七夕 X
また、七夕の夜がやってきた。
今年もおれたちは短冊を作って、小さな鉢植えの中で大きく育った竹にそれを飾り付けた。
幸せそうな笑顔を浮かべながら、そのくせどこかしら、切ない痛みを胸の奥に感じながら。
それでも、いまだに飽きもせずに続けているところを見ると、おれたちは何気にこのイベントを気に入っているんだろう。胸の奥にある願いを、一年に一度だけ紙に書き記して星に願いをかける、この行事が。
けれど、おれたちの願いを飾り付けられた笹に似た音を風に揺れるたびに奏で続けている竹は、そろそろもっと大きな鉢に移し替えてやるか、それとも裏の公園のどこかに内緒でこっそり埋めにいってやるかしないと、根が鉢の中いっぱいになり過ぎて、しまいには枯れてしまうんじゃないかと心配になるほどに大きくなってしまった。とはいっても、元々鉢植え用の品種なのだろうこの竹は相変わらず細い。なんとなく、ひょろっとしたその印象が、どことは無しに高遠とかぶる。
と、話が脱線したな。うん、とにかくこの竹は、本数が増えて背が高くなりすぎたんだ。植え替えるか株分けしてやるかしか、生き残る方法はなさそうなくらいに密集して、根が土を押し上げてきている。
でも、もしかしたら高遠は、この竹がこのまま枯れてしまうまで、この小さな鉢の中に閉じ込めておくつもりなのかもしれない。いつも黙ったまま、少しだけ笑みを浮かべながら鉢に水をやっているその姿が、余りにも静か過ぎて。
何を考えているのか、まるで見えない。
おれにしたって。
『このままにしてちゃ、枯れちまうんじゃねえ?』
と気軽に訊けばいいだけなのに、なんでか、ずっと口にできないでいる。
そう言えばさ、笹に見立てたこの竹に吊るしたお互いの短冊を、実はおれたちは見せ合ったことがないんだ。今まで、一度だって。
それは、おれが最初に『人に教えたら願いは叶わないんだぞ』、なんて言ったのが原因なんだろうと思うけど。
それを真に受けたのかどうなのか。ただ、高遠はおれのも見ない代わりに、絶対に自分の願いも見せてはくれない。
初めの頃は、ふざけ半分で適当な願いを短冊に書いていたおれは、それで都合がよかったんだ。だけど、二人で月日を重ねて、高遠がおれには絶対に見せない願いを、それは幸せそうに微笑みながら竹に吊るすのを毎年見ているうちに、何でだろう、おれは不安になってきた。
以前、高遠は言ったんだ。『願いは叶いました』と。
では、今、短冊に書かれている願いは、一体なんだというのだろう。
何が書かれているんだろう。
気になるのに、勝手に見ることも、怖くてできない。
今年も空の彼方では、離れ離れだった恋人たちが、一年に一度だけ架かるカササギの橋を渡って愛を語り合うのだろう。一年もの空白を埋めるように、互いを求め合うのだろう。
一年にたった一度しか逢えない。
そんな恋人を、彼らは無条件で信じていられるんだろうか。不安はないんだろうか。
ただ逢える日を指折り数えて、孤独な364日を過ごす。
そこにどんな想いが存在するのかなんて、おれには想像もつかない。けれど当人たちは、案外それでも幸せなのかもしれない、と最近、考えるようになって来た。
小さな鉢の中で、限度を越えて育ちすぎて、ぎゅうぎゅうに根を張り巡らせ絡まり合い過ぎて、最後には窒息して枯れてしまう。
そんな風に。
高遠の腕の中で、彼の腕で、そのまま息が止まってしまうなら。
やっぱり、それでもおれは、幸せだと思うに違いないんだ。
どんなに不安でも、すべてを信じられなくても、好きだと思う気持ちを止められないのなら。それがどんな結末を招いたとしても、高遠の傍にいられることこそが、おれの一番の幸せ。
不思議だね。
傍から見ればどんなに不幸に見えたって、当人たちが幸せを感じているのなら、そこには確かに幸福があるんだ。そして、その逆も。
それがわかる程度には、おれも大人になったのかな。
なあ、たかとお。
短冊が風に揺れている。
おれたちの願いを抱いた、笹に似た葉を茂らせた竹は、今年も開け放たれた窓の傍で風に揺れながら、涼やかな葉擦れの音を立てている。
来年もこの竹が、今年と同じようにここで揺れてくれている未来を、ただ信じていよう。
窮屈になった小さな鉢の中で、それでも懸命に生きていることを、信じていよう。
きっと来年も、おれたちはここでふたりで、変わらずに暮らせている。
そう、願い続けよう。
七夕が来るたびに、おれは、不安定なおれたちの未来を想う。そして、強く強く願うんだ。
一分でも一秒でも長く、と。
他に何もいりません。
どうか、彼の傍にいられますように。
どうか、彼も同じ願いを抱いてくれていますように。
どうか。
どうか。
高遠が笑う。
とても幸せそうに。
その笑顔が、何かを諦めてしまっている気がして、おれは怖いんだ。
まだ、願いは叶っていないよ、たかとお。
もっと、欲張って。
もっと、おれを欲しがって。
おれの身体も心も命も全部、あんたのものだと、言って。
そしていつか、ふたりで星になる日が来たら、願いは全て叶ったと、そのときに言って。
小さな鉢の中で、おれたちはささやかな幸せを刻む。風に揺れながら、不安に震えながら、譲れない願いを胸に抱いて。
今年もまた、遠い星空を見上げている。
11/07/07(木)
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お久しぶりです。
本当に久しぶりの新作なので、よくわからないお話に仕上がっている気がしますが
これが今の、精一杯…
11/07/07UP
−新月−
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