Dream Trap U




ピピピピピピピピ…
いつまでもしつこく鳴り続けている目覚ましの頭に付いているスイッチを、まるで親の敵とばかりに殴りつけ、ようやく部屋の安息を取り戻したはじめは、明るい日差しがカーテン越しに射し込む中、夜眠りに就いたときと同じふとんの中で目が覚めた。
そんなのは当たり前のことのはずなのだが、勢いよく起き上がってそれを確認すると、今度は着ているものを確認し始める。
パジャマ上よ〜し。パジャマ下よ〜し。パンツよ〜し。全部よ〜し。
そして、ようやくほっと息を吐く。
よかった…寝たときと同じパジャマを着て、ちゃんとふとんで眠ってた。
汗びっしょりで、おまけに頬には涙の痕までこびりつかせて、はじめは思う。

…ありえない…絶対にありえない! こんな夢!

思わず頭を抱えて、もう一度ふとんの中に潜り込む。
見ていた夢の内容は …残念なことに、全部覚えているのだ。
しかも、目覚めた後に、あれがちゃんと夢だったのかどうかを確認しないと安心できないほどリアルに。

何が悲しくて、男に! しかも高遠に! だ、だ、抱かれる夢を見なけりゃならんのだ!
しかもおれが、かなり乙女だ! 絶対うそだ〜〜! あんなの、おれじゃねえ〜〜〜!!!

はじめは心の中で、虚しく叫んでいた。

今回のコスプレは、なんとピンク色ナース服のナースちゃんだった。
それだけでも十分、びっくりなのだが、今回の、というからには、他にもあったのである。
当然それらは、コスプレと呼ぶに相応しい衣装の数々。それも、なぜかすべて、女装仕様!

「なんでおれが、こんな変な夢ばっか見なきゃいけないんだよ… おれ、なんか悪いことでもしたかなぁ…」

思い出すだけで、涙が出そうなくらい、恥ずかしい姿の数々が脳裏を過ぎる。
深いスリットの入ったチャイナドレスだろ。あと、セーラー服だろ。メイド服に、ゆかたってのもあったな…

しかも、全部「高遠」付きだったし。

はじめは半ばやけくそで、いちいち思い出してみた。

そりゃあ、いろんなシチュエーションを楽しみましたとも。
学校の怪談風のや、呪われた館風のや、冒険モノとかも、結構どきどきして楽しかったし。
ただ、どの夢でも、いつも高遠とキスぐらいまでは、いっちゃってたりしてたんだけどさ。
まあ、キスぐらいまでなら、…あいつ、綺麗な顔してるし…別に…うん…どうせ夢だしさ。
って、思ってたから、深く考えたことも無かったんだ…けど…

はじめは諦めにも似たため息を、ひとつ吐いた。
夢の中で経験したはずのそれらは、いつの間にか、意外なほどしっかりと、はじめの内側に甘美な記憶として刻み込まれていたのだ。
そう考えてしまうと、もういけない。
はじめは懸命に思い出すまいと努力したのだが、頭の中にはその場面が、すでに映し出されてしまっていた。


透けるような金茶の瞳に、真っ直ぐに見つめられて、ゆっくりと白い綺麗な顔が近づいてくる。朱を引いたように赤いくちびるは、微かな笑みを刷いていて。
しなやかな指に顎を上げさせられ、そのまま目を閉じると、柔らかな感触がくちびるに触れてくる。でも、もうそれだけでは我慢できなくて、強請るように薄くくちびるを開くと、まるで壊れ物を扱うかのように、ゆっくりと忍び込み、すべてを奪う激しさで蹂躙される。
だんだん、頭の中が痺れて、何も考えられなくなって、身体の力さえ抜けてしまって、でも、その身体を力強く抱きしめられて、それが、また心地良くって。

冷たそうに見える彼のくちびるは、想ったよりも、ずっと熱くて…

って、何また乙女入ってんだよ〜! おれ!!
こ、こんな恥ずかしいこと、うっとり思い出してんじゃね〜〜〜!!!

真っ赤になりながら、ふとんの中で自分に突っ込みまくる。
自分でも、信じられない。
どうして、男相手のキスシーンを、嫌悪感も抱かずに思い出すことができるのだろう。

まさか、自分の中にそういう性癖があるとか…ってわけじゃ…無い…よな?

素直な疑問が言葉として浮かび上がる。でもそれは、自分をさらに落ち込ませるに十分な威力を持っていた。
……………………(汗)。

いやいやいや! 絶対にそんなはずは無い! おれはちゃんと、美雪が好きなんだから!

ふとんの中で頭を振って、懸命にいやな考えを否定する金田一少年、十七歳。その様子は傍から見ると、十分に変な人だ。

しかし、そうやってはじめは、自分の中にあるひとつの疑問から、懸命に目を逸らそうとしていた。それは、考えると、とてつもなく、恐ろしい結論に達してしまいそうで、懸命にその考えを頭から締め出そうとしていたのだ。

その疑問とは…
第三者の、介入。

普通に考えても、誰かが誰かの夢に介入するなんて、無理なのではないかと思うのだが、できるかもしれないと思わせる人物が、ただ一人だけ、存在する。

高遠遥一。
あの男なら…


「って、そんなわけ、ねーじゃん!」
はじめは口に出してそう言い切ると、ふとんを蹴っ飛ばして起き上がった。

ぜぇ〜ったい、無理無理、ありえないって、そんなこと!
あれは夢、ただの夢、そうに決まってる!

そうじゃないと…怖いだろ…

最後に頭の片隅に、ちらりと掠めた言葉を無視するように、はじめは汗で濡れたシャツを脱いで、放り投げた。



「金田一、いつまで寝てんだよ。もう、昼だぜ?」
悪友に頭を小突かれて、はじめはようやく眼を開けた。
一瞬、ここが何処だかわからなくて、忙しない瞬きを繰り返す。
耳慣れた騒がしさに、不動高校の生徒たちが動き回る様を見て、ようやくここが学校なんだと認識した。
どうやら、一時限目からずっと寝ていたらしい。
「あ〜〜〜〜 っんだよ。もう、昼? まだ、全然寝たりね〜〜〜」
突っ伏している机に顔を乗せたまま、はじめはごねた。
「おまえ、何しに学校に来てるんだぁ?」
草太の呆れた声が、上から降ってくる。
「んなこと言われても…」
ふわああああぁ、と、盛大に欠伸をするはじめに、草太もこれ以上はため息しか出てこないようだ。
「もう、おまえ、帰って寝ろ! 先生には、おれから言っといてやるから!」
こつんと、もう一度頭を小突かれて、仕方なくはじめも頷いた。


学校を早退して帰る道すがら、やはり大きな欠伸を繰り返して、そうしてようやく、自分がひどく疲れていることに気が付いた。
変な夢は見るものの、最近はいつに無く早く寝ているというのに。
まるで睡眠導入剤でも飲んだみたいに、風呂から上がって部屋に戻ると、あまりの眠気に目を開けていられなくなるというのが、正直なところなのだが。

やっぱ、変…だよな…

考えたくはないけれど、考えないといけないところまで、来ているのかもしれない。
このままじゃ、なんだかとても、ヤバイ状況になっていきそうな気がする。
はじめの、推理のためにだけ働かされているIQ180の頭脳は、そう、警告を発していた。

右手を顎に当て、ぶつぶつと独り言を言いながら歩く、完全に不審者なはじめを避けるように、前から来た通行人は、皆、大きく道を開ける。
さながら大海を割るモーセのごとき状態のはじめは、そのことに気付きもせずに、自分の考えに耽っていた。
と、そのとき、ふと視界に入った薬局の片隅に、あるものを見つけて、はじめはふらりと自動ドアを潜ったのだった。



夜、はじめは風呂から上がると、自室のふとんの上で漫画を読みながら、ごろごろと転がっていた。しばらくすると、やはり、いつものように、急激な眠気に襲われる。
大きく欠伸をして読んでいた本を投げ出すと、身体ごと壁の方を向いて、そしてそのまま、規則正しい深い呼吸をし始める。どうやら、眠ってしまったようだ。
時刻は真夜中を少しばかり過ぎている。
家の者も、みんな寝てしまっているのだろう、物音一つしない。
外で、近所の犬がワンワンと少し吼えたが、すぐに大人しくなった。

カチン…

はじめの部屋の窓の鍵が、微かな音を立てた。
そしてそのままするすると窓は開くと、黒ずくめの影が、そこから音も無く部屋の中に降り立つ。
物音一つ立てずに闇に溶けるその姿は、まるで、人では無いのではないかと思わせるほどに、気配が無い。
と、突然、クスリ… と、闇が笑った。

「眠ってなかったんですね? 名探偵君?」

少しばかり色を含む低音で、呟くように、闇は言った。
すると、眠っているとばかり思っていたはじめが、その言葉にむくりと起き上がる。
「まさかとは、思ってたけど …ほんとに、あんたの仕業だったんだ…」
はじめは枕元のスタンドを点けると、影に向かって言った。

「…なんでこんなことすんだよ? 高遠…」


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05/05/18UP
−新月−

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