注意書き
このお話を読むにあたって、以下の事を許せるという方のみスクロールして下さい。
このお話は死にネタです。
なぜか戦争ものです。
この世界に似てはいるけれど、全く違う世界のパラレルです。
かなり暗いです。
微妙に(?)アキヒカです。(でもプラトニック…かなあ)
最後には希望があります。(のつもりです)
駄目だと思われる方は、このまま「窓」を閉じてお戻りください。
君に伝えたい言葉
青白い月が天空に差し掛かっていた。
満月なのだろう、ほぼ真円に近い、不気味なほど大きな月だった。
深い密林の中、大きな木の根元に、二人の若者の姿があった。
一人は木にもたれ掛かり、もう一人はその腕の中に抱かれている。
木にもたれ掛かっている若者は、アゴのラインで切り揃えた真っ直ぐな黒髪を頬に纏わりつかせながら、腕の中の若者を気遣うように覗き込んでいる。泥にまみれ、薄汚れたなりながらも、月光に浮かび上がる凛としたその姿は息を呑むほどに美しい。ただ、その頬には幾筋もの涙の後がこびりつき、今もなお美しい黒曜石の瞳からは、絶えず新しい涙があふれだしている。
彼の腕の中の若者は、色素の薄い金色の前髪を持ち、一見、少女かと見まごうような愛らしい容貌を湛えながら、穏やかに、まるで微笑むように、その瞳を閉ざしていた。
二人が寄り添い月光に照らされる様は、一種の神々しささえ感じさせるほど、厳かな空気に満たされている。
突然、闇だけが支配していた空間の中に、雷が落ちたと思しき轟音が響き渡り、地響きとともに西の空が紅く染まった。と同時に、驚いた鳥たちがけたたましい鳴き声を上げながら一斉に飛び立ち、見えはしない夜の中をただ闇雲に飛び廻り始めた。
闇夜に決して飛ぶ筈の無い、色とりどりの南国の鳥たちが空を舞う。陽光の元でならば美しい光景に違いないのに、闇の中のそれは何故に恐ろしげで禍々しく、物悲しいのだろう。
黒髪の若者は少し顔を上げてその方角を見やると、疲れた瞳で悲しげに薄く微笑んだ。
「…ヒカル…もう、何処にも行けなくなったみたいだよ…本部も…やられたようだ…」
低く囁くように、若者は腕の中の若者に語りかけた。けれど、ヒカルと呼ばれた若者は答えない。静かに目を閉じたまま、彼はすでに呼吸すらしてはいなかった。
ヒカルの迷彩色の戦闘服は、黒くぐっしょりと濡れそぼっている。黒髪の若者…アキラの戦闘服にもそれはべったりとこびリついている。
ヒカルの血だった。
銃で撃たれたのだ。
彼らは兵士で、この緑豊かな大地は、戦場という名の墓場だった。
この世界では、もうずっと長い間、戦争が続いている。
一つの陸地を巡っての、争奪戦のような戦いだった。
奇妙に真実の見えない争い。
まるで実際に人間を使った戦争ゲームのようだというのは、あながち穿った見方でもないかもしれない。
この大地を一歩離れると、そこには嘘のように平和な日常がいつもどうりに営まれていた。
各国間では当たり前のように常に話し合いがもたれ、国交も問題無く締結されている。戦争をしているなどとは信じられないほどに、穏やかな世界が外には広がっていた。ただ、この陸地の処遇をめぐっての対立が続いているだけなのだ。資源の豊富なこの土地はそれを渇望する国にとって、確かに宝の山なのかも知れない。けれどこんな戦いをする必要が何処にあるのだろう。
不思議なことに、この戦いには決められたルールがある。
核兵器は使ってはいけない。そして生物・細菌兵器も使用禁止だ。その辺りならまだ理解できるが、その後こう続くのだ。飛行系の乗り物を使った攻撃は禁止、人の手で持ち運びでき得る武器意外は使用禁止、そして極めつけは、戦いはその陸地の中だけで、決して外に持ち出してはならない。それが各国間で取り決められた約束事。
しかも各国とも常に一定の兵士の数をキープし、減れば補充の繰り返し。
まさに終わりの見えない、サバイバルゲームだ。
以前、ある辛口が売りだった評論家が言ったことがあった。
この戦争は、増えすぎた人口を調整するためのフェイクだと。
その評論家の顔を見ることは、今はもうできない。真実はどうだかわからないが、行方不明だと噂されている。
確かに、この世界は深刻な資源不足と環境汚染が進んで、あまり多くの人間が生きて行ける状況では無い、と言うのは本当なのかもしれない。
ではこれは、世界規模の合理的な人口削減計画なのだろうか。
真実は闇に閉ざされたままだ。
ただ逆説的に、この大地ほど生きている実感をもたらす場所も無いと言えた。
外の世界にいる時は、戦争などまるで嘘のような平和な暮らしを満喫して、希薄に生きてきた者が、ここでは生きるために必死で戦っている。
殆ど生還者のいないこの大地から帰って来た僅かな者の中から、大物の政治家や実業家が生まれているという事実もある。
中には凶悪な殺人者が、生まれることもあったが…
アキラも生きるためにここまで来たのだった。
それはヒカルと共に生き残るため、ヒカルを守るため。
でももう彼らの戦いは、終わりだった。
アキラはヒカルの前髪を、まるで壊れ物にでも触れるように、そっと撫で付ける。何度も何度も、繰り返し…。
そしてもう二度と答えてはくれない人に、微笑みかける。
それでも、アキラにはヒカルが微笑み返してくれている気がするのだ。あの明るく、暖かな太陽を思わせる、その笑顔で。
辺りには不穏な気配が、そこかしこに蠢き始めていた。ヒカルを撃った奴らの仲間だろう。
この地にいる限り、戦いは避けられない。
でもこれ以上ヒカルを傷付けたくは無かった。もう誰もヒカルに触れさせたくは無かった。
アキラは自分の手元に残っていた手榴弾を、そっと手に握り締める。
もう彼の目に涙は無かった。ただ穏やかな表情でヒカルの身体を抱き締めていた。
何も怖くは無かった。
ヒカルと一緒ならば…。
ほんの数刻前、彼らは闇に紛れながら、深い密林の迷路の中を進んでいた。
熱帯特有の纏わり付くような湿気が息苦しさを助長し、著しく体力を消耗させる。
それでも二人は歩き続けていた。
敵に気づかれぬよう、追いつかれぬよう…。
何故こんなことになってしまったのか。
いや、ここが戦場である限り、仕方の無いことなのだろう。
「他の連中も…大丈夫…だよな?」
不意に、声をひそめてヒカルは聞いた。それはまるで、自分に言い聞かせているように聞こえた。
「…そうだね…でも、早くここから離れた方がいい」
アキラの言葉にヒカルは黙って頷いていた。
陰になってヒカルの表情はわからない。
けれど本当はヒカルにもわかっているのだ。真実がどれほど残酷なものであるのかを。
そう考えて、アキラはその黒い瞳をさらに暗くした。
少し前まで、彼らは自分たちが所属している部隊の宿舎近くにいた。
アキラたちの所属している部隊は、激戦区と呼ばれる地域からはまだ随分と後方に位置する場所に投宿している、いわゆる補給部隊だ。運ばれた物資を、自らを危険にさらしながらも戦場へ送り届けるのが彼らの仕事だった。それでも第一線で戦っている者に比べれば、まだましな仕事だっただろう。ただ、物資を抱えている分、奇襲や闇討ちに遭う危険は高かったが。
今夜、アキラとヒカルは運が良かったのだ。…おそらく…。
ヒカルが眠れないと言うので、違反なのだが、二人でこっそりと宿舎を抜け出していた。
蒸し暑い熱帯の夜にしては、今夜は気持ちのいい風が出ている。彼らは顔を見合わせると、いたずらが成功した子供のように微笑みあった。
月はすっぽりと厚い雲に覆われていて、辺りの視界は悪い。
ふと、アキラは妙な感覚に襲われたが、それが何なのか、その時はわからなかった。
闇に紛れながら足音を忍ばせ、宿舎から離れる。見張り番の兵士に見つからないようにするために。けれど何処にいるのか、その姿を今夜に限って目にすることは無かった。
また、違和感。
宿舎が見えなくなった頃、ヒカルが口を開いた。
「…なんか…変…だよな」
立ち止まると、アキラを見上げる。
ヒカルより上背のあるアキラを、ヒカルはいつも少し上目遣いに見上げた。いたずらっぽい笑みを、その明るく大きな琥珀色の瞳に浮かべて。でも今は違う。暗い密林の中にいながら、ヒカルがどんな顔で自分を見ているのか、アキラには手に取るようにわかった。
不安げな顔…
アキラの感じている奇妙な違和感を、ヒカルもまた感じていたのだ。
「…確かに、…静かすぎる…」
熱帯の密林は、夜の闇の中でも生き物の気配が濃厚に感じられる空間だった。むせ返るような緑の匂いの中で、それは虫であったり、時には野生の生き物であったりした。
それが今夜はどうしたのか、静まりかえっている。ただ時折風の立てる樹々のざわめきだけが、不安を掻き立てるように聞こえていた。
息苦しいほどの胸騒ぎが、二人の胸の奥に込み上げてくる。
-この感覚は何なのだろう-
「やっぱ、戻ろう」
ヒカルが言ったのと同時に、大きな爆音が辺りに響き渡った。突然の激しい爆風に煽られながら、彼らは紅い炎が膨れ上がり空に立ち上るのを見た。
宿舎のほうだ。
「な…」
とっさに何かを叫んで、その方角へ走って行こうとするヒカルの口を押さえて、アキラはその身体を抱きとめた。ヒカルが抗議の視線をアキラに投げる。
「声を立てないで…ヒカル…」
苦渋の表情を浮かべながら、搾り出すように声を発するアキラに、ヒカルは自分が今どういう状況で、どういう行動を取るべきなのかを理解した。
樹々の間から漏れる、まるで大きなキャンプファイアーのような明かりに、二人の影が揺れている。
敵はまだ、辺りに隠れているに違いないのだ。
目に浮かぶ涙を袖口で乱暴に拭うと、静かに頷いた。
「ぼくたちは運良く気づかれていないようだ。とりあえず本部へ行こう」
囁くように言うアキラに、ヒカルは無言で頷く。その肩が微かに震えている。
「…大丈夫だよ、きっと、みんな避難している」
気休めだな、と、アキラは自分でも思った。けれど時としてそれに縋るしかないときだってあるのだ。ヒカルは今それを必要としている。たとえありえない気休めだとわかっていても。
二人は再び、闇に紛れながら移動し始めた。
胸を掻き毟るような無力感と、やるせなさに苛まれながら…。
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14/12/17再UP
-竹流-
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