おれは愛しいと思うよ」
「なぜ?」
さらに問い返すぼくに、はじめは困ったように頬をかきながら。
それでも、変わらずに微笑んでいた。
「ん〜、どう言えばいいのかな。よくわかんねえけど、誰かのために死にたくないって人は、その誰かのために死ねる強さも持ってるんじゃねえ? 本来はとても弱い人間でもさ」
はじめの言葉に、ぼくは少し、何かがわからなくなる。
そんなぼくを見つめながら、はじめは言葉を続けた。

「逆に言うと、誰か大切な人がいるから、その人を悲しませたくないから、死にたくない…ってことになるのかなあ。あれ? なにを言いたいのかわかんなくなってきた。え〜っと。でもね、おれは、そんな人間が好きだよ」
「でも、それは…」
ぼくが言いかけた、たぶん否定に近いだろう言葉を遮るように、はじめは再び口を開いた。
「うん、わかってる。おれ自身も、そんな弱くて醜い人間の一人なんだよ。おれは、たかとおのことが好きだから。だから、あんたが何をしたか知ってるのに、絶対に死んで欲しくなんかないと思ってるし、おれも…死にたくない。あんたがいるから、一緒に生きていたい。そう願ってるんだ。それがいけないことだと知っているのにさ」
そう言って、少しだけ寂しそうな、表情を見せた。

一瞬、声が出なかった。
はじめの瞳は迷いなく、まっすぐにぼくの胸を射抜いてくる。
高遠はどうなの? と、無言で問いかけて来る。
真剣に。
ぼくがそのまま何も答えずに、ソファーに掛けたままの彼の腰を抱いて、まるで許しを請うようにその膝の上に顔をうずめると、彼もまた何も言わずに、ぼくの頭を撫でてくれた。
すべてを、許しているかのように。



残酷で傲慢で強欲で。
それは本当は、ぼくのこと。
罪の意識すらないぼくは、話に出てきた男よりも、きっと性質が悪いに違いない。
人の命の重さなど、ぼくは考えたこともなかった。すべては紙を破って捨てるほどに軽く、それは自分の命に対しても同じだった。
悲劇の後ろで、さらに悲しむ人がいることなど、考えたこともなかったんだ。

罪には罪を。
罰には罰を。

そう考えていたぼくは、いつかそれが自分の上にも降りかかることなど、何の感情も挟まずに当然のことのように、受け止めていた。
それは、決して愚かな警察などに捕まることではなく、きっと神からの天罰だろうと。
そう、理解していた、はずだった。

なのに、きみを手に入れて、この腕に抱いて。
ぼくは怖くなった。
きみを失うことが。
いつからだろう、きみのために『生きていたい』と願うようになったのは。
そして、それがいけないことだと、痛いほどに感じるようになったのは、きみがいるから。
自分もまた弱い人間なのだと思い知ったのも、きみがいるからなんだ。

「これは、罰なんでしょうか?」
きみの膝に顔をうずめたまま、呟くように問いかけた声は、酷く掠れていた。
それでも、聡いきみは、ぼくの言葉の意味をすぐに理解して、答えてくれる。
「違う…と思う。こういうのが『運命』ってやつなんだよ。だっておれ、後悔なんてしてないし、これからもきっと、しないと思う」
「『しないと思う』ですか」
ぼくが笑うと、彼も笑ったのが、彼の身体から伝わってくる。
「うん、これからのたかとおの努力にかかってんの」
「それは厳しいですねえ」

ふたりで笑って、こうしていることすら罪だとわかっていても、離れたくない。離したくない。
本当に、どれだけ人間は弱いのだろう。
重い罪を背負っていると、十分すぎるほどに自覚していてもなお、自分の幸せを手放したくない、なんて。
なんて醜いのだろうと、自分でも、思うんだ。
弱さゆえの醜さなど、以前のぼくなら許せるはずもなかったのに。

でも、その弱さを、きみは愛しいと言ってくれる。
受け入れて、許してくれる。
では、ぼくが生きる理由を、そこに求めてもいいだろうか。
きみがいるから、死にたくないと、生きていたいと。
きみを、何よりも自分よりも、大切に想っているから。

弱い人間として。
だからこそ、何よりも強く。




08/05/10
改定08/08/24
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日記短編に少し手を入れましたv
確か、「D.グレーマン」(字がわからんxx)のアニメのある一遍のラストをたまたま見て、
感じたことや、思ったことを書いたお話です。
相変わらずですが、少しでも、何かを感じてくだされば、幸いです。

08/08/24UP
−新月−

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