また、七夕の夜が来る。
一年に一度だけ、カササギの橋が天空の川に掛かる。
おれたちの部屋にあった笹に似た音を立てていた竹は、じつは向かいに住んでる大家さんが、別荘の庭に日本庭園を作りたいと株分けしてもらって行ってくれたんだ。
今はまた、以前と同じようなこじんまりとした小さな竹が、窓辺で涼しげな音を立ててゆれている。
高遠は、合いも変わらず静かに微笑みながら、それに水をやっている。
「ああ、はじめ。今年は京都から和紙を取り寄せてみたんですよ」
と、高遠が差し出してきたのは、色とりどりの綺麗な日本らしさの漂う和紙。花柄や、色とりどりの微妙に厚みの加減が違う紙が並べられた。
「まさか、七夕のためだけに日本から取り寄せたのかよ?」
というと、嬉しそうに何も言わずに、彼は笑った。
今は本当に何でもNETで手に入るから、世界中のどこからでも取り寄せが出来ることを不思議ともなんとも思わなくなったけど。たかとお、宛名はちゃんと気をつけたのかい?
まあ、あんたのことだから、万全は期してあるんだろうと思うんだけどさあ。少しだけ不安になるのは、仕方の無いことなんだろうな。
笹に似た竹の葉に綺麗に飾りをつけて、決して願い事は見せ合わないで、おれたちは、願いを掛ける。
最近、何でそれが寂しく感じるのか、高遠にはずっと言わずにいたんだけど、とうとうと言うか、おれにもついに限界が来た。
「…たかとおは…いつもなんて書いてあるの…?」
「えっ、教えたら叶わないんじゃなかったでしたっけ?」
…やっぱり、おれが適当なこと言ってごまかしたのを、未だに真に受けてるんだ。
「ごめん、それ、あの時適当に言った、おれの嘘だよ」
そう、おれが本当のことを言うと、やっぱりという顔をして、高遠はおれを見た。
「それでも、教えられません。見せないと、あの時誓ったのですから」
何に誓ったのかは知らないが、高遠は何かに願を掛けたらしい。だから、見せてくれないんだ。
以前、願いは叶ったと言った高遠。
そして、願を掛けているからと願いを見せてくれない高遠。
竹はまた以前みたいに小さくなって、風に揺れているよ?
大きく枯れそうになっていたときとは、また違うよ?
でもやっぱり、書いている願いは、きっと同じなんだろうね。
そんな気がした。
そしておれも同じ願いを掛ける。
来年もまた、同じように、彼と二人で…と。
もしかしたら、おれたちが願っていることは違うことなのかも知れない。
同じ想いでいながら、違うことを願っている。でも、…
彼が幸せそうに、空を見上げるから、おれもまた見上げる。
遮るものの無い窓からは、雲ひとつ無い綺麗な星空が一面に開けている。
夏の大三角が、月の無い夜空に浮かんでいるのが視える。
でも、夏の大三角のうちのひとつは、もう、壊れてしまっている可能性があるらしい。って、前にニュースで言ってたのを聞いた覚えがある。
もし、そうだとするなら、おれたちが見ているのは、何百年もの昔の残像だ。
本当はもう、カササギの橋は必要じゃないのかもしれないよ。
それでも、わかっていても、見えている限りは真実だと、彼は信じたいのか。
それとも、この世の全てはゆめまぼろしなのだと、そう、言いたいのか。
わからないまま、一緒に空を見上げている。
今夜はとても綺麗に夏の大三角が見えている。
急に、高遠がおれの肩を抱いた。
「視えているものだけが、全てではないですよね?」
少し高い位置にある頭を、おれにもたせ掛けて、呟くように彼は言った。
うん、確かにそうだよ、たかとお。
おれは言葉にしないで、高遠の首筋に頬を擦り付けた。
この世界に、見えないものは数多い。
価値観や人の心や想い、なんて全部含んだら、一体どれだけの数になってしまうのか。
だからこそ、人は迷い悩むんだよね。
一番身近な人の心ですら、わからなくて。迷って、もがいている。
純粋に信じている者だけが、救われるんじゃないかと想うけど、人って、そんなに簡単じゃないし、強くもないんだよ。
『僕の願いは叶いました』
じゃあ、今年もたかとおは、一体何を願ったの?
結局聞き出せないまま、おれは指を絡めて、彼の手をしっかりと握った。
ずっと離さないでと、願いを込めるように。
それは、彼に伝わったかな?
何百光年離れている星よりもずっと強く近く、おれは、傍にいるんだよって。
H26/7/5(土)
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お久しぶりです。
久しぶりすぎて、PCも全部変わってしまって
使い勝手がわからなくて四苦八苦してます。
またちゃんと書けるようになったら
UPします。とりあえず、七夕なので。
H26/07/07(月)UP
新月