たとえば、こんな、物語(学園モノ)Ⅶ
問題が持ち上がったのは、翌々日のことだった。
高遠もはじめも知らなかったが、はじめの友人に、保健室でふたりがキスしているところを見られたのが、きっかけではあった。
悪気は無かったのだろうが、その友人が他の友人にそのことを話してしまったのが、あっという間に広がってしまったのだ。
その日、はじめが高遠の家に泊まったことも、問題を大きくした原因のひとつだったろう。
同性同士のスキャンダル。それも、高遠が…というところが、さらに話を大きくした感もある。
高遠は、その日の放課後、校長室に呼ばれた。
もう、原因はわかっていた。
すでに、学校中の噂になっていたのだ。
ただ、自分だけが非難されるのならいいが、はじめまで好奇の視線に晒されるのは、耐え難い。
高遠は、自分の迂闊さに、怒りさえ覚えていた。
「失礼します」
ノックの後、返された答えにドアを開けると、中には、校長、理事長、教頭、はじめのクラスの担任が雁首を揃えている。
-勢ぞろい…ですね。
怯むわけでも、後ろめたさがあるわけでもなく、高遠は真っ直ぐに顔を上げて、全員の前に立った。
その途端、まるで違う生物でも見るような眼差しで迎えられる。今日、何度と無く、教室でも投げつけられたそれ。
うんざりした気分が、高遠の中にはあった。
「お呼びですか?」
「呼ばれた理由は、わかっているとは思うが」
校長が机に肘を突いて、顔の前で手を組みながら高遠を見据えていた。その瞳には、窺うような色が滲んでいる。
「はい」
高遠は、何も誤魔化すまいと心に決めていた。別に、悪いことをしているわけではない…はずだ。
「…おかしな噂が流れているようだが、どういうことなのかね?」
校長の眼差しに、厳しさが加わる。答え如何では、何らかのアクションに出るぞ、という空気が漂う。
高遠は、握り締めた手のひらが、少し汗ばむのを感じた。
「どう…と言われましても…そうですね、ぼくが、金田一くんに特別な感情を抱いているのは、否定しません」
その言葉に、その場に居たものすべてが、戸惑いの表情を浮かべた。
「それは…あの噂は、本当だという事ですか?」
校長の言葉が終わらない内に、担任の福島が、高遠の胸倉を掴んだ。
「き、貴様! おれの生徒に、なんてことを!」
高遠よりも背の低い福島は、伸び上がるように高遠に食って掛かった。けれど、その真剣な怒りは純粋に胸に響いてくる。
後悔しているのだろう、と言うことが、震えている手から伝わってくるのだ。あの日、高遠の家にはじめを連れ帰ってもよいと許可を出したのは、福島だからだ。
噂には、色々と尾ひれがついていたから、福島が怒るのも無理からぬ所だろう。
「福島先生、落ち着いてください!」
教頭が、慌てて高遠から福島を離した。けれど福島は、高遠を睨みつけたまま。
「福島先生がお怒りになるのも、もっともかとは思いますけど、あの噂のようなことは決してありませんから」
高遠は、真っ直ぐに福島を見つめ返しながら、きっぱりと言い切った。
そう、具合の悪いはじめを自宅へ連れ帰った高遠が、はじめに手を出したのだと噂になっているのだ。
-…確かにあの時は、下心が無かったわけでは、ないんですけど…
ぽつりと、心の中で、本音を洩らす。
けれど、何も答えてはくれないはじめが、自分を受け入れてくれるのかどうかすらわからない状態で、しかも体調を崩している相手を無理やり抱くほど、自分は理性の利かない人間ではない。
噂とは、無責任なもの。
誰かが傷つくことなどお構い無しに、一人歩きを始める。けれどこの場合、やはり一番悪いのは自分なのだろうと、高遠は思う。
学校で、しかも半ば無理やりに、彼にくちづけた。
けれど、もう、好きだと言う気持ちを、自分でも止められない。
彼の側に、いる限り…
これ以上、誰も、傷つけたくは無かった。
そのために、どうすればいいのか、答えは自分の中で、すでに出ている。
高遠は、小さく、深呼吸をした。
「ぼくは、彼が好きです。確かに、こんな気持ちは間違っているのかもしれません。彼は生徒で、しかも同性です。学校にとってはスキャンダルで、彼にとっては、迷惑なだけの話…なのかも知れません」
高遠は、冷静に話すつもりだった。けれど、小刻みに手が震えていた。
彼にとっては、迷惑な話…
自分で言いながら、胸が苦しくなる。
はじめはあの日、保健室で抵抗もしなかった変わりに、受け入れてもくれなかった。
あの時、本気になってしまった自分は、以前とは違う意味で、臆病になってしまった。
-彼を傷つけたくない。
それまでの、彼に対する欲望とは別の、感情。
それが、今、高遠を突き動かしている。
高遠は、静かに口を開いた。
「辞表を提出します」
高遠の言葉に、校長と理事長がホッとした顔を、一瞬、垣間見せた。
06/05/29改定
BACK⇔NEXT
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かなり短いですが、やっぱり次も場面が変わってしまうので。
これも、いつ日記に書いたのか忘れてしまったものですから、改定日しか書いてません。
しかも今回は、あまり手を入れてません。
こんなんでアップしていいんか?と思いつつ、アップです。
06/05/29UP
再UP 14/08/29
-竹流-
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