風を切る音 T
今日は珍しく、美雪と帰ることになっていた。
テスト一週間前で、クラブが無いのだ。
いつもサボりがちのおれは幽霊部員だから、あんまり関係ないんだけどさ。美雪のヤツは、真面目に部長なんかやってるもんだから、最近、一緒に帰ってなかったんだ。
他にもまあ、微妙な気持ちの問題もあったりして、二人になりたく無かったってのも、ありだったりするんだけどな。
重いため息が出そうになるのをぐっと堪えながら、おれは、いつもと変わらない素振りで美雪と歩いている。
なんでこんなことになったのか、自分でもよくわからないんだけれど、でも、何も気付かれてはいけないんだ。
特に、美雪には知られたくない…
おれの気も知らないで、美雪はなんやかやと、喋りかけてくるんだけどさ。まったく。
校舎を出ると、なにやら校門のところが妙に騒がしい。とくに、女生徒どもが。
足を止めて、遠巻きにきゃーきゃー言っているのが、見えてるし聞こえている。
「あ〜? なんだ? なんかあんのか? あそこに?」
「さあ? なんだか、騒がしいわね」
肩に鞄を提げた手を掛けながら、別に自分には関係ないだろうと、そのまま美雪と肩を並べながら歩いていた。
だって、女がキャーキャー言ってんだぜ? 男のおれに関係あるなんて、思うわけ無いじゃん。普通に。
なのに、校門を抜けた所で、みんなが何を見てるのか一応人並みに気になってしまった小市民なおれは、何気なく首をそちらに向けて。
そのまま固まった。
思わず落としてしまいそうになった鞄を、根性で落とさなかっただけでも、よく頑張ったと、おれは自分を褒めたいっ。
マジで、『鶴の恩返し』のじーさん並みに、見たことを後悔していたんだ。
目の前にいるのは、『おつう』じゃないけどさ。
でも、そんなのよりもずっと、こっちの方が性質が悪いんじゃないかと、おれは思う。
美雪が、突然立ち止まったおれに怪訝な眼差しを投げてきた。
「どうしたの?はじめちゃん? 知り合いなの?」
美雪が訊いてくるんだけど、おれは微妙に答えられない。
だって、だって、目の前にいるのは…
目の前には、すらりと背の高い、モデル張りのスタイルをした男が立っていた。
ざっくりとしたカーキ色の薄手のセーターにジーンズという、ごく普通のいでたちにもかかわらず、この男は、異様なくらいに人目を引く雰囲気を持ち合わせている。
サングラスをかけてはいるけれど、その美貌を隠しきれない、そんな印象。
漆黒の髪が、涼しげに、風に揺れている。
手のひらに汗をかいているのが、自分でもわかった。
そんなおれを、真っ直ぐに見つめながら、男は近づいてくる。
「こんにちは、金田一くん」
すぐ前まで来ると、男は涼しげなテノールで、おれの名を呼んだ。
おれは、凍りついたように、動けない。
「やっぱり、はじめちゃんのお知り合いなんですか?」
美雪が、少し頬を染めながら、男に声を掛けている。
「ええ。ちょっとした知り合いなんですよ。じつは今日、金田一くんに話を聞いてもらう約束をしていたんですが、ぼくの用事が早く済んだので学校まで迎えに来たんですけど…お邪魔でしたか?」
おれと美雪を交互に見ながら、男はそう言って首を傾げた。口元には、薄く、笑みを浮かべて。
「えっ? あっ、いえっ、全然そんなことないですよ! はじめちゃんを迎えに来られたんなら、どうぞ、連れてっちゃってください!」
真っ赤になりながら、美雪が何かを必死で否定している。
昔から、変わらないリアクション。
でも、そんな美雪を見ていると、今のおれは、少し、複雑な気持ちになってしまうんだ。
「お連れの女性はそう仰ってますけど、どうしますか? 金田一くん?」
突然、男がおれに話を振ってきた。
そう言われて、おれが断れるわけも無いのを知ってるくせに。
「じゃあ、美雪、わりいけど、おれ、行くわ。また明日な」
「うん、また明日」
美雪は、笑顔を見せながら、素直に手を振った。
おれも、軽く手を上げて答えた。
何気なさを、装いながら。
ちくりと、何かが胸を刺す感覚。
けれど、そ知らぬ顔をして、おれは美雪に背を向けた。
「じゃあ、すみませんが、金田一くんをお借りしますね。お嬢さん」
男は、前の道路に止めてあったヨーロピアンタイプの大型バイクに跨ると、ヘルメットをおれに投げて寄越した。
「えっ、あんたは?」
「ぼくなら、大丈夫ですよ。ほら早く被って、しっかりつかまっていて下さいね」
おれは言われるままに、ヘルメットを被って後ろに乗ると、鞄を男と自分の間に挟むようにして、腕を、その細い身体に回した。
なにやら、きゃーきゃーと外野が騒がしいけど、もう、気になんかしていられない。
「飛ばしますよ」
男の声が聞こえて、エンジンをふかす音が響く。
バイクが動き出した瞬間、美雪と目が合った。
さっきまで笑っていたはずの美雪は、少し寂しそうな顔をして、おれを見つめていた。
また何かが、さっきよりも痛みを増して、胸に、深く、突き刺さった。
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初書き 05/10/14
改定 06/01/21
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日記で連載していた「風を切る音」です。
どこに置くか迷ったんですけど、一応『LOVERS』に置くことにしました。
少し手も入れてるし、微妙に長いし。
何よりも、ふたりがまだ日本にいたときのお話なので。
だから、はじめちゃんはまだ、高校生なんですよねv
06/01/21UP
−新月−
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