春霞とでも言うのだろうか、妙にぼやけた空間に立っているなと思った。
「よう」と背後から声を掛けられて、振り返った瞬間、ああ、これは夢なんだと認識した。
声を掛けてきたのは金田一一、俺の古いダチで、もう何年も前から放浪の旅を続けていて未だに帰ってこない、いつまで経ってもいたずらっ子のような所の抜けない男だ。
そいつが、つい昨日も会った様な顔をして、以前のままの姿で、自転車に跨りながらバックパックひとつだけを背負った気軽ないでたちで、そこにいる。
ぽかんとしていると、
「なんだよ、こっちが声を掛けてるのに返事もなしかよ~」
と、トレードマークの太い眉をへの字に下げてみせる。本当に、変わらない以前のままの姿だ。
「…金田一、お前今、何所にいるんだよ?」
俺がそう声を掛けると、ごまかすような顔をして、へらっと笑う。こんなところも、全く変わっていない。時間だけが巻き戻ったみたいに。でも決してそうではない現実に、俺は戸惑いながら再び金田一に声を掛けた。
「おばさんも、心配してるぞ。美雪ちゃんだって…」
急に、何所かしら困った顔をして、それでも迷いの無い眼差しで、金田一は答えた。
「おれのことなら、大丈夫だから。母さんたちには元気そうだったって伝えておいてくれよ。美雪には…」
一瞬の間を置いてから、
「幸せになって欲しいと、言っといてくれ」
潔いくらいの言葉だった。
えっと思って、おれが次の問いを捜しているうちに、金田一はさて、とでもいう風に両手を上に伸びをひとつすると、ペダルに足をかけた。
「金田一、やっぱり行くのか?」
俺がそう言うと、ニカッといつものように笑って。
うん、おれそろそろいくわ。とでも言いたげに、最後におれに向かって軽く手を上げると、足に力を込めてペダルをこぎ始めた。
その姿には、まるで迷いが無かった。
ああ、お前は今、幸せなんだな。
金田一の、一度も振り返らない後姿を見送りながら、俺はそんなことを考えていた。
傍らにあった桜の花びらが、風に揺れて零れ落ちてゆく。
その向こうに、金田一が小さくなってゆく。
「お前はお前の道を歩いているんだな」
俺も、頑張らないとな。
自分もまた、金田一に習って大きくひとつ伸びをすると、別の道に向かって歩き出した。

草太はある日、そんな夢を見て、朝、目を覚ました。


15/04/03    了
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お久し振りです。
丸々一ヶ月ぶりの更新となってしまいましたが、とりあえずサイトは稼働中です!
今回は超短編で(簡単なお話で申し訳ない)、しかも草太の夢のお話という珍しい書き方になってしまいましたが、友人だったらたまにはこんな夢も見るんじゃないかなと。そして、たまには草太も出してやりたいなとw
他キャラをかくのも、たまには目新しくて良いです。

15/04/03UP
竹流


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