そして今夜も夢を見る



「もしも、ぼくが先に死んでしまったら、きみはきっと泣いてくれるんでしょうね。」

縁起でもないことを言うなと怒ったおれを宥めるように、あんたは優しい笑みを浮かべると、その白い綺麗な指先でおれの頬にそっと触れた。
すみません、と言いながら。
そのくせ、「でもね」と話を続けた。
「考えてしまうんですよ。その時きみは、どんな風に泣くのだろうかと、ね。」
なに訳わかんねえこと考えてんだよと唇を尖らせると、あんたは口元の笑みを深くしながら、手のひら全体でおれの頬を包んで、親指の先でおれの唇に触れた。いとおしげに、感触を楽しむみたいに。
そして、うっとりと呟く。
「きみは、前後不覚になってしまうほど激しく泣くのかしら。それとも、ただ静かに暖かで綺麗な涙を零すのかしら。」
「たかとお…」
おれの呼びかけにも気づかないのか、まるで別のところを見つめているような眼差しで、おれを見つめている。
やさしげに。
寂しそうな目で。
「ああ、でも悔しいな。その時、ぼくは死んでしまっているから、それを見ることはできないんですよねぇ。」

耐えられなくなって、もうそんなことを言うなとおれが涙ぐんだのを受けて、あんたはようやく口を閉ざした。
すみません、戯言にしては度が過ぎましたね。
おれの目元に溜まった涙に唇を寄せて、舌でそれを舐めとりながら小さく息を吐いて。
それから、おれの身体を強く抱きしめた。
本当にすみません…
申し訳なさそうに、もう一度、誤って。

おれは腕の中に閉じ込められていたから、どんな表情であんたがそう言ったのかはわからなかった。でも、なんだかその言葉が妙に切なげに聞こえた気がして、何か怖くて、おれは高遠の身体をしっかりと抱き返したんだ。
存在を、確かめるみたいに。
でも…

そこでいつも目が覚める。
全身にひどく汗をかいていて、そのせいで冷えてしまったのかガタガタと大きく震える身体を抱きしめると、おれは自分の汗で湿ったシーツに顔を埋める。まだ、辺りは暗い。
動悸が激しい。口から心臓が飛び出してきそうだ。
自分の意思とは関係なく、かなりのパニック状態を示す身体を宥めるように深呼吸を繰り返しながら、おれはそっと目を開ける。もう、眠りたくはなかった。

実はあの夢には、続きがある。それをおれは知っている。
次の場面では、高遠が眠っているんだ。
粗末な棺の中で。
そして胸の上で、いつもおれに触れていた綺麗な白く長い指を組み合わせているんだ。

参列者はおれの他には誰もいない、寂しい葬送。
白い花に囲まれている高遠の顔の横に、おれが真紅の薔薇の花を手向けると、色を失って白っぽくなってしまった彼の唇の変わりに、その薔薇はとても美しく映えて見える。
元々白い高遠の肌は、儚く青白く透けるようでいて、そのくせ、ひとつの固体としての重さを感じさせる不思議な存在感を保っている。それは、もう動くことのない物体としての存在感。
頬に額にと手を伸ばして触れながら、その冷たさを確かに感じていながら、おれはやっぱり信じられなくて、涙が出ないんだ。
これは偽者で、本当の高遠はどこかに隠れているんじゃないかと、そんな風に思えて。

前にもあったじゃん。別の人の死体を自分に見立てたことが。だからまた、警察の手を逃れるために、こうして手の込んだトリックを仕掛けてるんじゃないかと。
…思いたかったんだ。
本当はわかっていたんだ。
高遠は、こうなってしまうことを予想していたんだろうって。自分ひとりでなら逃げられたはずなのに、おれを置いて行くことができなくて、こうなることを覚悟したんだろうって。
警察の手が伸びていることに気づいていたのに、おれのために。
バカなたかとお…なんでおれも連れて逝かなかったんだ。
約束してたはずだろう?…おれも一緒にって…

あの時、泣ければよかったんだろうか。
なのに、おれはどうしても泣けなかった。
そうして、夜毎繰り返している。
あの日の悲しさを。
あの日の絶望を。

ねえ、たかとおは知ってた?
涙ってさ、なんでも自分の心を癒す効果があるんだってさ。心の痛みを和らげて、落ち着かせる役割を持っているんだと。でもそれは、辛かった出来事を、少しずつただの思い出にしてゆくってことなのかな。
だとしたら、これでよかったのかもしれない。
泣いて思い出にしてしまうなんて、痛みを薄れさせてしまうなんて、そんなこと。
きっとおれは、自分を許せない。

だから涙はとっておくよ。
またいつか、あんたに会える日まで。
その時、あんたに言ってやろう。自慢げに、胸をそり返しながらさ。
おれの涙は、悲しさを晴らすためにあるんじゃないんだぜって。お安くないんだぜって。
あんたはたぶん苦笑して。それから、なんて言ってくれるだろう。
寂しがり屋の高遠。
忘れ去られてしまうことが、ただの思い出になってしまうことが、あんたは一番怖いんじゃないだろうかと、おれは想うんだ。
それなら、あんたの言うべき言葉はただ一つ。
「ありがとう」
そう言って、嬉しそうにおれを抱きしめるだろう。そしておれは、ようやく安心して涙を零すことができるんだ。

そこまで考えて、ようやく身体の震えが落ち着き始める。
朝になったら、汗で湿ったパジャマとシーツは洗ってしまおう。天気がよければマットも干そう。
朝食のテーブルには、いつものようにコーヒーの入ったマグカップがふたつ。
彼が愛読していた英字新聞を、今はおれが広げて。
そうやって、一人であの頃と変わらない生活をおれは送っている。
おれは、忘れない。思い出にもしない、したくない。
おれの中で、あんたは今も生きている。

そして今夜も、夢を見るのだろう。
まるで何かに試されるように。
それでもやっぱり、おれは泣かない。絶対に。

泣けば少しは楽になれるかもしれないのに、強情ですね、きみも…
そう、嬉しそうに言う声が聴こえた、気がした。


10/10/25(月)
改定14/6/11(水)
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暗い話続きですみませんxx このお話を書いていた頃は本当に暗くって…
もうすこしまた、明るいのも頑張ります。 ヤング高遠くんも見れたことですしv
かわいいですよね~、ヤング高遠くんvv

14/7/21UP
ー新月ー


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