眠れぬ夜は、あなたの傍に T それは、突然の、一本の電話で始まった。 電話の相手は、高遠がイタリアでマジックの修行をさせてもらっていたという恩師らしい。 おれの知らない間に、いつでも、連絡が取れるようにしていたようだ。 それにしても、あんな表情を見せる高遠は、珍しい。 とても嬉しそうな、懐かしそうな顔をして、おれが全くわからない言葉を使って喋ってる。 たぶん、イタリア語…なんだろうなあ。 そう言えば、高遠って、いったい何ヶ国語話せるんだろう? 英語は、高遠にとっては母国語みたいなもんだし、フランス語も、ネイティブなのか?ってくらい巧みに操る。その上に、イタリア語かよ。もう、日本語くらいは、へたくそになりやがれってんだ! …日本語が、へたくそな高遠…。 考えると、笑えるな。ヘンな敬語使ったりしてさ、ヘンなイントネーションで、そんでもって、おれに求愛したりすんの。 「ボクハ、きみガ、すきデス」とかなんとか言って。 …あれ、自分で考えて、自分で照れてきたぞ… ソファーの上でごろごろ寝転がりながら、ひとりで赤くなっていると、いつの間にか電話を終えていた高遠が、難しそうな顔をして、おれを見ていた。って、おれ、なんかまずい事とか、口走って無かったよな? 違う意味でドキドキしながら高遠を見ていると、黙ったまま、傍によって来るなり、ソファーに横たわるおれに覆いかぶさるようにして抱きしめてきた。その、まるで離すまいとするかのような力強さに、ちょっと戸惑う。 「高遠? どうかしたのか? さっきの電話で、なんかあったのか?」 こういうときは、必ず理由がある。 その理由を、普段あまり、高遠は話そうとしないけれど、おれはいつも聞いてみる。そして、それ以上、追求しないんだ。 答えたくないことは、答えなくていい。高遠には、答えられないことがたくさんあるのが、おれにもわかっているから。 でも、今日は違ったらしい。 「…はじめ、暫くの間、ぼくはイタリアに行くことになりました…」 耳元で囁かれた言葉が、頭の中で、意味を持って形になるまで、少し時間が掛かった。 「…えっ?」 間を置いてから上がったおれの声に、高遠は抱きしめていた腕をほどいて、顔を上げた。 不安そうな、表情を浮かべて。 「ぼくの恩師が、腕に怪我を負ってしまって、今行っているショーを続行できなくなったそうです。ホテルとの契約がまだ残っているらしくて、急遽、彼の代役ができる人物、ということで、ぼくに白羽の矢が立ちました」 高遠って、イギリス育ちのくせして、どうしてこんな古い言い回しまで知ってるかなあ。 全然関係の無いことで、おれが感心してると、 「ちゃんと、聴いてます?」 と、念を押してきた。何でこういうところは鋭いんだ? 「だから、二週間ほど、イタリアに行ってきます」 「えっ、ちょっと待って、じゃあ、おれは?」 「…お留守番ですね」 「ええ〜、マジで?」 「…それって、寂しいからじゃ、無いですよね…」 おれの上で、がっくりと項垂れながら、高遠は大きな溜息をひとつ落とした。 ピンポ〜ン! 図星です! 今、おれは、その二週間、どうやってひとりで生活していこうかと思案してしまいました! だって今まで簡単な買い物以外、いつも高遠と一緒だったから、金の単位とか、未だによくわかってね〜んだよ。おれを甘やかし過ぎの高遠も、やっぱ悪いんじゃないの? 「…ぼくもきみを置いて行くのは、いろんな意味で心配なんですけど、とにかく急なことなので、連れてゆくわけにはいかないんですよねぇ…」 そして、また、ため息を吐く。 いろんな意味で心配ってのが、おれとしては引っかかるんだけど、なんか、落ち込んでる? 高遠? もしかしてここは、おれが太っ腹な所を見せて、ど〜んと送り出してやらないといけない場面なのか? あ〜、おれってば、けなげだ〜。 「なんか知んないけど、落ち込むなよ。恩師の代理っても、高遠の実力を認めてるからこそ頼んできたんだろ? すごいじゃん! せっかくの舞台なんだし、おれなら心配しなくてもなんとかなるから。なっ?」 高遠の頬を両手で挟むようにして瞳を覗き込みながら、止めとばかりに、にっこりと微笑んでやった。 これで、どうだ! でも、高遠は、じっとおれの顔を見つめたまま、反応しない。はて? 「たかとお?」 「…きみは、ぼくと離れても、平気なんですか?」 おれが高遠を呼ぶのとほぼ同時に、高遠が、そう呟いた。恨めしそうな眼差しで。 なんだ、そんなことで落ち込んでたのか? 「二週間も会えなくなるのに!」 「たか…」 突然、奪うような口づけを与えられて。でもすぐに、高遠の口づけに、甘く酔わされて。 高遠の首に腕を回して、もっと欲しいと、強請ってしまう。 …寂しくないわけ、無いじゃん。こんなに、好きなのに…わかってないな、たかとお… おれが、目覚めたときには、もう、高遠の姿は、部屋の中には無かった。 眠ってるおれを起こさずに、ひとりで行ってしまったらしい。置手紙だけを、サイドテーブルの上に残して。 高遠らしい、綺麗な几帳面な文字で、 『行ってきます』 ただそれだけ、書き記してあった。 高遠がいなくなって、おれひとりだけが、手紙と一緒に部屋に残されて。 普段なら気にもならない、時計の秒針の動く音が、やたらと耳に響いて、うるさい。 静か…すぎて。 こんなに、この部屋って広かったっけ? 蒼い寝室の中で、ぼんやりと考える。 昨夜の名残を止めた、乱れたままのシーツの上に身体を投げ出して、もう、とっくに冷たくなってしまっている、高遠の温もりがあったはずの所に手を伸ばす。 ほんの数時間前まで、確かにここにあったのに、今はもう無い。それでも、さらりとした手触りの柔らかなシーツは、微かに高遠の匂いがする気がして、泣きたいような気持ちにさせる。 離れたばかりなのに、あと二週間、ひとりで過ごさないといけないのに、もう、寂しい。 「こんなんで、おれ、二週間もひとりで、やってけるのかな…」 独り言と共に、重い溜息が出てしまう。 胸に、ぽっかりと大きな穴が空いてしまったみたいに、心が寒い。 温められるのは、この広い世界に、ただ、ひとりだけ。 寂しくないわけ、無いじゃん。 おれの中は、こんなにも、あんたのことでいっぱいなのに。 いつも、あんたのことだけ、求めてるのに。 全然、わかってくれない。 だから、余計、寂しい。 たかとお… おれは、あんたが思ってるよりもずっと、あんたのことを愛してるよ。 だから、寂しいなんて、言えるわけ、無いだろ? せっかく、あんたがマジシャンとして、舞台に立てるって言うのに… さびしいなんて、わがまま、言えるわけ… バカ、高遠! ヘンなトコばっか鋭いくせに、もっと、人の気持ちにも、気付きやがれ! ぼふっと、高遠が使ってる枕にパンチを食らわすと、それを胸に抱え込んで、おれは二度寝することに決めた。 今日は、もう、どこにも行く気がしない。 きっと何を見ても、高遠のことを思って泣きたくなるに決まってる。 なら、夢の中に、高遠の影を求める方が、ずっといい。 高遠の変わりに、枕抱いて…って、おれ、かなり乙女入ってねーか? う〜ん。こりゃちょっと、やばいかなあ? マジ、高遠にまいってるんだもんな、おれ。 本当に、こんなにも誰かを好きになることがあるなんて、知らなかった。 その相手が、まさか同性になるとは想いもしなかったし。 でもきっと、これが最初で、そして最後の恋になるような気がする。 未来の無い、最後の恋。 でも、それでもいいんだ、おれが選んだんだから。 だから、少しでも長く、このまま夢を見ていたい。 まぼろしでも、いい。 ふたりだけの、しあわせな、ゆめを… って、マジで寝てたみたいだ、おれ… 爆睡してたから、夢も見なかった。う〜ん。 暑くなってきたから、目が覚めたんだな。もう、昼過ぎてるし。腹、減ってきたし。 なんかあったっけ? 冷蔵庫でも覗いてみるか。 Tシャツにトランクス一枚っていう、いかにもな格好で、裸足のままぺたぺたとキッチンまで歩く。高遠が見たら、絶対に注意されるところだ。そんな無防備な格好で歩き回らないでください。なんて。べつにいいじゃん、って言い返したら、ぼくの理性がもたないからですよ。それとも、ぼくに襲われたい? とか、恥ずかしげも無く言うよな、あいつ。 まったく、こんな色気も何も無い、普通の男のどこがいいんだろ? おれは高遠と違って、特別綺麗なわけでも無いし、推理が人より得意ってだけで、べつに何かがあるわけでもない。と、思う。 なんでおれなんかに、高遠が執着するのか、未だによくわからないんだ。 だから、離れていると、不安にもなる。 高遠は、男にも、女にも、もてるから。 信じてないわけじゃないけど、でも、おれの方がたぶんずっと、不安だよ、高遠… あっ、やべっ、泣きそう。 もう、なにやってんだよおれ。自分で自分が、情けなくなってきた… 高遠がイタリアで頑張ってんだから、おれも、これぐらい我慢しなくちゃな。 キッチンのドアを開けると、中央にあるテーブルの上に、また、置手紙が。 慌てて手に取ってみる。 『サンドイッチを作っておきました。冷蔵庫の中に入ってるので、食べてください。きみのことだから、きっと昼を過ぎないと起きて来ないでしょう。ぼくがいなくても、ちゃんと規則正しい生活を心がけてくださいね。それと、ジャンクフードばかり食べてないで、野菜も摂らないといけませんよ』 …あんたは、お母さんか! と、突っ込みたくなるような文面なのに、涙が溢れて、止まらない。 「…うっく……たかと…」 我慢しようと思ってたのに、あんたが泣かして、どうするんだよ… ひとしきり泣いて、サンドイッチ食べて、落ち着いてきた頃に、居間の方から携帯の軽い着信音が聞こえてきた。 あれ? 高遠、携帯持って行かなかったのか? そのまま居間に移動すると、やっぱりテーブルの上に高遠の携帯が手紙と一緒に。 とりあえず、鳴っている携帯に出てみた。 『やっと、起きました?』 携帯から聞こえてきた声に、はっとなる。一番、聞きたかった…声だ… 「…たかとお?」 『何度か掛けたんですよ? 無事、こちらに着きましたから』 「たかと…この、携帯…」 『ああ、まだ手紙を読んでないんですね? それはきみが持っていてください。衛星で繋がるので、直接きみに掛けられますから。ぼくは携帯に出られないことが多いだろうと思うので、何かあれば、メールで送っていただけますか?』 「えっ、あっ、…うん…」 『元気がありませんね? 寝起きだから? それとも、もう寂しくなった?』 「寂しくなった?」の部分だけ、夜の声で囁かれて、瞬時に身体の奥に熱が点るのを感じた。 ええっ? マジっ? 声だけでかよっ! おれの口からは、咄嗟に、意地を張った声が出てしまう。 「ね、寝起きだからに決まってるだろ! 『ふふ、まあ、そういうことにしておきましょう。これから打ち合わせがあるので、もう切りますね。また、掛けます』 「…うん、あ、あの、高遠」 『なんですか?』 「…頑張って…な、おれ、こっちで祈ってる…」 一瞬、携帯の向こうで、息を飲むような気配があって、少し、間が空いた。 「たかとお?」 『…きみのために、頑張りますよ。はじめ』 「うん」 何の音も聞こえなくなった携帯を握り締めたまま、暫くの間、ソファーに転がっていた。 高遠は、いつもおれのことを考えていてくれてる。とても、わかりやすい形で。 おれは、どうだろう? いつも意地を張ってばかりで、素直に気持ちを伝えて無いんじゃないのか? だから高遠は、心配ばかりするんじゃないのか? 「たまには素直にならなきゃ…だよなあ…」 自分のガキっぽさに、溜息が出た。 高遠は今頃、向こうでどうしているんだろう… 夕方になって、今夜の晩飯、何にしようかと思案していると、玄関のベルが鳴った。 覗き窓から見てみると、向かいの部屋に住んでるマリアさんが立っている。 マリアさんは、銀色の長い髪を綺麗に結い上げた、凛とした雰囲気の70代の女性で、いつも綺麗な色のブラウスを着ている、とてもお洒落で陽気なひとだ。深く澄んだ青を湛えた瞳を持つ、やさしいばあちゃん。 まあ、ばあちゃんて呼ぶと怒るから、名前で呼んでんだけどさ。 じつはこのばあちゃんが、このアパルトメントの家主さんだったりするんだけど、おれは、いつも笑顔を絶やさないこのひとが大好きなんだ。このひともおれのことを孫みたいに想ってくれてるみたいで、よく可愛がってくれる。 でも、今日はどうしたんだろう? 慌てておれは鍵を開けた。 『マリアさん、どうしたの?』 おれがドアを開けて(ちゃんとフランス語で)声を掛けると、彼女はにこにこと笑いながら、いきなりおれの手を取った。うわっ、さすがにこっちのばあちゃんは、積極的だ。 『さあ、私の部屋へおいでなさい』 『ええっ? な、なに?』 全く訳のわかってないおれに、顔中の皺で笑みを形作りながら、歳の割りに張りのある声で言う。 『ヨウイチから、あなたのことを頼まれたのよ? なにも聞いてないの?』 た〜か〜と〜お〜! ほんっとに、おれって子ども扱いされてるんだ! おれ一人じゃ、なにも出来ないとでも思ってんのか、あの男は?! おれが内心で高遠に対する不満を募らせているのも知らずに、ばあちゃんはマイペースにおれの手を引っ張って、自分の部屋へと導いてゆく。 小さくて柔らかくて、長い年月を感じさせる、皺の寄ったばあちゃんの手。強く握れば、壊れてしまいそうなこの暖かな手に引かれているうちに、おれの記憶の引き出しから、懐かしい風景が、蘇ってきた。 おれは遠い昔にも、こんな風に皺の寄ったやさしい手と、仲良く手をつないでいた。 その頃のおれの手は、まだとても小さくて、包まれるように繋いだ手の先を、嬉しそうに見上げていた。 オレンジ色の夕日が眩しくて、トンボがたくさん飛んでいて、大好きだった深く麦藁帽子を被ったその人の顔を、けれど、もう今は思い出せない。 ふたりでよく、赤とんぼの唄をうたって、家路をゆっくりと歩いた。 それは、とても穏やかな、いとおしい、時間。 …じっちゃん、おれは、真実よりも、好きな人を、選んだよ… 麦藁帽子の下の顔は、笑ってくれているだろうか。 たぶん、笑っている。そんな気がした。 一瞬でもささくれ立っていたおれの心は、いつの間にか、穏やかに凪いでいた。 きっと、じっちゃんが教えてくれたんだ。 おれのことを心配するのは、おれのことを想ってくれているからだと… …笑っちゃうくらい、心配性の、たかとお。 あんたってば、きっと、とことん、おれを甘やかすつもりなんだろう。 自分がいなければなにも出来ないように、おれをからめとってしまう魂胆なんかが、もしかしたら、あるのかも知れないけど。 まあ、いいや。あんたの望むまま、おれを染めていけば。 きっと、あんたのことだから、おれのこと、純白の花嫁かなんかと勘違いしているんだ。 頭が良くて、真面目そうに見えてエロくて、完ぺき主義で。そのくせ、どこか少し、ポイントのずれてる高遠。 「地獄の傀儡師」だった頃のあんたからは、想像もつかなかった素顔、だよな… 『あら? なにを考えていたの? さっきとはまるで違う、穏やかな笑顔ね』 気がつくと、ばあちゃんがおれの顔を覗き込んで、からかうように楽しげな笑みを浮かべている。まるで「あなたの考えていることなんて、お見通しよ?」とでも、言いたげに。 ったく、このばあちゃんには、敵わない。高遠とおれの関係を知っても、 『恋愛なんて、人それぞれ、色んな形の愛があって当然だと思うわ』 と、言い切ってくれた人。 まあ、日本と違って、こっちはそういうことに寛容な空気はあるけど、身近で理解してくれる人がいるのは、とても心強い。 確かに、ばあちゃんも、自由恋愛を謳歌してるのかも、だけど。 『リチャード、はじめを連れてきたわ』 部屋に入るなり、ばあちゃんは声を張り上げた。おれたちの部屋の向かいにあるばあちゃん家は、うちとは左右が全く逆の造りになっている。まるで、鏡に映したみたいに。と、呼ばれた当のリチャードがキッチンのドアを開けて、顔を出した。 『やあ、いらっしゃい、はじめ。待ってたよ』 エプロン姿のまま、にこやかに笑っておれを迎えてくれたリチャードは、40代前半のブロンドの髪も美しい、がっしりとした体格の男性で、一見、ばあちゃんの息子のように見える けど、じつは、ばあちゃんの恋人だ。 日本でならきっと、金目当て? と、勘ぐられそうなところだろうけど、実際、ふたりを目の前にして見ると、それは無いって、というのが、すごく良くわかるんだよなぁ。もう、ラブラブで、こっちが眼のやり場に困るってくらい。 こっちの人って、恥ずかしいとか、あんまり考えないのかな? 人目も憚らず、街中でもイチャイチャ度マックスなカップルを、やたら見かけるもんな。そういや、高遠もそういうのは平気みたいだ。おれが恥ずかしがって怒るから、しないけど。 たまには、ばあちゃんたちみたいに、人目なんか気にしないで、外でもキ…キスとかしたりしたら、高遠もおれの気持ち、もっとわかってくれんのかな? って、なにを考えてるんだか、おれ。 『今日のはじめはどうしたんだい? いつもみたいに陽気に喋らないね?』 リチャードの声に、ハッと、我に返った。 今、おれは、ばあちゃん家で、リチャードの作ってくれた夕食をご馳走になっている。 オレンジ色のテーブルクロスの上には、色とりどりの花柄のディッシュが並べられていて、以前、コックをしていたというリチャードの料理は、見た目も味も抜群だ。 それなのにおれは、どうもずっと、上の空だったみたいで。 …の割には、しっかり食べてるけどな… 『はじめはヨウイチがいないから、寂しいのよ』 ばあちゃんが、くすくす笑いながらリチャードに話している。ああ、という顔をしてリチャードもこっちを見るから、いたたまれなくて顔が赤くなってしまう。ふたりとも、おれたちのことを知っているだけに、変に否定も出来ないし。 もう、おれって、どうしてこんなにわかり易い性格してんだろ! 高遠並みのポーカーフェースが欲しいって! ふたりにからかわれながら、それでも、楽しい時間をおれは過ごした。ひとりだったら、きっとずっと、落ち込んでいたことだろう。おれを楽しく過ごさせようとしてくれてる、ふたりの優しさが胸に暖かかった。 リチャードは、甘いデザートまで用意してくれてたしなv 『ヨウイチが帰ってくるまで、夕食はうちに食べに来ればいいよ』 帰り際に、リチャードがおれに、そう声を掛けてくれた。 『そうよ、そうしてちょうだい。遠慮なんていらないのよ? 大切なお友達なんだから』 互いの身体に腕を回して、寄り添いながら玄関までおれを見送ってくれたふたりに、礼を述べながら、おれは頷いた。たぶんきっと、二週間も一人だけの食事なんて、おれには堪えられないだろう。ふたりの申し出は、だからとてもありがたかった。 もしかすると、高遠はそんなことも考えて、ばあちゃんにおれのことを頼んでいってくれたのかもしれない。 でも…さ、どうしてかな。 仲のいいふたりを見ていると、なんでか、胸の奥の空洞が、大きくなる気がするんだ… 時計の針が十二時を指す少し前に、高遠から、また連絡が入った。 ショーは盛況だったと、いつになく興奮気味の声で話す高遠の息は切れていて、つい今しがたまでショーをしていたのだと窺い知れた。きっと終わってすぐに、おれに知らせようと、この携帯にかけてくれたんだろう。 耳元で聞こえる高遠の声は、とても弾んでる。 おれもショーの成功が嬉しいはずなのに、電話を掛けてきてくれた高遠の気持ちが、確かに嬉しいはずなのに、なんだか高遠が、とてつもなく遠くに行ってしまったような気がして、寂しいを通り越して、悲しい気分が胸から離れない。 イタリアなんて、飛行機ですぐなのに。日本みたいに、遠く離れてるわけじゃないのに。 本当に、どうしちゃったんだろ? おれ… こんなに寂しがり、だったっけ? そんなに昔のことでは無いはずなのに、高遠と暮らし始める前の自分が、思い出せない。 まだ、忙しそうな高遠との、さして長くも無い通話を切ってから、少し悩んでメールを送る。あて先は、すでに高遠が携帯に入力済みだ。 口では言えなかった言葉を、おれは、メールに託して送る。 『おやすみ、高遠、愛してるよ』 忙しい高遠は、気付いてくれるだろうか。 送信し終わってから、涙が零れた、一日目の夜。 05/08/04 NEXT __________________ なんとなく、はじめちゃんが乙女入ってますが、狙ってたわけではありません。 ええ、そんなこと、全く考えていなかったのですが、なんでかなあ? もはや、最初に考えてたものとは、全然別物になって行きつつあります(笑)。 しかも、異様に長くなってしまって、申し訳ない。 本当なら、2回に分けるべき長さなのですが、途中で分けられるようなところが 無かったんです(泣)。 一応、書く予定だった「マジシャンモノ」のプロローグのつもりです。 次あたりで、終われる予定ですが、どうなるでしょう? とっても不安です… 05/08/04UP −新月− +もどる+ |