こわい話 ヒカルバージョン 中編 都市伝説編





おれってさ、マジ、こわい話って苦手なんだよな。
どうして本田さんはこんな話が好きなのか、おれにはよくわかんねーけど、でも、絶対、和谷には関係ないよな?
なあ、そうだって、言ってくれよ…

…あの部屋は確かに…こわいけど…




真夜中の電話 Ⅳ





「おれさ、いい部屋見つけたんだよ~。今度遊びに来いよ。ああ、じゃあな」
そう言って切った携帯をベッドの脇に放ると、男はごろりと横になった。
ほんと、いい部屋見つけたよな…
まだ新しいにも関わらず、この辺りの相場からしてもかなりお得な物件だった。
ただクローゼットの戸がおかしくて開かないという理由だけで、値が下がっているのだ。
まったく、ラッキーとしか言いようがねえよな。
自然と頬が緩んでくる。
「ここがおれの城だぁ!」
ベッドの上で大きく両手を伸ばすと、自然と瞼が落ちてきた。今日も部屋の片付けを少しばかりしていたから、疲れが出たのかも知れない。
心地よい眠りに誘われるまで、そう時間はかからなかった。
じきにすやすやと安らかな寝息が部屋の中に満ちた。

最初の頃は、すこぶる快適に新生活を男はエンジョイしていた。
だが、一ヶ月もたった頃だろうか、ある日突然、真夜中に携帯のベルが鳴った。
「ん、…あー、もしもし…」
眠い目を擦りながら、出てみるが返事は無い。
「…なんだよ…イタ電かよ…」
男はさして気にもせず、携帯を切ると再び眠りに就いた。
次の日の朝には昨日の電話のことなどすっかり忘れて、機嫌良くその日も一日が過ぎた。
だが、その日も夜中に携帯は鳴った。
条件反射のように男は枕元の携帯を手探りで探すと、昨日と同じように出た。
「…もしもし…」
瞼は下りたままだ。
けれど、やはり相手は無言。そしてようやく、昨日もこんな電話がかかってきたなと思い出した。
「あー、誰だか知らないけど、悪趣味だよ。こういうの。もう、やめなよね」
そう言って、切った。
人に恨みを買った覚えはないし、単にイタズラだと思っていた。
けれど、次の日もその次の日も携帯は鳴り続けた。そのコール音は、男が出るまでしつこく鳴り続ける。そして出ると、決まって無言だ。
毎日、計ったように同じ時間に鳴り出す携帯。
男は気味が悪くなり始めていた。
なぜなら、留守電にしていても、電源を切っていても携帯は鳴るのだ。
何をどうすればそんなことができるのかはわからないけれど、相手がかなりの変質狂であることに間違いは無さそうだった。
考えた挙句、男は友人に相談してみることにした。

「おまえ、何それ。もしかしてストーカーでもされてんの?」
「す、ストーカー?」
今まで思っても無いことを言われて、声が情けなく裏返っていた。
「そ、いるらしいぜぇ、女のストーカーも。…いや、女って限らねえか、今どき。男って事も十分ありえるよな。けけけ」
「おまえ、人事だと思って、面白がってるだろ!」
「まあまあ、冗談はさておいて。おまえ、携帯変えたら? その方が手っ取り早いじゃん」
「…そうか、そういう手もあるな」

その日の内に、携帯を変えに行った。
まだ、誰にも番号は教えていなかった。
かかってくる訳が無い。そう思いながらも、もしかしたら、という気持ちが何処かにあった。なぜこんなにも不安なのか自分でも分からないまま、何となく、眠れずにベッドの上で本を読んだりしていた。

気が付くと、枕元の灯りが部屋をぼんやりとオレンジ色に照らしているのが眼に入った。
自分は仰向いたまま、ベッドに横たわっている。
いつの間にか、眠っていたのだ。
時計を見ると、あと少しで夜中の2時。
男は時計から目が離せなかった。
秒針が駆け足で回ってゆくのを、ただじっと見ていた。
もうすぐ、電話がかかってくる時間になる。

かかって来る訳が無い。そんな心配は無用だ。
何度も自分に言い聞かせながら、男はそのときを待った。
そして、カチリと、長針が12の数字を指した途端、

プルルルルルル

サイドテーブルの上で携帯が鳴った。
「…ありえない…だろ…」
震えだす手を抑えながらゆっくりと携帯を手に取ると、通話ボタンを押した。
「………もしもし………」
何も聞こえない。
いつもと同じ電話だ。
身体が震えだすのが分かった。
「…なんで…掛けてくんだよ…何とか言えよ!おまえ、一体誰なんだよ!!」
気が付くと、まるで悲鳴のように叫んでいた。
と、その時、男は妙なことに気が付いた。
もう一度、大声を上げてみる。
やっぱり。
携帯の向こうから、自分の声が聞こえる…
そう理解した瞬間、凍りつくような悪寒が背筋を走った。
このマンションは意外に防音がいい。
たとえ部屋のすぐ前で電話をかけていたとしても、この部屋の音が相手の携帯で拾えるわけも無い。
そう、この部屋の中から、掛けているのでもない限り。

まさか、自分以外の誰かが、この部屋に忍び込んで電話してきている!?
もしもそうなら、自分が眠ってしまっている間に、新しい携帯の番号を調べることもできただろう。
おれがびびってるのを、何処からか覗いて笑ってやがるのか?!
そう考えた途端、恐怖を通り越して怒りが男の中に溢れた。
この変質者!! 捕まえて、警察に突き出してやる!!! 
男は決心すると、急いで部屋の中を調べ始めた。相手に逃げられては元も子もない。
しかし、ベッドの下からユニットバスの中、流しの下まで覗いてみたが誰もいない。
相変わらず、携帯の向こうからは何も聞こえては来ない。
相手が移動したような気配も無い。
男は、ふと、クローゼットの中ではないかと考えた。
開かないのだからそんな訳は無いと思うのだが、もしかしたら、どこか他からこのクローゼットの中に忍び込める場所があって、しかも、中からなら開く様に細工がしてあるのかも知れない。
そう考えると、余計に腹が立ってきた。
男はクローゼットの取っ手に手をかけると、渾身の力でそれを引っ張った。
初めはびくともしなかったが、懸命に引っ張っていると、何かが外れるような音と共に、突然、扉は開いた。

キイイイイィ…

長い間閉じたままだったせいか、蝶番が引き攣れた音を立てる。
中を覗いて、男は息を飲んだ。
ぽっかりと黒い空間が、そこにはあった。

大して広くも無いはずのクローゼットの中は、まるで底も分からないような深い闇に閉ざされていたのだ。
「何なんだよ…これは…」
中を確認しようと恐る恐る男が手を伸ばすと、いきなり腕を掴まれた。
見ると、闇の中から白い腕が伸びている。
細い女の腕だ。
まるで蝋のように白いそれは、とても女とは思えない力で男の腕を掴んでいた。
氷のように冷たい感触がその手のひらから伝わってくる。
人間ではあり得ない、その冷たさ。
男は震え上がった。
「は、離せよ! こら! 離せってば!!」
必死で振りほどこうとするが、白い腕はびくともしない。
そのうち、闇の中に白い女の顔がぼうと浮かび上がった。
どうやら女はもう片方の手に携帯を握っていて、何やら口を動かしているようだ。
男は震えながら自分の携帯を耳に当てた。
けれど何を言っているのか、全然聞こえない。
「おまえ、一体何なんだよ! 何言ってんのか分かんねーよ!!」
恐怖に引き攣った声で男が叫ぶと、目の前の女の青白い唇がぐにゃりと笑みの形に歪んだ。

「…あなたも、きて…」
はっきりとした女の声が聞こえたと思った瞬間、男の身体は暗闇の中に引きずり込まれた。


クローゼットの扉が風も無いのに、キイ、キイ、と揺れていた。
部屋の中には誰もいなかった。
何の変哲も無い、ごく普通のクローゼットがそこにはあった。
ただ、男の使っていた携帯が、通話状態のまま、クローゼットの中に落ちていた…



「…って、話なんだけどな。似てると思わないか?」
本田さんは、心持ち青ざめた顔で、そう言った。
怖えぇ!マジ、怖えぇ!
おれ、実はすっげえ怖がりなんだって!!!
夜、寝れないじゃんか! しかも、トイレもやべえ!!
ってか、本田さん、なんでこんなの好きなの? ありえね~って!
マジでおれ、視ちゃってるから余計怖いって!
あああ! 対局前だってのに、こんなにビビリまくっちゃって、どーしてくれんだよ!
今日負けたら本田さんのせいだ! ぜってえそうだ! そうに違いないっ!!

「おい? 大丈夫か進藤、顔色が悪いぞ?」
本田さんが何気に顔を覗き込んできた。
一見、心配そうな顔してるけど、なんとなく嬉しそうにも見えるのは何故だろう…

『誰のせいやね~ん!!!!!』
って、思わず社みたいなツッコミが出そうになったって!

「…いや…べつに…大丈夫だよ?」
白々しく、返事をしてみたけれど、本田さんの目は誤魔化せなかったらしい。
本人曰く、『つぶらな瞳』がキラ~ンと光った! 
「進藤って、結構怖がりだったんだな!」
喜色をにじませた声を上げながら、余裕をかました態度でポンポンと俺の肩を叩く。
なんか…めっちゃ悔しいんですけど?
「いや、都市伝説ってのはさ、大方が作り話なんだ。だから、そんなに怖がる必要はないぞ? 和谷の部屋だって…」
そこまで言いかけて、本田さんはふっと黙り込んだ。
さっきまでの余裕が、突然、消え失せていた。
「本田さん?」
その妙な沈黙に、思わず本田さんの顔を見ると、なんだか変な表情を浮かべている。
「どうしたの?」
おれの声に、ハッと我に返ったように何度か瞬きを繰り返すと、(たらこの)唇を湿らせるように何度か舌で舐めてから、ゆっくりと口を開いた。
「…殆どの都市伝説は、本当に作り話なんだ…」
さっきとは打って変わった真剣な顔をして、おれを見る。
おれも返事の変わりに、コクリと頷く。
「でもな、元になるような話が、事件があったという場合もあるらしいんだ」
「えっ? それって…?」
おれが聞き返すと、本田さんは足元に視線を落とした。
「…殺人事件が…あったとか…な」
ごくりと唾を飲み込んだのは、おれだったのか、本田さんだったのか…

何にしても、あの部屋は…こわい…

言ったきり、本田さんは棋院に着くまで、一言も喋らなかった。




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「真夜電」久々のアップでございます。
ヒカルバージョン、しかも中篇!
まだつづくんか~い!!
と言うお声が聞こえてきそうですが、
はい、まだ続きます(きっぱり)! 
今回、「都市伝説」風のお話しがでてきましたが、あれはまったくの竹流の創作ですので、
あんな話しがあるのかどうかはわかりません。
もしあったら、知らなかったってことで(著作権云々は)ご勘弁を…
 
今回のは、いつもより、ちょっと短めですが、キリのいいところってことでこうなりました。
次回が最終回に…なるんじゃないかなぁ……?
………たぶん………
とりあえず、頑張ってみます!
 
2004年12月27日 UP
14/12/17再UP
-竹流-



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