感情の行方 Ⅰ




もう、何度と無く身体を繋げて。
その度に、感じやすい彼の身体は、感度が上がってゆくようで。

なのに。
会うたびに、彼が元気を無くしてゆくのは、やっぱり、ぼくのせい…なのだろう。


「お…お願い…もう…やめ……あっ、あああっ…」
「何を言ってるんですか…こんなに感じてるくせに…」

ぼくに貫かれて揺さぶられながら、触られてもいないのに、はしたなく自身を硬く勃ち上げて、その先端からは透明な蜜さえ滴らせているというのに、その日、彼はそう懇願した。
抱かれている最中に、彼がこんなことを言うのは初めてだったのだけれど、彼の身体を夢中で探っているぼくには、そんなことを冷静に考えている余裕など無かった。
いや、すでに登りつめてしまう一歩手前だったから、自分自身止められなかった、というのが正直な所か。

「…おねが……やめっ…ああっ…!」

繰り返す彼の願いなど、ぼくは、無視した。
口ではやめろと言っているくせに、彼の身体は明らかに感じていて、中のいるぼくを締め付けてくる。なのに、やめろという意味を、ぼくは図りかねていた。こんなにも快楽を分かち合っているのに、なぜ、やめて欲しいのか、と。

絶頂に向かって、ぼくは動きを早めて、彼の中を出入りする。
繋がりあっている場所からは、淫らな水音が絶え間なく聞こえ、余計にぼくを煽っている。
彼の、そのさらに奥を目指して突き上げるように腰を使って、ぶつかり合う肌の音が激しさを増して。
と、その時。

「はっ…うっ、ああっ! …い、いやだっ! あっ…ああああぁっ!!」

彼が、悲鳴に近い声を上げて、身体を仰け反らせた。
ぼくを咥えている部分が、急激な収縮を繰り返して、目も眩むほどの快楽をぼく自身にも与え、絶頂を導く。
「……っ…くっ…」
彼の中に熱い猛りを吐き出しながら、その時ぼくは、はじめも身体を震わせて達しているのを見た。
触れられてもいなかったのに、彼は彼自身からその劣情を吐き出している。
小刻みに震えながら彼がそれを出し切るのを、同時に達したぼくは、熱に浮かされた頭で、満たされた気持ちで、眺めていた。
自分の身体で、彼をそこまで悦ばせることが出来たという事実が、素直に嬉しかった。
ただ、それだけだった。

「…もう、後ろだけでもイケるようになったんですね」

ぼくはいつものように、彼の中から自身を引き抜くと、荒い息を吐きながら、彼のすぐ隣に倒れこむように横になる。
抱きしめたり、睦言を囁きあったりはしない。
彼は、ぼくの恋人などではないし、彼もそんなことを、望んだりはしないから。
けれど、この日のぼくは、いつに無く満足していた。
ここまで彼の身体を開発したのはぼくで、恐らく、彼の身体に触れているのは、ぼくだけ。
この時、ぼくの胸の中にあったのは、確かな幸福感に違いなかったんだ。

いつもなら、終わればすぐに起き上がって、まるでベッドの中から逃れるようにバスルームに行く彼が、この日はなぜかそのまま動かずに横たわっていることを、ぼくは、彼も同じ気持ちでいるからだとばかり、思い込んでいて。
だから、激しく打ち鳴らされていた鼓動が整い始めた頃、隣にいる彼がどんな表情をしてそこにいるのかが気になって、ぎしりとベッドのスプリングを鳴らしながら身体を起こすと、ぼくのいる方とは逆方向に向けられている彼の顔を、覗き込んでみた。

身動きひとつせずに、終わったときのまま、手足を投げ出して。
自分の劣情で汚れた身体を、拭いもしないで。
暗い瞳で。

彼は、泣いていた。

乱れたまま、シーツの上に広がる少しばかり赤みがかった長い髪の中に、その雫は、幾つも幾つも吸い込まれてゆく。
なのに、魂を持たない人形を思わせるほどに、彼の顔には表情が無く、ただ虚ろで。
彼自身、涙を流していることにすら、気がついていないのかもしれないと、感じた。
一瞬、言葉が出なかった。
いつも強がりばかりを言って、いつもその瞳に輝きを失わない彼が、絶望している様を目の当たりにして。
息が、詰まりそうな気がした。

その瞳が、何も映していないことがわかって。
その心が、決してぼくのものではないことがわかって。

なぜだか胸の奥が、押しつぶされるように激しく痛む。

これは、自分が望んだことなのではないのか?
彼を絶望させて、暗い闇に貶めたいと思っていたのではなかったか?
これは、充分に、満足に足りうる結果ではないのか?

知らず、くちびるを噛んでいた。
じわりと口の中に、錆に似た味の、生ぬるい液体が広がる。

これは、なんだ?
この気持ちは、この痛みは?

彼は、やめて欲しいと願った。
それは、心とは違う反応を示す自分の身体が許せなくて、出た言葉だったのだと。
自分の気持ちとは裏腹に、感じてしまう自分の身体に、失望して、絶望して、吐き出された言葉だったのだと、わかって。

何かを、嫌というほど思い知らされた気が、していた。

触れれば反応を返してくれる彼に、いつの頃からか、勘違いをしていた。
イヤではないのかもしれないと。
呼び出せば、必ず来てくれる彼に。
満更でもないのかもしれないと。
いつの間にか彼に送るメールは、恋人との約束のように、時間と場所の指定だけになっていて、自分が脅迫者であることも、忘れてしまっていたのかもしれない。

口元に、苦笑が浮かぶ。

何を今さら。
すべて、遊びなのだから。
全部、偽りなのだから。
ぼくは、奪う者。
それ以上に、何を望むんだ。

そう、頭では想うのに。

未だ動こうとしないはじめの頬に、手を、伸ばして。
その涙を拭って。
汚れたままの身体を、強く、抱きしめていた。



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06/06/30
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「Preasant despair」の続きですv
続きが気になると仰ってくださる方がいらしたんで、早速アップいたしました(笑)。
実はこれ、かなり色々と自分の頭の中では話が成り立っちゃってて、またシリーズ化しちゃいそうなのが怖くって、続きをアップするのは控えてたんですね~。
こっそり書いてたりはしたんですけど(書いてるし・笑)、読みたいって方がいなかったら自分で楽しむだけにしようと思ってたブツなのです。ぶっちゃけ。
ありがたいことに、日の目を見ることが出来た不肖の息子です(涙)。
少しでも、楽しんでいただけたなら、幸いです。
この続きの「はじめバージョン」は、『SERISE』行きですv(まだあるんだ・汗)

06/07/08UP
14/12/19再UP

-竹流-


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