海辺にて
きっとこの想いは、愛よりも利己的で、恋のように軽くもなく、美しくもなく、汚れているわけでもなく、ただただ純粋なのだろうと思う事がある。
きみを見つめているだけで退屈はしないけれど、時折、誰にも見せたくなくて殺したくなってしまうんだ。殺して、グチャグチャにして原型も分からないくらいにバラして、食べてしまおうかと。
誰の目にも触れない所で、永遠に自分だけのものに…。
ぼんやりときみを見つめながら、そんな風に、ふと考えている自分に気づいて、ゾッとする瞬間が時折ある。
でもいつか、本当にそんな時が来て、ぼくが突然きみの首を絞め始めたとしても、きっときみは、ただ静かに微笑むだけなんだろう。
ああ、これで終わりなんだね、寂しいねって、そんな目でぼくを見つめながら。でも、責めるような眼差しなどこれっぽっちも見せないで、綺麗な涙を一粒こぼしてから、静かに目を閉じるんだろう。
そう、きっと、きみは。
「たかとう!カニっ!カニが居る!」
波打ち際で、海と戯れるみたいにきみははしゃぎながらぼくを呼ぶ。
楽しそうに、嬉しそうに。
そして、幸せそうに手を振っている。
眩い光が、水しぶきと共にきみを彩っている。
彼方では、青い空と海がひとつに解け合おうとするかのように、境界があいまいになっている。
そう言えば、今日は二人で海に来ていたんだった。
あまり人の来ない、岩場の多い海辺。
水が冷たいのと、海流が複雑なのと、岩が多いせいで、泳ぎや潜りにはあまり適さないせいなのか、今も、ぼくたち以外に人は見かけない。
人って、いる場所には腐るほどいるんですがね、と、ぼくは内心皮肉げに思う。人は何故か人のいる所に集まる性質でも持っているのか、と思うくらい、人混みが好きみたいで、ここは穴場と言えば穴場なのだろうけれど、ちょっと寂しいくらい人がいない。
でも、誰もいない海でも、君は気にせず一人ではしゃいでくれる。
どんな場所でも、二人で出掛けられるというだけで、きみは喜んでくれる。
ただ、お弁当はおにぎりが食べたいとか、サンドイッチも捨てがたいとか我侭ばかり言うのだけは本気で勘弁して欲しいんですけど。
いつも、そんなきみに閉口しながらも、ずっと早く起きて準備して、待っている自分。
でも本当は、そんな時間もぼくには幸福だったりするんだ。
こんなにも自分が世話好きだったとは、きみと暮らし始めてから、気付いたこと。
自分には似つかわしくもない、煌めく太陽と水辺に反射する光がまばゆい世界、弾ける水しぶき。そんな光の中で笑うきみの背中に、真白い翼がぼくには垣間見える。
それは間違いなく、幻覚や見間違いだとわかっていても、ぼくは思うんだ。
神様、あなたが本当に存在していると言うのなら、何故、天使をお遣わしになったのだろう。人の姿をした悪魔の元に。
そして何故、二人を出逢わせただけではなく、惹かれ合わせるようなことをなさったのだろう。苦しいだけになるかもしれない想いを、ぼくたちにお与えになったのだろう。
これがやはり罰なのかと奥歯で噛み締めながら、今が幸せである事も否定出来ないぼくは、感謝したいのか、後悔したいのか、どちらなのかすら分からない。
きみに触れていたい、きみを大事にしたい。甘やかしたい。
きみを殺して、食べ尽くして、独り占めしたい。
どちらの思いも同じくらいの比重で、この胸の中にはある。
そして、その思いの根本は、多分、どちらも同じ場所から来ている。
もしも、きみを殺して、ぼくが捕まったとしたら、ぼくが狂っているのかどうなのかは誰かが決めることで、おそらくぼくに決定権は無い。
でもこの想いの深さを、一体誰が理解できるというのだろう。好き過ぎて食べたいなどと、誰が分かってくれると言うのだろう。
いつか、この危いバランスが保てなくなった時、真実、ぼくはどうすればいい?
誰が止めてくれる?
きみは笑う。楽しげに幸せそうに。
覚悟しながら。
「そんなの、殺人鬼を愛した時から分かってる事だよ」
明るく言い放つ君の心は、何を見、考えているのか。
ぼくが、限界を向かえたら、何が起こるのかを知っているはずなのに。
神様、どうか願わくは、ぼくが彼をどうにかしてしまう前に、ぼくに罰が当たりますように。すでに、人では無くなってしまっているかも知れないぼくの、誰を殺しても平気でいられる精神を持つぼくの、これがきっと最後の良心です。
そんな願いを抱えたまま、ぼくははじめに手を振り返す。
「そんなにはしゃいでると転びますよ!」
そう言っている傍から、彼は盛大に水しぶきを上げて転んだ。
「大丈夫ですか、どこかぶつけませんでした?」
岩の多い磯の海辺。滑りやすいのは仕方のない事だろうけれど、子供でもあるまいに、器用にお約束通りの事をやってくれるきみに、内心笑いを噛み殺しながら、とっさにぼくは心配げな声を掛けてみせる。
ここで笑ったら、後で大目玉を食らうのくらい、わかってますから。
本当に、きみを見ていると退屈しない。
びしょ濡れになりながら、笑って起き上がってくるきみに、ぼくは微笑ましくなる気持ちを抑えられない。
「たんこぶ出来ちゃったかもしんね~。しかもびしょ濡れだ。」
頭に手を当てながら笑うきみに、ぼくはタオルを手に取ると、側に行くべく居心地の良い日陰から立ち上がった。きみの事だから、傍に行った途端、きっとぼくも同じくらい水浸しにされるんでしょうけどね。なんて、そんなことを考えつつも、ぼくは少し笑いながら、彼の元へと陽のあたる場所に向かって歩き出す。
ぼくの願いは悲愴で。けれど、今が幸せなのも、どうしようもない程の現実。
太陽が眩しい。
それは今までぼくが知らなかった世界。
きみはいつも、ぼくが知らなかった世界を、教えてくれる。
手を差し伸べて、こっちへおいでと誘ってくれる。
きみそのものが、ぼくにとって眩い存在なんだ。
彼を殺したくない。
悲しませたくもない。
幸せにしたい。一生。
それくらい大切な…。
でも、たぶんきっと、それは狂ったぼくでは叶えられない、願い、なのだろう。
常に心の中では危機感を抱いているくせに、幸せな一日を手放せないまま、今日も今日という日を過ごしている。
カモメだろうか。白い翼が目の前を、つと、通り過ぎた。
まるで、笑いかけるように。
人にも悪魔にも成り切れない自分を、それは。
了
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久しぶりに新作です。うわあ、マジ久しぶりに全部書いた。
しかし、うちの高遠くん、基本こういう人なので、だめな人はスルーで
お願いいたしますm(_ _)m
14/08/19(火)
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