ご注意

一番最後に、STORYの分岐点がございます。
入った方によって、結末が変わります。
というか、まるで違うお話になっております。
どうぞ、お好きなほうを選んでくださいませ。






紅に染まる空 Ⅳ




「ふっ…あは…あはは……バカ…みてえ…」

突然、泣きながら笑い出したおれに、高遠は訝しげな声を上げた。
「金田一君?」
きっと驚いたのだろう。おれを背後から抱きしめていた腕の力が、ひるんだように少しだけ緩められた。
おれは、おかしくて、情けなくて、悲しくて。涙を拭うことすら、思いつかなくて。
子供みたいにしゃくり上げながら、高遠の方を振り返ると、声を振り絞った。
「…馬鹿だろ? おれが言い出したことなのに… この『ゲーム』は、あんたの勝ちみたいだ…」
おれの言葉に、高遠が一瞬顔色をなくして、凍りついたのがわかった。
それを見て、おれの目に、また新しい涙が溢れる。

互いをターゲットに『落とす』ゲーム。
それは、おれが悔し紛れに言い出した『たわ言』に過ぎなかった。
この男にとっては、おれを玩具にして、玩ぶためのただの『遊び』でしかなかった。
まさか本気でおれが『落ちる』なんて、きっと高遠にしても、想像もしていないことだったに違いない。
そう考えると、居たたまれない気持ちになってくる。
わかっていたのに、『本気』になってしまった自分が、あまりにも惨めで。
「…もう、早く行ってくれよ。これで満足したろ?」
ぽたぽたと、頬を伝って流れ落ちた涙が、身体に降りかかる。
降り止まない雨の雫のように、幾つも、いくつも。

恋だったと、気付いたときが終わりのときだというのは、へたな笑い話のように出来すぎている。
始まりはレイプだったというのに。
脅されて、続いていた関係のはずだったのに。
でも、やっとわかった。
抱かれる度に哀しかったのは、この男にとって、これが『遊び』でしかないのだと、最初から知っていたからなんだな。

「…まったく…どうしようもない…馬鹿だ…」

いつから、おれは、こんな感情を抱くようになっていたんだろう?
無意識のうちに、自分の中で育ってしまっていた、恋情。
もう、笑うしかないよな?
憎むべき残酷な犯罪者に、『遊び』で『本気』にさせられてしまった。

でも…
高遠がやさしかったから。
本当にやさしかったから。
だから、もう、いいや。

離れたら、またいつか、血なまぐさい犯罪の舞台で逢うことになるのだろう。
決して交わることの無い、平行線として。
その時がきたら、必ずこの男を捕まえて、もう二度と人殺しなんかできないようにしてやるから。
だから、今だけ。この男を想って泣くことを、自分に許しても、いいよな?

「………うっ…くっ…」

次から次へと、溢れ続けて止まない涙。
引き攣れたように、激しい痛みを訴え続けている胸の奥では、じくじくと紅い血が溢れ出している。そんな気さえするほどに、深く痛んで、苦しい。
もっとガキの頃から、失恋なんて何度も経験してきたのに、ずっと大切にしてきた恋心も、この男のせいで無くしてしまったはずなのに。
どうして今度のは、こんなにも苦しくて仕方がないのだろう。
愚かな恋だと、自覚があるせいなのかな。
それとも、何度も肌を重ねて、深くこの男を知ってしまったからなのかな。

でも、どちらにしても、もう、終わりだ。



泣きながら、それでも自分の中でひとつの結論を出して、まだ身体に回されたままになっている高遠の腕を解こうとした。
きっと高遠は、驚いて固まっているのだろう。そう、思ったから。
なのに、高遠はおれを離そうとはしなかった。それどころか、また強くおれの身体を抱き締めてくる。
「…何してんだよ。離せって…もう…飽きたんだろ? …だから……捨てるんだろ?」
わかっているのに、言葉にすると余計胸に刺さって、また、新しい涙が溢れそうになる。
と、突然。
「誰が、飽きたから捨てると言いました?」
高遠がおれの耳のすぐ傍で、囁くように答えを返してきた。
「だ…って、たかとお…」
「…本当に、きみは馬鹿だ。折角、ぼくから自由にしてあげようと思ったのに…」

言うなり高遠は、器用におれの身体をまたベッドに転がして。気が付くと、おれの身体を組み敷くように、上からおれを覗き込んでいる。
「たかとお?」
「ああ、そんな涙を浮かべた眼差しで見つめないで下さい。また自制心が飛んでしまいますよ」
高遠の言葉に、おれは首を傾げるしかない。

飽きたんじゃなかったのか?
捨てるんじゃなかったのか?

「…なんで…?」
目の前の高遠は、おれが今まで見たことも無い、幸せそうな、そして辛そうな顔をしている。それは、いつもの自信に満ちた高遠では無くて、ひどく頼りなげに見える。
「…これ以上、きみを苦しめたくなくて… 手放そうと決心したのに…」
言いながら、おれのくちびるに、触れるだけの軽いキスを落とした。
「きみの口から、あんな言葉を聞いてしまうなんて…思いもしなかったから…だから…」
「たかとお?」
訳のわからないおれが、その名を呼ぶのとほぼ同時に、その言葉は高遠のくちびるから零れ落ちた。
「…ぼくも好きですよ」
「えっ?」
思わず聞き返そうとしていた。
高遠は、それには答えずに、変わらず笑みを浮かべている。やっぱり、ほんの少しだけ、辛そうに。
「…でも今なら、まだ戻れる。きみは…どうしたいですか? きみが、決めればいい…」
おれを見つめる眼差しは、どこまでもやさしい。
「おれは…」
高遠がなぜ別れを切り出してきたのかが、ようやく理解できた気がしていた。
元の生活にもどれと、この男は言いたいのだ。
自分から、仕掛けてきておいて。
おれのすべてを、奪っておいて。

自分勝手な男。
まるで子供のように、無邪気で残酷だ。

こんな男に惚れてしまったおれは、一体どうすればいい?
おれは。
どうしたいんだ?





暮れる空  or  明ける空

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