これが最後だとわかっていたなら



「行って来ます」
と玄関先で言いながら、ぼくを見送るために後ろからついてきている君を突然振り返って、顔中にキスの雨を降らせよう。
抱きしめて、君の頬の柔らかさや温もりを確かめるように、指を這わせて。
そして、誰よりも好きだ、大切だと、耳元で囁こう。
いきなりどうしたのかと、不思議そうな顔をする君に、微笑んで、何でもありませんよとぼくは言うだろう。
これが最後だとわかっていたなら、普段となんら変わらない顔をして、君とお別れをしたい。

…なんて考えていたら、涙が出てきた。

PCの前で、目を赤くしているのに気づかれたんだろう。
はじめはぼくの傍に寄ってくるなり、盛大にため息を吐いた。
「また、変な動画見てんだろ」
「変な動画じゃありませんよ!」
「でも、たかとおを泣かしちゃう様な動画なんだろ? そんなの見ちゃ駄目だって」
きっぱりとはじめは言い切って、ぼくの目を真っ直ぐに見据えた。太い眉が微妙に寄せられている。
だからだろうか、ふと、はじめならどうするのかと訊いてみたくなったのは。

「もし、ぼくと過ごすのがこれが最後だとしたら、君はどうするんですか?」
すると、「あ~、あの動画か」と理解したらしく、腰に手を当てながら自分の頭をワシャワシャと掻いた。
それから少し考えるように、う~んと腕を組んで、視線を泳がせた。
「ま、仮定の話として考えるなら、いつもどうりに、いつもと変わらない日を送るのか、それともメルロに電話して、その日はお休みをもらうな」
「休みをもらって、どうするんです?」
「あんたとずっと、ベッドの上で過ごす」
きっぱりと男前に、はじめは言い切った。
全くらしくないその答えに、一瞬目を丸くする。彼は、こんな大胆なことを言う若者でしたっけ?
ぼくの考えたことが伝わったのか、はじめは照れ隠しみたいに、頬をかいた。

「…何所にいても、その最後が来るんだとしたら、おれはあんたの傍がいい。なあ、そしたらさ、本当に最後のときが来たら、あんたは言ってくれるかな?」
少しはにかんだような、真剣なような複雑な色を瞳の中に浮かべて、君はその言葉を口にした。
「おれを愛してるって、言ってくれる?」
口調は、どこかしら不安げだった。

ああ、言葉なんて紙切れみたいに軽いものなのに、君はその一言が、欲しいんだ。
ぼくが決して口にしない、その一言が。

少し考えて、ぼくも君の頭をワシャワシャと撫でた。
「そうですね。本当にそのときが来たら、言うかもしれませんね」
「約束だかんな!」
わざと吐き捨てるように言うと、君はふいと横を向いた。
その頬は、少し紅くなっていた。

もしもこれが最後だとわかっていたなら…
わからないから、未来は常に明るく、そして同時に、暗く閉ざされてもいる。未来は決して誰にでも平等ではないんだ。
ぼくに殺された人たちも、明日という日が来ると、その瞬間まで信じて疑わなかっただろう。
ぼくは奪う側の人間なんだよ。はじめ。

「愛してる」
たとえそれが最後のときでも、ぼくがその一言を口にするだけで、君は安心するのだろうし、喜ぶのだろう。
そして、何の後悔もなく逝けると思うのだろう。

でもね、ぼくが「愛してる」というときは…



15/07/29     了

___________________
突発です。
なんとなく考えていたら出来た感じで。
絵日記につけようかとも思ったのですが、最近ちっともこちらを更新していないので。
超短編で申し訳ないのですが。
少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです。

15/07/29UP
-竹流-

ブラウザを閉じて戻ってください