赤い闇
鉄でできた刀はひどく重くて。
しかも、人の脂で汚れた刃は、もう突くことでしか、その本来の役目を果たすことはできなくなっていた。
けれどそれは、たくさんの人間が入り混じりながら戦う場所において、一人の人間としか対峙できないことを示唆している。
一人を倒したとして、突いた刃を引き抜く間に自分が倒されてしまう可能性はすこぶる高い。
それでも、戦わねばならないのだ。
生き残る可能性など、ありもしない戦いだとしても。
まだ年若い高遠は、大人たちに混じって、そんな戦いの渦中にいた。
すでに身体は傷だらけだったが、衣服に染みる血が誰のものかなどわからないほどに、返り血も浴びていた。
それが天賦の才なのか、大人も舌を巻くほどの剣さばきで、確実に相手を仕留めてゆく。
圧倒的な数の差を誇っていた相手も、さしもの鬼神のごとき立ち回りを見せる少年や、捨て身で掛かってくる武士たちに、気圧されていた。
手に重い刃は、人を切るたびにその重さを増してゆく気がしていた。
高遠とて、人を殺すことにためらいが無かった訳ではない。
でも、それは最初だけだった。
殺さなくては、殺される。
戦場に、感傷や罪悪感など何の意味も持たない。
優しい人間は、先に死ぬだけだ。
だから、彼は死んだ。
とどめの切っ先を相手の喉に突き刺しながら、高遠は一瞬だけ、その秀麗な眉をひそめた。
目の前の相手が声にならない声を上げ、もんどりうって倒れるのを、ただじっと見つめる彼の目には、何の感情も浮かばない。
首を狙うのが、一番確実で無駄が少ない。
突いて抜く動作に、もっとも労力を使わないのがここだろう。
ただしそれは、首の骨で刃が折れなければの話。
だが、と高遠は思う。
そんなことなど、どうだっていい。
どうせ誰も生き残れはしないのだ。
ならば、一人でも多く…
彼の弔いのために。
幼いころからずっと、共にいた。
これからもずっと、共にいるのだと信じていた。
だからこそ、自分が彼に対して、友情以上の気持ちを抱いていることを押し隠してきたのに。
こんな戦いさえ起こらなければ、きっとずっと、幸せでいられたはずだったのに。
誰が、壊したんだっ!
誰に対してでもない怒りが、感情を見せない瞳の奥で、確かに燃えていた。
それは、自分自身に対してかもしれなかった。
彼を守れないまま、ひとりだけ生き残っている自分に。
わかっている。
きっと誰も悪くはないのだろう。
互いに、敵という立場に立っただけだ。
彼は殺せなかった。
だから、殺された。
ただ、それだけのこと。
彼を殺した相手は、高遠が殺した。
ほかにもたくさん。
しかし、いったいいつまで、こんなことを続けていればいいのだろう。
目の前で幾度と無く、血飛沫が飛ぶ。
随分と長い時間、戦い続けている気がしていた。
「…はじめ」
疲れ果て、気力をも使い果たした高遠は、ついに膝をついて彼の名を呼んだ。
と、不意に今までの喧騒が嘘のように静まり返った気がした。
驚いて顔を上げれば、辺りには果ての見えない薄紅く暗い空間が広がり、靄が掛かっている。
今までいた戦場とはかけ離れた、静かな場所だった。
「ここは…どこ?」
疑問符をつけて口から零れ落ちた言葉は、けれど、ひどく穏やかに響く。
何も無い、誰もいない、孤独な空間。
しかし、ここがどこなのか、高遠はすでに気がついていた。
傷ついた身体のまま、血まみれのまま。
どこから運ばれてくるのか、空からは静かに、薄桃色の桜の花びらが降ってくる。
柔らかな花びらは、まるで祝福のように、高遠の髪に肩にと舞い降りてくる。
夢幻としか思えないその光景を静かに見ていた高遠は、何を思ったか、その一枚をぎゅっと手のひらに握り締めると、嬉しそうに微笑んだ。
「なんだ…ぼくはいつの間にか、死んでいたんですねえ」
もう一度広げた手のひらからは、握ったはずの花びらは消えてなくなっていた。
すべては、ゆめまぼろし。
恐らく、死んでいることにも気づかずに、幻と戦い続けていたのだろう。
ずっとずっと、気の遠くなるほどに長い時間を。
自分を許せないままに。
自分自身を縛り続けて。
「ああ、これでやっと、彼を探しに行ける。もう、戦わなくていいんだ」
しっかりと張り付くように握られたままだった刀を手放すと、高遠はゆっくりと立ち上がった。
身体の重さは、いつの間にか感じなくなっていた。
「はじめ、会いに行くから…必ずきみを…探し出すから」
歩き出した高遠の姿は。
やがて、紅い闇に溶けてゆくように、薄くなり始めていた。
10/03/08(月) 了
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以前のサイトを閉める前の、最後近くに書いた日記作文だった…ような?
そのときのTOP絵は「ILLUST」にあるはずですが。
刀を持って、黒い長ラン着てるやつですね。
結構、TOP絵に触発されて書いている話も多い気がいたします…
背景はこの話を書いたときのログですv
お話のイメージとしては、「白虎隊」でしたね。確か。
う~ん、日記作文はパラレル率、高いです。
-竹流-
14/11/09UP
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