ぱにっく in 合宿 Ⅱ



「…なんや…一体、何が…どうなってるんや…?」

途方にくれたように、社が呟いている。
ヒカルは腰が抜けたようにぺたりとその場に座り込むと、呆然とした顔を社に向けた。
「おれにも…よく…わかんねえ…」
どうして良いのか判らない、といった様子で、二人は顔を見合わせた。その顔に浮かんでいるものは…困惑。
そして、二人はまた、ソレに恐る恐る視線を向ける。
本当に、一体、何がどうなったと言うのだろう。どうすれば、こんなことが起こるのか…
二人は倒れている塔矢に…いや、塔矢、だッたはずのモノに、困ったような、怯えたような複雑な視線を送った。
その時、突然、もそり、と、ソレが動いた。

「うわ! 動いた!」
驚いて、ヒカルが大きな声を出すと、ソレは怯えたようにビクリと身体を震わせ、
「うああああああん」と、泣き声を上げだしたのだ。

「………一体、なんやねん…」
今、ヒカルと社の前にあるのは、塔矢の着ていた服と、その中に入っている何やら小さな塊。その塊がぷるぷる震えながら、泣き声を上げている。
「………でも、なんか…ちっちゃい子、みたいな感じだぞ?」
ヒカルが困惑げに言う。
「…塔矢が、酒飲んで小っさなった言うんか? んな、あほな。どっかの漫画のぱくりやあるまいし」
「でも! じゃあ、これ何なんだよ!?」

そう突っ込まれると、社も何も言えない。確かに、塔矢の身体に何かあったのは、一目瞭然だからだ。でも、でも、普通の常識から考えたって、そんなことは絶対にあり得ない。
はずだ…

「取り合えず、服の中がどうなっているのか、見てみようぜ。それが一番早いだろ?」
頭の中が、パニックになりかけている社に向かって、ヒカルは妙にきっぱり言い切った。
「…そやな、それが一番やな」
社も頷く。

-なんや知らんけど、意外と進藤って根性座ってるやないか。見直したわ。

社の中でヒカルの評価が上がった瞬間だった。
けれど、社は知らない。それはヒカルが以前、はた迷惑な幽霊にとり憑かれてたせいで、たとえどんな不条理な状況でも、柔軟に適応してしまう体質になってしまっているからだということを。
…よく考えると、実はかなり不憫なお人だ。
ヒカルは恐る恐る近寄ると、塔矢の服に手を掛けた。すると、中のモノの泣き声が一段と大きくなる。きっと怯えているのだろう。
「大丈夫だよ。こっちへおいで」
その塊を服ごとそっと膝の上に抱き寄せると、ヒカルはそう言ってソレを撫でた。
しばらくすると、ソレの泣き声が少しずつ治まり、ひっくひっくとしゃくりあげる音だけが聞こえ始めた。
「もう、いいかな? 出ておいで?」
ヒカルがそっと、服を持ち上げてみる。すると中からは…

サラサラのおかっぱは変わらないが、ぷっくりとしたほっぺに、小さな赤い唇、そして長い睫に縁取られた大きな黒目がちの瞳には薄っすらと涙が滲んで…
「うそ! マジ! めっちゃ可愛いやん!」
と、社が声を上げてしまうほど、まるで人形のように可愛いミニ塔矢が出てきた。
小さな塔矢は、社の声にびくっと震えると、ヒカルの服を紅葉のような小さな手で一生懸命掴んでしがみつく。大きな黒目がちの瞳に再び大きな涙の粒が浮かんだ。
「よしよし、怖がらなくてもいいよ。何にもしないよ?」
ヒカルは慌ててミニ塔矢の背中をさすると、見上げてくるその瞳を覗き込むようにして、
「ねっ?」
と言って、優しく微笑んでみせた。
その途端、眼に涙を溜めながらも、ミニ塔矢のプックリとした柔らかそうな頬が薔薇色に染まり、小さなサクランボみたいな可愛い唇が笑みの形を作り出した。

-うわ~~~~! ミニ塔矢、マジ可愛い~~~~!

思わずヒカルは、きゅっと抱きしめてしまう。その感触は、小さくて、暖かくて、ぷにぷにしてて、その上髪の毛はサラサラで…
なんだか、いつまでもこうしていたいような気分になる。

-うは~~~~v なんか、しあわせ~~~~v

「進藤ずるいで! じぶんばっかり!」
気がつくと、すぐ目の前に社の顔があった。
「なあなあ、おれにも抱っこさせてくれや」
手を差し出す社に、ミニ塔矢はイヤイヤと首を横に振り、そして、

「ママ」

可愛い声でそう言って、再びヒカルにしがみついた。
「ええええ?! おれ、おまえのママなのかよ?!」
ヒカルが戸惑ったような声を上げるが、その顔は満更でもなさそうだ。
「おっ、おまえがママなんか、ほな、おれ、パパでええわ。アキラ~、パパやで~」
「何言ってんだよ! おれ、おまえと夫婦なんて嫌だからな!」
「何言うてんねん! アキラを私生児にするつもりなんか!」

今、目の前の問題はそういうことではないはずなのだが、いや、もっと違う所で根本的に間違っているのだが、二人とも変なところでこだわりがあるらしい。
しばしの間、無言でにらみ合っていた。


「くしゅんっ」
にらみ合うヒカルと社の間に挟まれるようにして、ヒカルに抱かれていたミニ塔矢の小さなくしゃみが、二人を我に返らせた。
「寒いんか? アキラ!」
見ると、ミニ塔矢は脱がされた服を軽く身体に巻きつけただけの格好で、ヒカルの膝の上にいる。いわゆる、裸同然だ。
そう言えば、アキラは風邪気味だったはず…
「なんか、着せたらなあかんやん! 風邪、ひどなってしまうで!」
小さなアキラの肩を温めるように自分の手のひらで包みながら、社はヒカルを見た。
「どうしよう…どっかに服、買いに行くか?」
ヒカルも困ったような顔をして、社を見る。と、その時、生暖かい感触が、ヒカルの膝の上に。
「うわ! やられた!」
ヒカルの悲痛な声が、塔矢邸に響く。ヒカルの手に持ち上げられたミニ塔矢は、きゃっきゃっと嬉しそうな声を上げた。
「………おもらしだ…」
ぐっしょりと濡れたジーパンを恨めしげに見つめながら、ヒカルが呟く。
「…こりゃ、おまえのジーパンも買わなあかんな」
社が、気の毒そうな視線をヒカルに投げかけてくるのを、なぜか恥ずかしい気持ちでヒカルは受け止めていた。


タクシーをつかまえて、24時間営業の大型スーパーへ買いだしに行った。
傍から見ていたら、さぞかし妖しげだっただろう。十代後半の若者二人が、大人物の服を被せられた小さな幼児を連れて、夜中に買い物に来ているのは。

「おれのねーちゃんがな? 子供実家に置いてだんなと二人で遊びに行きよってんけどな?着替えあんまり持ってきてくれて無かったもんやから、全部汚してしもてな~」
社がスーパーの店員を捕まえて、嘘八百を並べている。サイズが判らないから、店員に聞くことにしたのだが、いかんせん、胡散臭げな視線を投げかけられたからだ。

-社、すげ~。

ヒカルは社の隠された才能を垣間見た思いがした。なんせ、あっという間に、おばさん店員を丸め込んでしまったのだ。
これなら、囲碁が駄目でも、ホストに転向して十分やっていけるんじゃないのか?
ヒカルがこっそり、そんな感想を持ったりしていたのを、幸か不幸か社は知らない。
すっかり、社と意気投合した店員のおばさんは、もう、教えてくれる教えてくれる、二人が何も聞かなくても。

この子なら、このくらいのサイズが合うだろうとか、この色が似合うんじゃない? とか。
おむつならこのくらいよとか、おむつでも、パンツタイプの方が動きやすくていいわよとか。
いいわね~、こんなに可愛い甥っ子さんで、とか。
エトセトラ、エトセトラ…

-ありがとう。スーパーのおばさん。おれたちは無駄に子供服について詳しくなったよ…

その後、適当に、ミニ塔矢が食べられそうな果物なんかも買い込んで、ヒカルたちは帰途についたのだった。


今、ミニ塔矢は社に抱かれてぐっすりと眠っている。なんとか、社にも懐いたのだ。
幼子のたてるすうすうという寝息は、何故だろう、とても安らかな気持ちにさせる。
「なんか、信じられへんなあ…」
しみじみといった風に、社が呟いた。
「なにが?」
ヒカルは、ミニ塔矢を抱いてだるくなっていた腕を伸ばしながら聞き返す。
「いや、だってな? こんなに可愛いのが、大きなったらあの塔矢アキラになるねんで?」
「…言われてみれば、そうだよな~」
ミニ塔矢の顔を覗き込みながら、ヒカルも同意する。

目の前のミニ塔矢は、本当に天使のように可愛い。あの、瞬間湯沸かし器(すぐ怒るの意)
みたいな塔矢アキラとは似ても似つかない。ずっと、このままだったらいいのに、なんて、ちょっと考えてしまうほどに。
「塔矢先生も、こんな風にメロメロだったのかな?」
「ちび塔矢にか?」
「うん」
「そうかもしれんな~。想像したら、ちょっと引く図柄な気ぃするけどな」
「あはは、先生に言ってやろ!」
「それだけは、ヤメテ~」
二人で笑い合いながら、でもだんだんテンションが下がってきて、やがて重い溜息に変わった。

……………。

「このまま、塔矢が元に戻らんかったら、どうする?」
「…怖いこと言うなよ。おれも今、同じ事考えちゃったんだから」
「…そうか…」
「…うん…」
このまま、戻らなかったら…考えるだけで恐ろしい。
北斗杯はどうなるんだ? いや、それだけじゃない。今、塔矢がいなくなったりしたら、囲碁界としても大打撃だ。若手筆頭の塔矢アキラが、赤ちゃん返りしました…
赤ちゃん返りはちょっと、語呂的に御幣があるか?…なんて、シャレにもならない。

「明日、倉田さん来るよな」
「そやな」
「…塔矢見て、なんて言うかな」
「あの人のことやから、ちゃんと食べてへんから縮むんや、て言いそうやな」
顔を見合わせて、また溜息を吐く。
倉田さんは全くあてにならなさそうだ。
「ま、悩んでてもしゃあない。もう、寝よか? 明日になったら、元に戻っとるかも知れんし」
「…そうだな」
基本的にあまり深く悩まない性質なのだろう二人は、それ以上悩むのを放棄して寝てしまうことに決めた。

「それにしても、可愛いな~、ちび塔矢v」
社とヒカルは、眠っているミニ塔矢を起こさないように、オムツを換え、スーパーのおばさん店員に勧められたクマさんのアップリケのついたパジャマに着替えさせているところだ。
「おまえ、子供好きなんだな。知らなかった」
でれ~んと締まりのない顔をしている社に向かって、ヒカルが言う。
「そやかて、めっちゃ可愛いやんv おれ、こんな可愛い子やったら何人おってもええで」
「なんか、おまえんちって、大家族になりそう…」

大人になって社んちに遊びに行ったら、十人くらい子供がいたりして。そんでもって、子供みんな社にそっくりで、目つきなんかも悪かったら、やだな~。
「なにニヤニヤしてんねん。気持ち悪いな」
社の声に我に返ると、社が心底嫌そうな顔をしてヒカルを見ていた。考えてたことが見透かされてたような気がして、ちょっと、胸がどきどきする。
「…って、何やってんの社…」
見ていると、社が携帯を取り出して、ミニ塔矢の写真を撮りはじめた。
「いや、記念にと思てな~」
「ふ~ん」
「いや~、ほんまに可愛いな~、ちび塔矢v」
「…ふ~ん」

この夜はそのまま、三人で川の字になって、塔矢邸の客間で眠りに就いたのだった。



-なんか、すごく、苦しい…
深い意識の中で、アキラは微かに身じろぐ。
-…動けない…
何かに押さえつけられでもするかのように、身体が動かない、と思った。
少しずつ、覚醒し始める意識を自覚しつつ、アキラはじぶんの身体を締め付けている何かを振り払おうともがいていた。
-苦しいんだ。なんとか、しないと…息が…

「できない!」

はっと、眼が覚めた。
自分の声で、一気に意識は覚醒していた。
「こ…こは…?」
見上げる天井は、どうやら自分の部屋のものではない。
しばらく考えて、ああ、客間だと気がついた。そして、何故こんな所で寝ているのかと、また考える。どうも記憶がぼんやりして、夕べのことがはっきりしない。
横を見ると、ヒカルと社が、なぜか自分を間に挟んで眠っている。
息苦しさは、目覚めた今も続いていた。
なぜ、こんなに苦しいのか。まるで、何かに締め付けられているかのようだ。
アキラは、ゆっくりと身体を起こした。動くと、その度に何かが身体を締め付ける。

-一体なんだって言うんだ?

掛けられていた布団をまくって…アキラは身体が硬直した。
小さな子供用と思しきシャツが、極限まで伸びきって、身体を締め付けるように纏わりついている。下半身には、それとセットであったのだろうものの裂けた残骸。
そして、さらに驚愕の代物が、自分の下半身に!!!!!

-なんなんだ! これは!?

一瞬、自分の目を疑ってしまった。それほどに今、アキラの目の前にあるものは信じがたいものだった。
自分の下半身を締め付けているもの、それはおそらく、幼児用の…
紙おむつ!!!

テレビなどで見た覚えのある象のマークが伸びきって、まるでへんな生き物のようになってしまっている。
これって、これって、もしかして…

幼児プレイ!!!!!


ぷっつーん!


その瞬間、何かがアキラの中で、音を立てて切れたのだった。



「あれ? なんでおまえら、そんなに包帯ぐるぐる巻きなわけ?」
塔矢邸を訪れた倉田が、出迎えたヒカルと社の二人に掛けた第一声がそれだった。
「あはは。ちょっとオムツ星人に…」
「そうそう、オムツ星人に…」
その横で、アキラが赤い顔をしている。
「なんだそれ、新しい遊びか何かか? 適当にしとけよ~」
言いながら、倉田は勝手知ったるとばかりにどんどん中に入ってゆく。
「じゃあ、これから全員で一局打ってから、棋譜研究な!」
前を向いたまま、ヒカルたちに声を掛け、倉田はそのまま部屋の中へ。
「んじゃ、頑張るか」
ヒカルが軽く伸びをする。途端に、
「いたたたた!」
身体を抱えるように、蹲る。
「大丈夫か? ほんま、塔矢はむちゃしよるで」
ミイラ男と化した社が、塔矢の方を見てため息混じりに呟く。
「…そのことは、もう、謝っただろ!」
顔を赤くしたまま、アキラはフイと顔を背けた。

あの後、切れたアキラは着替えもせずそのままの姿(オムツ星人)で、暴れた。
「まて! 塔矢! 話せば判る!」
そう言ったヒカルと社の言葉など、通じる状態では無かった。

そして、ミイラ男二人は出来上がったのだった。

その後も、塔矢はなかなか信じてくれず(あたりまえだが)、結局、塔矢を疑問符ながらも納得させたのは、社の携帯の写真だった。
備えあれば憂い無し…なんか違う。


「世の中、不思議なこともあるものだね」
ため息混じりに、アキラが呟く。
「うん、おれも、まさかおまえに『おもらし』食らうとは、思いもしなかった」
「うるさいな!」
真っ赤になって、アキラが言い返す。
それを見ながらヒカルは、これでしばらく塔矢をからかう話題に事欠かないな…
なんて。
性質の悪いことを考えていたりした。

最後の北斗杯で、社が大将席に座れたのかどうかは、彼等しか、知らない。



05/05/04    了

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やった~! 一応、北斗杯(5月5日)までには上がったぞ~!
人間、やればできるんですね(涙)。
えっと、これはかの有名な「名探偵コ○ン」の逆バージョンパロディなのです。
あの、コ○ンが風邪ひいてて、紹興酒間違って飲んだら、元に戻ってたっていう。
絶対、そんなんありえへん…とか、思いつつ、パロッてる自分が怖い(笑)。
社の大阪弁は、普段自分が使ってるものなので、自分的には普通なのですが、
読みにくかったらごめんなさい。
                                           
05/05/04UP
15/04/03再UP

-竹流-



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