ひまわりの花
午後の紅茶の時間に、彼の好きな甘いお菓子も用意してドアを開けた。
これは、わりと最近出来た習慣で、彼はいつも喜んでこの時間を待っている。
のだけれど。
今日は珍しく、ぼんやりと窓の外を眺めながら、顎に手を付いて何事かを考えていた。
ああ、こんな彼は、久しぶりに見る。と、ぼくは思った。普段は、ぼくには見せまいとしている彼の姿だ。
よほど深く、思索に耽っていたのだろう。ぼくが部屋に入ってくるまで、彼は全く何も気が付かなかった。
「あ、たかとお」
もうそんな時間だったっけ?
とでも言いたげに、きみは笑って、ぼくに顔を向けた。
何事もなかったかのように、いつも、きみは笑う。
その笑顔の裏に、どれだけの葛藤や苦しさを抱えているのかなんて、ぼくには決して見せない。
はじめは、本当に優しい。
きっと、言いたいことや訊きたいことなんて沢山あるはずなのに、何も言わずに、ただ傍にいてくれる。
血にまみれた過去は、決して消えない。
血にまみれたこの手も、この身体も、決して綺麗になることはない。
それでも、はじめは何も言わない。
ただ、微笑んで、必要なときには抱きしめてくれる。
ぼくが人でいられるように。
以前のぼくには、戻らないように。
きみは何を想って、ここにいてくれているんだろう。
彼の周りにあった大切だったもの全部を捨てて、伸ばしたぼくの手を掴んでくれた。
血まみれの、殺人者のぼくの手を。
きみが、ぼくの犠牲になっているのなら、それはぼくの本意じゃない。
そう言いたいけれど、一度掴んだ手を、ぼくは離す事が出来ないでいる。
そして、狂った感情は、もっともっと、と、今以上を求めてしまう。
彼の身体を抱きしめながら、彼の身体の中は、その内臓はその血は、どれだけ温かくて気持ち良いのだろうと。
エスカレートしてゆく狂気に、自分でも、寒気を覚える。
きっと、はじめはすべてを理解していて、それでも分かってくれる。いや、分かっている。
何かを諦めながら、何かを失いながら、それでも、ぼくの手を離さずにいてくれる。
ぼくが最後に、何を求めるのか、何を選択するのかを、静かに待っている。
ぼくは君が好きだよ。
きっと、この先もずっと、きみ以上に好きになる人はいないだろう。
ぼくと対等以上に優れた知能を持ちながら、普段はそれを全く見せないきみだけど、きみ以上に興味を抱かせる存在など、この世界には存在しない。
それ以上に、きみほどぼくを惹き付ける存在なんて、この先どれだけ時間をかけても、見つけることは出来ないだろう。
きみだけ。
きみだけが、ぼくに一番近くて、一番遠い。
だからこそ、傍にいて、抱きしめて安心していたいのかもしれない。
気が付けば、油断をすれば、離れることなど考えられないほどに、ひとつになりたがる自分がいる。
でも、それは本当にぼくの本意じゃない。そう信じたい。
きみを大切にしていたい。掴んだ手を離したくない。抱きしめた温もりを、手放したくない。
もう、冷たい部屋で、狂った計画ばかりを考えていた頃には、戻りたくない。
「大丈夫だよ」
きみはそう言って、笑ってくれる。
「愛しているから。ずっと、たかとおだけを愛しているから」
きみはそう言って、ぼくに手を伸ばして、抱きしめてくれる。
でも、その腕が、時折、泣きそうに少しだけ震えていることに、ぼくは気が付いている。
ごめんね。
きみが苦しんでいることも、何かを諦めていることも、ぼくは知っている。
きっと、ぼくたちは、最後まで一緒には、いられない。
分かっているよ。
ぼくたちが、どれだけ苦しい恋をしているのかくらい。
もしかしたら、ぼくよりもきみの方が、苦しいのかもしれないね。
全部、ぼくのせいで。
ぼくはきみを抱きしめることでしか、その寂しさを紛らわせてやれない。
狂った頭は、それ以上を望むけど、ぼくは最後まで、きみの笑顔を、温もりを大切にしていたい。
このままでいけば、いつか恐らく、ぼくはきみを残してゆく事になるだろう。
約束は分かっているけど、確かにしたけれど、それを守れる自信はないんだ。
何の罪もない君を、一緒に連れてゆくことなど、出来るわけが…。
残してゆくものよりも、残されるものの方がつらい。
そう思っていたけれど、残してゆくのが分かっている方も、結構つらいものなんだなと、最近、理解出来た気がする。
いつかは分からない。けれど、いつか必ずその時は来る。
犯した罪を贖う日が。それは当然のこととして、ぼくは覚悟している。
こんなぼくでも、自分がしてきたことの自覚くらいは、あるんだよ?
後悔も懺悔も出来ない頭を持ったぼくでも。
すべては、神様の思し召し。
だから、はじめ。
そんなに思い詰めないで。
最初から、わかっていたことなのだから。
悪いのはきみじゃない。
そして、ぼくはもう、あの頃のぼくじゃない。
だから、笑って。
ぼくがいなくなっても、きみなら、きっと立ち直れる。
ティーカップの湯気の向こうで、笑顔を見せてくれるきみに、ぼくは心の中で呟く。
ごめんね。
でも、きみならきっと、大丈夫だよ。
だから、最後まで、笑っていて欲しい。
それがぼくの我侭だと、わかっていても。
きみの笑顔が好きだから。
ねえ、はじめ。
苦しい恋になると分かっていながら、ぼくに付いて来てくれたきみに、ぼくの手を掴んでくれたきみに。
ぼくがどれだけ感謝しているか、きみは知らないかもしれない。
いつかこの想いをきみに伝えるときこそが、ぼくの最後なのだろう。
それまでは、明るく笑っていて。
眩い、大輪のひまわりの花のように。
4/12/04 了
15/01/09 改定 face>
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はじめちゃんって、ひまわりなんですよね。竹流的に。
まだ、季節はずれですが。
すっくと大きくて、何があっても太陽を見ている姿が、なんだか被る気がして。
そんな風に、強く生きれたら、いいな。
つらい事があっても、弱音を吐きたいことがあっても、真っ直ぐに太陽を見ていられる。
そんな彼でいて欲しい。恥ずかしいことなんてないと、自分は間違っていないと。
理想です。
…実は竹流、日光アレルギーですから…。
15/05/30 UP
-竹流-
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